蒼天のかけら 幕間 夏の真導士
夏の真導士(3)
「じゃあ、何も聞いてなかったの?」
「ええ……何も」
間抜け面でこちらを見てきたヤクスを睨み返す。
人がせっかく黙っていたことを、わざわざ言わなくともいい。
「"暴発"……」
ほら、言わないことではない。
深く考え込んでしまったサキを見て、苦々しさを持てあます。
「"暴発"を起こすと、当人も無事ではすまないのですよね」
「そうみたい」
「では、わたしのは……」
「"暴発"だったんだと思うけど、威力が小さかったのかな?」
全部話してから「しまった」とうろたえても、どうしようもないだろう。まったくこいつは……頼りになるようで、ならないようで。扱いが非常に難しい。
静かに。じっと自分の手の平を見つめているサキ。
ほっそりとした首筋に、添え髪の影が落ちる。日の光が薄まっている場所には赤い筋。彼女から血が流れた跡。悪意を投げつけられ、痛みを受けた証拠がいまだ消えずに残っていた。
「わたし、無事ですね」
ささやかな声音には、精一杯の虚栄が含まれている。泣くものかと、口を引き結んでいるサキを横目で窺う。
「どこか違いがあるのでしょうね」
――人ではない。
彼女の心を悩ませ続けている真実。消えない不安の渦が、勢力を拡大していくのを視た。
「サキ、考え過ぎるな」
「はい……、わかっています」
わかってないだろう。言いたい気持ちをぐっと堪えて、彼女の背に手を置く。
あの日から、サキは奇妙な仕草をするようになった。よく背中をかばうようになったのだ。その場所に眠る力を、無意識の内に守っているのだろう。だから、こうやって背中を撫でてやると安心するらしい。
いましてやれることなど、せいぜいこれだけ。たったこれだけだが、してやらないよりはいい。
「お熱いですね」
「お前らさ、もうちょっと遠慮したらどうだよ?」
「いいなー、いいなー」
「からかい過ぎは駄目」
静かだった居間が、一気に騒々しくなった。遠慮をすべきはどちらかと問い詰めてやりたい。
「いつもこんな感じなの?」
優雅な仕草で添え髪をかきあげつつ、レアノアが言う。
「うん、そうだよー。言った通りでしょ」
サキの顔が、赤く染まっていく。
忙しなく流れ出した風の気配。不安の渦すらも飲み込んで、ざっと流れていく彼女の心。
生き生きと動き出した気配を感じ取り、気づかれないように細く息を出す。
真っ赤になったサキは「焼き菓子を……」とつぶやき、炊事場に引っ込んだ。急いだものだから足元がもつれかけていた。壁の向こうで転びやしないかと耳を澄ませる。しばらくたっても大きな音が聞こえてこなかったので、どうにかなったのだろう。
無事を確認し、卓の下でヤクスの足を軽く蹴ってやる。
口の動きで謝罪をしてきているが、睨むことはやめない。ティピアとユーリからも非難の視線が飛んできている。気の利かないことをしてくれた友には、丁度いい制裁だ。
「レアノア殿はどちらのご出身で」
「幼少の頃はずっと王都にいたわ。最近はネグリアと領地を行ったり来たりしていたの」
貴族の妻や子女は、王都に居を構えるのが常。王都に妻子を預けることで、王家への忠誠心を示していると聞いたことがある。
居住する場所も自分で選べないのだ。高貴な身分とは難儀なものだと思う。
「そうそう、ネグリアのお土産があるわよ」
ユーリから、わあと声が上がる。
「相棒がお世話になっていたみたいだし、お近づきのしるしにと思って。ここに届けてくれる予定になっているんだけど。……ちょっと遅いわね」
知らぬ間に届け先にされていた。
思い切った行動をする娘だと呆れる。
貴族だからとは思いづらい。というよりも貴族らしくはない。貴族ならば偉そうにしていることが常。しかし、レアノアからは見下している感じは受けない。代わりに豪商のような押しの強さを感じる。先日の態度といい、かなりの曲者であるのは間違いがなさそうだ。
「じきに来るんじゃないかな」
相棒とは対照的にのんびりとしているヤクスは、人の家だというのに勝手に歩き回る。ランプが切れた時の予備用にと、窓辺にかけている輝尚石から真力を放ち。窓を開けてから身を乗り出し、道を見る。
「あ、噂をすれば。倉庫番の人達だ。……ねー、レニー。あれって全部お土産?」
呼ばれたレアノアも、窓から身を乗り出した。
正直、貴族の姫君がとる姿勢とは思えん。サキとは違った意味で破天荒な娘だ。
「ええ。だってヤクスがお友達増えたって言うから」
「ありゃー……。ダリオ達を呼んでおけばよかった」
気になったのか、クルトも立ち上がり窓辺で並ぶ。
「え、なになに。どんなお土産?」
興味津々なユーリが続き、やれやれと三人で顔を見合わせてから自分達も立ち上がった。