蒼天のかけら  幕間  真導士の捜索


真導士の捜索(5)


 高い歓声が、ウサギ小屋で花開く。

 ぽっきりと折れた松葉杖はそのまま脇に避けて、いまはこの愛らしい命を愛でている。
 体勢を立て直すには、気力の充実が不可欠だ。諦めるわけにはいかない。
 手の中でとことこと小さく早い鼓動がしている。
 同じだなと思い、家でがんばっているあの子に思いをはせた。
 小さくいたいけな命は、覚悟の決まらない自分すらも慰めてくれる。鼻がひくひくと細かく動いていて、そこもまた愛らしい。
 姿かたちは違えど、人と共に大地で生きる女神のいとし子。強く照らされた綿毛が風に靡き、その命を輝かせている。

 一月ほど前に生まれたという三匹の子ウサギ達。
 母ウサギは、ユーリが拾ってきたくぬぎをもりもりと食べている。三匹を育てるため、食欲が旺盛になっているらしい。
「お母さんしか食べない?」
「食べられる時期になってきたけど、もう少しだけ母親の好きなようにさせるよ」
 このウサギは、倉庫番の人にもらったのだそうな。
 チャドの実家では、もっと毛足の長いウサギを飼っていたらしい。何かの弾みでその話をしたら、譲ってもらえることになったのだとか。
「あったかーい」
 害がないと見たのか、母ウサギはユーリの腕で大人しく抱かれている。
 ティピアは子ウサギを構うのに夢中だ。ぎこちない動きで進む二匹を、母ウサギの代わりに見守っている。
「大人しいですね」
 白に茶斑がある子ウサギは怯える様子もなく、自分の腕の中でかわいい鼻を動かしている。
「真導士だからかな」
「そういえば座学でも習いましたね」
 真導士は言葉を持たない大気の精霊と対話ができる。
 同じく、精霊と対話しているとされる動物との親和性が高い。
 物語に出てくる真導士が軒並み動物を飼っているのは、事実と想像が混ざって伝わっているかららしい。
 自分達も何か飼おうかと語らうユーリとティピア。その目の前で、一匹の子ウサギがまた愛らしい動きをしたため、歓声が上がる。

 賑やかな裏庭。
 そこに新たな気配が近づいてきたので、気になって裏口を見る。

 扉を開け、家から顔を覗かせた二人の男。顔は見たことがある。名前は知らない。
 家から出てきたのでチャドの相棒達だろう。
「あ、ごめん。騒がせたね……」
 チャドの気配が慌しく動く。
 緊張しているのだ。相棒と言っても振り直された相手。
 よく視れば、お互いの真力が遠巻きになっている。
 彼らの間にも見えない壁がある。
 三人の誰もが望んでいない壁だろう。疎外を目の当たりにしてわずかに申し訳なくも思った。
「お邪魔してまーす」
 元気に言ったユーリ。しかしティピアはその影に隠れた。またやりづらい構図になってしまったなと、心で独りごちる。
 彼らは"三の鐘の部"だ。
 人となりを知らない。自分がいることでチャドの立場が悪化したらどうしようと、落ち着かなくなりそわそわとする。
 自分の壁ならいざ知らず、他の壁を高く積んでしまうのはごめんだ。
 心配をよそに、二人はどうしてか頬を染めた。
 しどろもどろに挨拶をして、こっそりチャドを呼んでいる。
 すでにウサギへと興味が戻った娘二人。そして、こそこそと会話している三人番。間に挟まれている自分は、とりあえず腕の中の子ウサギを撫でて、様子を窺う。

「ど、どうしたんだ」
「えっと、ウサギを見たいって……」
「それはつまり、遊びにきているということか?」
「まあ、うん」

 三人番の気配を背中で感じつつ、ここも撫でてと差し出してきた頭を、指先で愛でる。
 気配に悪意は混ざっていない。
 好意的だけれど彼らは彼らで緊張している。何事だろうと心の耳を大きく育てる。大きく育った耳は、母ウサギのように長く伸び「女の子が、遊びに……」という声を拾った。

「やったな! ようやく女神の加護が吹いてきた」
「声が大きい。ちょっと落ち着けって!」
「お前もだ。脅かしたら駄目じゃないか」

 背中の向こうにいる彼らの表情は、見なくともわかった。
 こそこそと続く会話の全容を、想像で補足する。
 家に異性が訪問してくることは、男性にとって大変誇らしい話である……らしい。この間、燠火の四人も同じように感動していた。この人達は、娘が家にきたことを喜んでいるだけだ。
「ごめんなさい、騒がせてしまいまして」
 意を決して話しかけたら、二人して大げさなくらい首と手を振る。
「とんでもない! こちらこそお茶も出さずに……」
「そうそう、ぜひともゆっくりしていってよ。な、そうだよな、チャド!」
「う、うん……」
 呆気に取られているチャドに、目配せをする。
 彼にとっていい機会だ。お邪魔しているのだから、これくらいの手伝いはしていくべきだろう。
 チャドの顔には「まいったなあ」と浮かんできているけれど、先ほどより真力が滑らかに動いている。
 壁を崩しはじめた彼ら。
 互いの真力が近づいてきているから、もう大丈夫だろう。

 ほこほことした気分を胸に、娘二人のところまで戻る。
 徐々に取り戻してきている気力を信じて、自分も一歩進みたい。
 そうだ、進んでみよう。
 駄目で元々だ。何も成さないよりはずっといい。
 茶斑の子ウサギを下ろす。
 ユーリが母ウサギを下ろした途端、子ウサギ達がいっせいに動き出す。遅れながら懸命に母のところまで向かっている茶斑の動きが、また愛らしい。

 広く伸びている空を見上げた。
 本日は晴天。
 たぶん、明日も快晴となるだろう。

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