蒼天のかけら  幕間  真導士の特訓


真導士の特訓(1)


 真眼がまばゆい光に塗れている。
 水面のようにゆらめいて輝く円。冷めた輝きを出している真眼に神経を集中させる。見つめ続けてどれほど経ったことだろう。その瞬間は、目の乾きと共にやってきた。
 乾きで張りつきそうになりながらも、明瞭な視界を求めて何度も瞬き――その輝きを認める。

「あ……」

 一度視えてしまえば、もはや元の水面を視る方が困難となる。
 よくよく視れば、真眼の輪郭もただの円とは違う。その形は人の目とほぼ同じ。左右にちょっとした尖りがあり、瞳のような内円もある。そして――
「どうだ、視えたか」
「はい。この模様が旋風ですか」
 風になびく青い前髪の隙間から、描かれた模様を凝視する。
 半年もかかって真眼の本当の形が視えた。奇跡の力はこのような姿をしていたのか。

「多重真円だと模様は変わりますか」
「変わらぬな」
 静かに言って、バトは眼下の景色を見渡した。
「多重真円にすれば濃くなるのみ。遠方へ放とうとすれば鋭くなる。それだけだ」
 ただし、複数の真術を組み合わせれば模様が変わる。
 複数の真術が展開されている時は、その模様から質を想定することもあるそうだ。
「片生や淪落を追う任務は、通常であれば追跡隊を組む。戦力で圧倒し、相手の反撃を許さぬため。相手の真術を見極めるためでもある」
 片生はともかく淪落は取り逃がす可能性も高い。次に相対した時のため、得意とする真術を把握しておく必要がある。隊を組めば感知に長けた者がその任にあたる。
「戦場で見分けるのは難しい。戦いながらであればなおのこと。ゆえに、相手の得意とする真術をあらかじめ知っておくのが肝要。知らぬ相手ならば先手を取って仕留める」
「重要なことですよね。どうして座学で習わないのです?」
「まだ習っておらぬだけだ。習おうが習うまいが、真眼に慣れるまでは何も視えぬ」
 まずは真術の展開に慣れること。
 ほとんどの場合、輪郭と模様を視認できるようになるのは冬。それまでは座学で習うこともないらしい。
「真力の高い人が遅い……とか」
「違う。高低差は影響せぬ。真術に慣れているかどうかだ」
 言ったろうとの視線を受けて、思い出すのは日々の苦言。確かに何度も言われ続けていた事柄ではある。
「では"珠卵"だった人は、とっくに視えているのですね」
「無論。今年も一人入ったと聞いたが」
 語りながら視線が飛ぶ。
 警戒の仕方が任務の時とまったく同じだ。その動きが気になって自分もついつい下方を見た。
 鮮やかな色が広がるサガノトス。
 ところどころに葉がすべて落ちてしまった樹木がある。その姿がとても寒々しい。
「はい、ヤクスさんとは番なのです」
 名を伝えたら、納得の表情となった。
「ガゼルノード家の娘か……。なれば"珠卵"であっても当然だ」
「やっぱり知ってましたか」
「さすがにな。あの家は父母共に令師だったはず。その娘なら並みの高士より力を持っているだろう」
 そうなのか。
 お嬢様は実家嫌いなので、あまり詳しい話をしてくれない。

 令師は慧師の次に位が高い。
 でも、サガノトスには一人もいない。理由は単純。令師となった時点で所属が変わるからだ。

 四大国にある五つの里。"第一の地"から"第四の地"までは、各国の聖都に存在している。
 "第三の地 サガノトス"もその中の一つだ。慧師を頂点として正師と高士が運営にあたり、雛とも呼ばれる導士の育成を行う。
 では令師はどこにいるのかといえば、全員が"第五の地"に属している。別名"空白の地"とも呼ばれるその里は、慧師と令師だけの里なのだ。
 令師となるにはまず各里の慧師からの推薦が必要。推薦された後は、"空白の地"にいる慧師の承認が必要となる。つまり、最低二人の慧師が「適した人物である」と言わなければ、令師となることはできない。
 だからこそ難関であり、令師を目標としている真導士も多いという。
 両親揃って令師なら、レアノアの実力の高さにも頷ける。

「今年の雛はつくづく変種揃いだ。……おい、そろそろ放せ」
 また警戒の仕草をしたバトだったが、何かをつかんだ様子で命令してきた。だからこそ、あえて指示とは逆の行いをして身を固める。
「……嫌です」
 右手をより絡ませて、がっちりと握った。
 この行動には呆れ果てたような吐息が返ってきたが頑として握り、命綱の確保に努める。
 はっきり言ってはしたない行いだ。
 下手したらまた妙な誤解を受ける可能性もあった。それも十分承知している。
 しかし。
 しかしだ。やはり身の安全には代えがたい。
「娘らしさを放棄して、よくも娘扱いしろと言えたものだな」
「何とでも言ってください。全部バトさんが悪いのです。これに懲りたら、人の扱い方を変えるべきだと思います」
 皮肉を振り払ってから思いっきり膨れてみた。
 そう、バトが悪いのだ。
 あんな高所から人を落とす方が絶対に悪い。もう二度と落とされてなるものかと胸に刻み、右手で捕らえている青い後ろ髪を引っ張った。

 ……いざとなれば、この髪もろとも心中するつもりだ。

 色々と気が利かない青銀の真導士でも、後ろ髪をごっそり抜かれるのは嫌なようで、いまのところ丁重な扱いを受けている。
 膝に乗せられているのも痛みがあるからだろう。
 自分はまだ高所で浮くのに慣れていない。場所に問題はあれど着地していられることが重要だったので、これについては文句をつけないでいる。誤解が絡まろうが何だろうが安心が第一。
 落ちた時の感覚は、それはそれは恐ろしかった。胃に限らず内臓という内臓が浮いた挙句、ぐちゃぐちゃに振り回された感じだった。あれを味わうのは二度とごめんだ。
 きっと次は心臓が止まってしまう。絶対に絶対にお断りなのである。
「そもそも犬扱いをしている人が、娘扱いなどするわけないでしょう。する気もないことを言って、逃れようとしても無駄ですからね」
 騙されるものか。誤魔化されるものかと意志を岩のように固めて、青い髪を拘束し続ける。
「吠え癖が悪化しているのは、何の影響だ」
 語るに落ちるとはこのことだろう。
 失礼な男性にはそれなりの対処で構わないと、かのご令嬢も言っていた。だから後ろ髪をむしったところで問題はない。
 パルシュナだってお許しくださるはずだ。
 そう考え、また力を入れた時、その気配を感知した。
 秋に埋もれた世界の中、勢いをつけて飛んでくる風がある。

「――きたか」

 冷たく言ったバトの左側の口角が上がり、凍えるような真力が多量に吐き出された。

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