蒼天のかけら 幕間 真導士の特訓
真導士の特訓(4)
「もっとも能力が高まっていたのは、"眠り病"にかかっていた頃かと……」
探ることもせず、真眼を開いただけで"呪い"を受け取っていた。
察知能力は、船の実習の時点でかなり高くなっていた。けれどその有様は決定的に違う。
「あの時にはもう、準備に入っていたのだろうと思います」
背中が痛いと。
眠りの合間に苦しみを吐露していた。
触手の出現により里が動き、遺跡が塞がれることによって"眠り病"から解放された。しかし、痛みは相変わらず彼女を苛み続けた。
本当ならばあんなに苦しまずに済んでいたのにと、白の獣が言っていた。サキと"サキ"が分かれていたせいで、羽化が不完全となり成長が止まった。
痛みに苦しみ抜いた挙句、起こってしまったのが"暴発"だ。
「サキによれば、"青の奇跡"は白い真力の奥にあるらしいのです」
ジュジュの話は、まだ誰にもしていない。
するべきではないと本能が伝えてきている。せめてサキに"サキ"の記憶が戻ってからだ。だからいまは言わないでおいている。
「塔で起こったのは、確かに"暴発"だったのでしょう。青に覆い被さっている白の真力だけが……爆発した」
威力が小さかった原因はそれだ。
「羽化を迎えてから、痛みの訴えは一度もありません」
「能力が落ちたのはその時期か」
「ええ、たぶん。……騒動自体が起こっていなかったので、きちんとした比較ができない。ただ、"リスティア山"の遺跡ではすでに鈍くなっていた」
それこそ攻撃を受ける直前といった感じだった。
以前のサキなら、もっと早く気配に気づいていたはず。船の実習の時と比べれば、差は歴然としている。
「"青の奇跡"が、彼女の能力を弱めたとも考えられます」
正確に言えば「考えられはする」だ。この仮説にはしっくりきていなかった。
普通は逆だと思う。
羽化によりその尋常でない力が解放されたのなら、能力はより磨きがかかるものではないのか。ここにきて、どうして衰えてきたのか。疑問は深まるばかりだった。
疑問を伝えた相手も考え込んでいる様子だ。
何しろ"青の奇跡"は未知の力。理屈を求めようとも難しい。その力の儘ならない加減は、本人と同じだ。どうしたものやらと、嘆きたくなるのも仕方ないだろう。
「遺跡にいたからと仮定して――」
「待て」
考え込んでいたはずのバト高士が、言い差しを止めてきた。
「落ち着け。急いたところで答えは見えぬ」
出てきた言葉は、抵抗の余地もなく頭の中で鳴り響く。
衝撃のせいで考えていた事柄を喪失してしまった。頭がすっきりしたのはいいけれど、喜ばしくはない。
「何だ」
「……いえ、別に」
何もうちの兄貴と同じようなことを言わんでもいい。急に据わりが悪くなってきて、腰のあたりがむずむずとした。
「強くなったとも仮定できよう」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
「強く?」
「サキが強くなったとも考えられるだろう」
思わず、眠っている彼女を見下ろした。
真導士に限らず、力の強弱は比較によって決定される。そして大抵の場合は、自分自身を元として強いか弱いかを判断する。
サキが感知する危機は、サキ自身が脅威と思うか否かで判定されている。
「つまり、サキが脅威と感じなければ」
「何も感知できぬという訳だ」
「では……」
サキ自身の強さによって、警告の感度が変わるというのならば――。
「"青の奇跡"だけでも弱まっていたのに、いまは"神具"まで抱えている。この状態では、以前のように感知できないということですか」
危機という危機を見つけ出してきた目を、知らずに失ってしまった。
強大な力と引き換えとはいえ、この局面でと思わずにいられない。
「結論を急くなと言っているだろう。一つの可能性として考慮に入れておけ。どちらにしろ導士はすべて保護対象。当日は正師がつきっきりとなる。見回り部隊からも、人を割く方向で検討されている」
先日の遺跡調査で判明した狙い。
奴等は、導士を生贄として捧げようとしている。
十二年前の導士達は思惑に嵌り、その命を散らした。
わかっているのはここまでだ。
過去の"風渡りの日"に何が起こったのか。どうして全員が家を出てしまっていたのか。奴等はどのようにして導士達を誘い出したのか。解明は成されていない
選抜を受けて生き延びた、もう一人の高士が言っていた。
(全員ってのは明らかにおかしい)
十二年前の導士地区は荒れに荒れていたという。聞けば、その有様は今年の夏に酷似していた。誰もが疑い合い、傷つけ合うのが日常。それが原因となり、学舎にこなくなる者も多かった。
問題のその日は座学があったらしい。
だから選抜を受けた四名以外は、全員が里に残っていたという。聖都側に残されていた"転送の陣"の記録簿から、下りた者がいなかったことは確認済みであるとも聞いた。
(一日中、家にこもっている奴も多かったんだ。誰か残っていてもいいはずだろう)
「当日の動きは正師から指示が出る。それまでは家で待機していろ」
「はい」
「状況次第では、前日から中央棟で身柄を預かる。彼奴らは"青の奇跡"を、お前が有していると思い込んでいよう。この期に及んで手を打ってくるとは考えにくいが、注意を怠るなよ」
「わかっています」
「特に……そいつから目を離すな。何を仕出かすかわかったものではないからな」
彼女の儘ならなさは、この高士からもお墨付きとなっていた。
心底、困った相棒殿だ。
苦笑しつつ頷いたところ、一枚の紙が差し出された。先ほどまで熟読していた書類の一部だ。冒頭だけ読み砕き、内容に驚いて右手を伸ばした。
「これは――」
問いかけた相手は、不満げな様子で彼方を見ている。
視線の先にあるのは中央棟。苦情を陳べるのも面倒だというような溜息と共に、新たな指示が飛んできた。
「今夜中に連絡を済ませろ。明朝、遅れた奴がいれば容赦はしてやらん」
全員に伝えておけと言われたので、即座に了と返した。