蒼天のかけら  幕間  真導士の特訓


真導士の特訓(5)


「サガノトスでは、高士が導士への手ほどきをすることを禁じている。今回の許可が特例中の特例であることを、ゆめゆめ忘れてはならぬぞ」
 キクリ正師にしてはめずらしく、大変しつこい物言いだ。重ねられる注意が一大事であることを伝えてきている。だから真剣に耳を傾け、つどつど頷きを返す。隣に立つローグもそうしているし、友人達も同じだった。



 高士が個人的に手ほどきをする。
 これは"兄徒"と呼ばれる制度で、以前のサガノトスでは認められていたのだそうな。
 階級を越えた絆作りを目的としているこの制度。雛の成長を早めるという利点があり、他の里ではいまでも問題とされることなく存在している。
 しかし、欠点も多いらしい。主に派閥形成で利用され、不必要な軋轢の元凶ともなっているとか。
 十二年前の事件で未解明の部分が多いのも、兄徒制度が遠からず関係している。
 雛達が荒む原因となった術具。隠匿が籠められていただろうその術具が、一体どこから流れてきたのか。"兄徒"が多過ぎたため調査が困難となり、長年に渡って持ち越してきたのだ。

 信頼している同期だから許可を出した。
 そんな簡単な話とはとても思えない。禁じた制度を、慧師が自ら復活させたのにはそれなりの理由があるだろう。
 けれど、それを理解しない者も絶対にいる。里は一枚岩ではないと繰り返し聞かされてきた。この事実を知られれば、必ず大きな問題となってしまう。正師が口うるさくなるのも無理はないと考え、長々と続く注意を静かに拝聴する。

 "風渡りの日"まで、あと数日。
 この短い期間で、どこまで力を伸ばせるかが生き延びるための鍵となるのだ。
 "一の鐘"が鳴ったばかりの早い時刻。心配していた赤毛の友人もどうにか間に合い、レアノア以外の全員が揃った。ご令嬢の不参加は折込済みだ。
 彼女は独自の修行を行っている。いまさら同期と横並びになるよりいいだろう。そんな理由でローグも強くは誘わなかったようだ。



 最後にもう一度だけ釘が刺されて、長い注意は終わりを迎えた。
「では、バト高士。雛達をくれぐれもよろしくお願いいたします。それから――」
 どこか呆れたような眼差しの先に、にやつき顔の大隊長殿がいた。
「……貴方は何をしておいでか」
「いやなに気にしないでくれ。ちょっとばかり見学しに来ただけだ」
 この発言を受けたキクリ正師は、間を挟まずに「さぼりに来たの間違いでしょう」と言った。
 不真面目な人物がいるせいで、今日はバトの機嫌が悪い。
 おかげさまで朝も早くから気配の吹雪が発生している。その耐えがたい寒さのせいか、ユーリとティピアが身をすくませた。チャドに至っては、青白い顔のまま胃のあたりを押さえている。こんな状態でまともな修行ができるのかと、やや不安に思った。

 正師が消えた後、舌打ちを一つ出したバトは実習の時と同じように「並べ」と命じてきた。ローグ相手ならさっそく対戦用の輝尚石が出てくるところだけれど、今日は様子が違う。
 でも、それも仕方のないことだろう。
 性別も系統も。力量すらもばらばらな導士が揃いも揃って十二名。相手をするのも一苦労のはず。一体どうするつもりだろうかと、青銀の真導士からの指示を待つ。
「がんばれよ、ぴよぴよちゃん達。こいつは本当に情け容赦ないからな。油断してると大怪我するぞ」
 指示を待っている間にも大隊長殿が茶化してくるから、周囲の温度がぐんぐん下がっていく。まるで一足先に"風渡りの日"が来てしまったようである。ティートーンだって状況くらいは理解できているだろうに……。軽口をやめるつもりは、さらさらないようだ。

 苛々しつつも任務は任務と割り切ったのだろう。
 凍えた真力がそれぞれの手元で真円となり、輝尚石をはき出した。ころんと出てきた輝尚石には、真力だけが籠められている。
「二度は言わぬ。聞き逃したら承知せぬから、そのつもりで聞け」
 どこかで聞いた覚えがあるような台詞をもって、修行が開始された。
「問題の日まで残りは幾ばくもない。いまさら修行に励んだとて、大した成果は上がらぬ」
 だから新しい真術や、多重真円の描き方を教えるつもりはない。
 明示された方針に、男達から戸惑いが出た。
 彼らは多重真円を習いたがっていたのだ。ローグにできたのなら、自分達にも可能かもしれないと期待していた。だというのにさっそく否定されては、戸惑いが出るのも無理はない。
「数日で身につけられるのはせいぜい知識程度のもの。付け焼き刃ではあるが、何も持たぬよりはいい」
 いまから習う方法なら系統に縛られることもなく、燠火の二重真円ほどの力を得られるという。
 そんな夢のような手法があるのかと、半信半疑の気配が流れる。しかし、バトが嘘を言っている様子もなかったので、嘴を閉ざしたままでいた。
「百聞は一見にしかずだ」
 やれとの指示が出され、ローグが一歩前に進み出る。

 何がはじまるのだろう。

 誰もが固唾をのみ、彼の行動を見守る。
 全員の期待を背負った黒髪の相棒が、手にしていた輝尚石を思いっきり投げ飛ばした。驚くほど遠くまで飛んだ輝尚石が、網膜を焼くような輝きに包まれ――次の瞬間、盛大に爆発する。
「すごい」
 ジェダスが、唖然としたような声を漏らした。
「いまのって真術……?」
 大きな音に驚いたのだろう。耳をかばって縮こまったままのユーリが問うてくる。
「いえ。真力以外の気配はしませんでした」
 純粋に真力だけ。
 それだけの輝尚石だったはず。
「バトさん、いまのは……」
 この問いには短く一言だけ「"暴発"だ」と返ってきた。

 輝尚石に籠めた真力を、意図的に起爆する。
 成功すれば、小さいながらも"暴発"を引き起こすことができる。
 小規模とはいえ"暴発"は"暴発"。破壊力は絶大で、導士の真術とは比較にもならないという。

「真力だけを籠めた輝尚石を使う。条件はこれだけだ」
 真術を籠めたものだと却って威力が出なくなる。何故なら一緒に籠められている精霊達が、自身を守ろうと威力を抑えてしまうからだ。やったとしても、せいぜい輝尚石を割るくらいの破壊力だとか。
「真力を籠める練習は、家でやれ」
 とにかく起爆できるようになること。これが最優先の課題となる。
「まずは遠方で起爆させろ」
 真導士の近くで輝尚石を"暴発"させてはいけない。よほど真術に親しんでいない限り、確実に"誘発"が起こる。
 キクリ正師が張った結界の中であれば、どこで試してもいい。
 指示に従い、遠方へと放って起爆を試みる。なかなか遠くに飛ばせなくて苦労したけれど、旋風を使うという手を思いつき、どうにか後れをとらずに済んだ。

 全員が起爆できるようになったのを見計らい。バトから新たな指示が出る。

「では、次だ」
 真円が描かれ、またまた輝尚石がやってきた。ころころと落とされた輝尚石には、やはり真力だけが籠められている。
 両手いっぱいに冷たい気配を抱えながら、何をさせる気だろうと首を傾げた。
「起爆ができれば、あとは慣れるのみ。如何に"暴発"させようとも、動く標的に当てられねば意味を成さぬ」
 指示を耳に通しながら、輝尚石をポケットに仕舞っていく。もたつきつつ作業をしていたら革袋が飛んできた。これはありがたいと受け取り、落としてしまっていた分を入れ、しっかりと抱える。
 うむ、準備万端である。
「模擬戦で注意すべきは距離感。己はもとより、互いの距離に注意をはらえ」
 ここで大隊長の軽快な合いの手が入る。同期の"兄徒"ぶりを褒めているけれど、誰が聞いてもからかいにしか聞こえない。
 一瞬、バトのこめかみに血管が浮いたように見えた。
 苛立ちを募らせた青銀の真導士は、右手にある輝尚石を強く握っている。よくよく見れば、手の甲にもくっきりと筋が浮いてきてしまっている。
 いまにも割れてしまいそうな輝尚石に励ましを送った。ローグとの修行でも使っていたその輝尚石には、"幻視の陣"が籠められている。片生や、淪落を模した人型が放出されるので、模擬戦を行うのにぴったりな真術なのだが……。
 これは果たして空耳だろうか?
 どこかから無数の悲鳴が上がってきているような気が……しないでもない。

 憤りの気配が積もりに積もり。
 頂点まで達したその時――すべてが唐突に、真夜中の静寂へと切り替わった。
 朝を飲み込んだ青銀の真導士は、いっそ穏やかと言っていいような眼差しで一同を眺める。
 その静かな輝きが不気味で、思わず身を固くした。
 気配と表情を一変させたバトは、手元の輝尚石を気ままに弄ぶ。そして「気が変わった」とつぶやき、どこかへと飛ばした。
「お前達は運がいい」
 聞いた覚えのないやさしい口調で言われて、恐怖のあまり膝が砕けそうになった。
「模擬戦を組むのに一番苦労するのは、適切な相手を用意すること」
 "幻視の陣"を使うのが一般的だが、籠めた真術だと予想外の動きはほとんどない。実際の戦闘と比べればどうしたって劣るから、緊張感が薄くなる。そんなことを至極やさしい声音で語った。
「ただの修行なれば、それもいい。しかし、状況を鑑みればもの足りぬのも事実」
 沈黙が落ちた。
 しんとなった世界で、かさこそと乾いた音がする。
 動きの鈍い眼球をずらして音の原因を探したところ、撤退を試みているその人と目が合った。
「お前達にとっても不足はなかろう。相手は里の幹部ゆえ」
 やべえと焦ったように言って、大隊長殿が空へと逃げ出した。
「……決して逃すな。淪落となる前に片付けるつもりで狙え。責ならすべて負ってやる」
 逃げる背中を、青銀の真導士が射貫くようにして指し示す。
「目標――見回り部隊大隊長、ティートーン」
 冷笑を浮かべたまま言い切ったバトは、一呼吸の間をおいてから、いまだかつてないほど抑揚のある声で号令を発した。



「死力を尽くし、奴を打ち落とせ!!」

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