蒼天のかけら  幕間  真導士と花祭り


真導士と花祭り(1)


 視線が痛い。
 正面から絶え間なく送られてきている非難の視線。
 黒髪の相棒からは、すとんと表情が抜け落ちている。自分は、その厳しいとしか評せない眼差しに挑む力を持たない。
 居間には三人の人影。
 ひたすらに自分を睨んできているローグと。睨まれている自分と。触らぬ何とやらを決め込んでいるヤクスのみ。

 勝ち目はないが、負い目はある。如何ともしがたい状況だ。それでも諦めることができない。
 身を竦め。上目遣いでローグを窺いながら、彼の手の中にある荷物に視線を移す。
 ちゃんと視線で抑えておかねば。あっさりと捨てられてしまいそうだと、はらはらしている。

「……もう一度だけ聞く。これは、どういうことだ?」
 低い問い。声の中にもぴりぴりとした気配が入り混じっている。
「ご、誤解です……」
 そうとしか言えない。他に答えようもないのだ。
 ほう……と、一言呟いたローグの瞳には、激しく炎が燃えている。意味は、彼に問わずとも気配を読まずともわかっていた。
「どこが誤解なのか、説明くらいはしてくれていいと思うが」
 声音と同じ、厳しい追及。どうしようもなくなって、椅子にかけて無言を貫いているヤクスに目を向けた。友に救いと仲裁を求めたが、滑らかに目を逸らされてしまった。
 そっぽを向いた横顔が「オレには何もできないよ」と言っている。
 ヤクスに見捨てられた自分に、もはや打つ手はなくなった。
(女神さま、わたしが悪いのでしょうか……)
 重なり続ける運命のいたずら。ついつい愚痴をこぼしたくなる。

 事の起こりは、"隠匿の陣"が籠められた色紐だった。
 誰が造ったのかも、目的も知れない怪しげな術具。キクリ正師からの返答はいまだこないので、いったい何の効果があるかはわかっていない。
 しかし、"隠匿の陣"で隠されている以上。相手に危害を加える術具だろう。

 七人で約束し合った結果、出所が知れない物は身に着けないことになっている。
 そして、その判断は正しかったといえた。
 あの日から、差出人不明の郵送物が日々届くようになったのだ。自分達だけではない。里の導士全員に送りつけられているらしい。あるものは、家族からの便りを装い。あるものは、受取人に懸想していることを匂わせて……。
 あの手この手で身に着けさせようと、隙を狙って送りつけられてくる怪しげな術具の数々。
 中には、疑いもせず術具を身に着け。体調を崩した者もいると聞いた。

 油断ならない空気に染まったサガノトス。
 せめて自分達の安全を確保しようと、郵送物を丹念に仕分けするのが日課となった。

 ヤクスが二人の家を訪れたのは、仕分け作業の真っ最中のことである。
 長身の友人は居間に入って早々、食卓の上に並べられている荷物の数々を見て、呆れた顔をしてこう言った。
「これはすごい。オレの家にも怪しい荷物が増えてきたけど、ここまで大量に届くのはローグくらいじゃないのか?」
「ちっともうれしくないな。毎日毎日……よくもまあ飽きもせず送ってくる」
 我が家に届く荷物は、徐々に数を増やしていっている。
 最初の内は、日に五、六個であったのに。いまでは日に二十は届く。そして荷物の大半はローグ宛なのだ。
「届き出してから十日は経つ。何一つ身に着けていないことくらい、見ればわかるだろうに……」
 捨てる手間も考えろと、ぶつくさ言う。
 数が増えたのは、郵送物の被害が噂で伝わってからだ。
 話を聞いたか。被害に遭ったのか。どうやら便乗犯が生まれてしまったらしい。
 里の中で一際目立つローグは、一部の導士から反感をかっている。
 しかし、正面切って彼に挑んでくるものは少ない。史上最高の真力という触れ込みがある上。存外に喧嘩強いという事実が、広まりつつあるためだろう。
 勝つ見込みがないと知ったのなら、諦めてくれればいいのだけれど。
 卑怯な者達は、郵送物での嫌がらせという方法で、ローグに対抗しようとしている模様だ。
「小賢しいにもほどがある。犯人を見つけたらただでは済まさん」
 彼は、真っ黒い言葉を吐き出しつつ、荷物をぱっぱと仕分けしていく。
 一緒になって手伝っていたけれど。ヤクスにお茶を淹れようと、一時戦線を離脱した。
 思えばこれがよくなかったのだ。

「ん……? サキ宛のが来ているぞ」
「本当ですか。めずらしいですね」
 自分への郵送物なら、確実に嫌がらせだと思った。何せ、自分には里の外に知己がいない。村長への手紙が返ってきている以上、誰も自分が真導士になったと知らないのだから。
「開けるが、いいか?」
「はい、お願いします」
 どうせ捨てる物だとしても、中身くらいは見ておくことにしていた。
 真力を辿っておきたかったのだ。自分達への害意の気配は、知っているに越したことはない。
 お茶を淹れて居間に戻れば、自分宛の荷物はまだ開封途中であった。
「へー。意外と丁寧に梱包してくるものだね」
 送りつけられてくる害意に慣れてしまったのだろう。ヤクスが軽い口調で、荷物の梱包に対する感想を漏らした。
「本当にめずらしいな。普通の荷物に見えるよう気を配ったのか」
 麻紐で厳重に締めつけられている木の箱の中には、緩衝目的の布と、さらに厳重に締められた小箱が入っていた。
 ローグが興味深げに、小箱を手にして軽く振った。
 音で中身を判別したかったようだ。しかし小箱にも布が入っているのか、ことりとも音がしない。
「何だか手の込んだ贈り物だね」
 面白そうに覗き込んでいるヤクスに、そうだなと返事をしてローグが小箱を開けた。そうして中身を見た途端、端整な顔がしかめられた。
「どうしました?」
 ローグの尋常ではない様子を見て、思わず問うてしまった。いったい箱の中には何が入っていたのだろうか。
 疑問を頭に乗せていたら、ヤクスが感嘆の声を上げた。
「かなり高価そうに見えるけど、これも嫌がらせなのか?」
 感心した風のヤクスにつられて、興味津津に彼の傍まで近寄っていく。
 ローグの正面に立ち、彼が手にしている小さな箱を覗き込み……溜息を漏らした。

「すごい……。きれいですね」

 箱に収められていたのは、華奢な装飾の腕輪であった。派手派手しくない薄い金の腕輪。腕輪には細やかな模様が描かれていて、ところどころに宝玉まで埋め込まれている。
 じっと腕輪に見ていたら、ローグが嫌そうな声を出した。
「嫌がらせのために、こんな高価な品を使うとは……。犯人は貴族か何かか?」
「やっぱり高い物なんだな。よく作られた偽物かと思ったよ」
「偽物なものか。これは本物の金だ。しかもこの装飾……間違いなく"ゼニール"の作品だ」
 そう言って彼は、ポケットから手布を取り出して腕輪をつかんだ。直接触らなかった理由を、あまり深く考えなかったけれど。ローグの手つきから、いままでにない丁寧さを感じた。
「"ゼニール"って何ですか?」
「何ですか、というより"誰ですか"が正しい。いま王都でもっとも人気のある職人の名前だ。誰にも真似できないような、細やかな装飾を造り出すのに長けていて。百年に一度の天才とまでうたわれている。……何ともったいないことをするのか」
 ローグは嘆きすら浮かべて、金の腕輪を検分している。商人にとって許し難い暴挙だったのだろう。
 売ればどのくらいになるのかと聞いてみれば、いくらでも値を吊り上げられるとの返答がきた。"ゼニール"の作品は、人気が出過ぎて入手困難。相手を選べば言い値で売れるのだそうだ。
 一通り腕輪を検分して箱に戻そうとしたローグは、何かに気がついた。
「まだ……入っているな」
 そう言って。腕輪をそっと戻してから、箱の隅を探った。次は何が出てくるのかと、期待して見ていた自分とヤクスの前に取り出されたのは、一つの小さな水晶。
「輝尚石、ですか……?」
 白く光をこぼしている水晶は、紛れもなく輝尚石だ。
 予想外の事態に、目をまるまると見開いた。
 嫌がらせの荷物に、証明をつける人などいるのだろうか。
 小首を傾げようと斜めになりかけた瞬間。正面に立っている相棒から、激しい感情があふれ出てきた。
 風などないのに、強風が吹きつけてきたかのように感じ。耐え切れずに思わずよろめく。
 激情の気配をただよわせ。穴が空くほど輝尚石を睨んでいる黒の瞳。見ているだけで心の動揺が湧き出でてくる。
「……野郎」
 荒い言葉使いに、ぎょっとした。
 彼がここまで怒っている理由を把握しなければ。そう考え、閉じていた真眼を見開いた。

 撒き散らされている熱い海の気配を掻き分け。ローグの手の中にある輝尚石の気配を辿り――ひゅっと息を吸い込む。
 全身から汗が噴き出した。
 冷たい汗をかきながらも、胸中では同じ言葉が無意味に繰り返される。

(何で。何で。何で……!?)

 錯乱しかけている自分に向かって、黒の眼差しが移ってきた。
「サキ……これはどういうことだ?」
 怒りを押し殺した声が問う。
 しかし、聞かれても困る。どういうことかと聞きたいのはこちらの方だ。いまいち状況が把握できていなかったヤクスが、二人に遅れてようやく場の現状を理解した。
 理解した途端、うわあと声を出して固まったのが見える。
「わ、かりません……」
 絞り出すように伝えたら、黒の瞳が眇められた。厳しくなった視線の嵐の中で、記憶の糸を必死に手繰る。
 まったくもって理由がわからない。
 だが理由もなく、こんなことをする人ではない。
 わかりづらい人ではある。でも忙しいあの人がわざわざ手を動かしたのだから、きっと何かそれなりの理由が……。
「あ……」
 思い出される船の中。あの時、あの人は何と言っていた?

 ――腕輪の件なら案ずるな、こちらで手を打つ。

「ああ……!」
 あれだ。あの時のあれがこの腕輪なのだ!
 よくよく気配を探れば、金の腕輪には"隠匿の陣"が籠められていた。
 きっとこの腕輪は、あの人が用意してくれた"暴走"防止用の術具に違いない。
 焦りながらも取り出した結論と。眼前に広がる残念な雰囲気と。無駄に絡み合った誤解の数々。全然と言っていいほど解きほぐし方が、わからない。

 彼も、あの人も悪くないのに、どうしてこうなってしまうのだろう。自分の行いは、そんなにも悪いことだったのか。
 絡みに絡んだ誤解を前にして、一人……途方に暮れた。

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