蒼天のかけら  第一章  静白の門


宿命の門


 人混みに流され、やっとの思いで辿りついた女神パルシュナの神殿は、どこまでも白く大きく圧倒的な存在感を誇っていた。
 神殿を囲う白楼岩はくろうがん壁に、女神の神話が繊細な技巧で施されている。
 壁が途切れた場所に大きな門が一つだけ備えられており、これも女神の神話『静白せいはくの門』を描いていると見てとれた。

『静白の門』は、女神パルシュナの神話の中で語られる、宿命を司る門だ。
 時折『青白の門』と称されることもある。白い門に瑠璃で装飾を施されているからだという。
 女神の子である人は、一人一人に役目を与えられており、その宿命の時がくれば自ずと『静白の門』が開かれる。
 門が開かれれば人はその宿命にしたがい、女神に与えられた道を歩んで行く。
 歩みを止めれば焦燥の息吹が心を打ち、道に逆らえば怒りの息吹が命を削る。宿命に逆らわず、正しく真っ直ぐに進めば、命尽きる時まで恵みの息吹を受けられるとの教えを含んだ神話だ。

『静白の門』から神殿の入口へは、長く広い階段が敷かれていて、階段の脇には灯篭が規則的に置かれていた。その階段の上を、大蛇のような列が這っている。列にはサキと同じ年頃の男女が、緊張しながらも整然と並んでいた。

(こんなに……)

 儀式には、成人を迎えた十五歳の若者が国中から集まってくる。それため、華やかなこの都は、まるで即位式があるかのように、いっそう華やかに賑々しくなるのだと聞いてはいた。
 だが、想像と現実はまったく違う。外界から閉ざされた寂しい村しか知らなかったサキにとって、眼前の光景はあまりにも強烈だった。
 朝一番で出てきたはずなのに、もうこんなに並んでいる。
 これだけの人が儀式を受けるのだ。果たして今日一日で終わるのだろうか?

 民に課せられた義務である『選定の儀』は、その年に十五となった者達が、聖都にある女神パルシュナの神殿に集い、『真導士まどうし』の選定を受ける儀式だ。

 女神パルシュナの恵みにより。人には生来、真力まりょくと呼ばれる力が備わっている。
 その中でも人並み外れた真力を有する者は、大地にさらなる豊穣と平和をもたらす稀有な存在――真導士となれるのだという。
 しかし、大きな真力を持つ者はめったに生まれない。そのため、稀有な力の持ち主を見落とさないよう、民のすべてに参加の義務が課せられている。
 ――真導士。
 物語ではよく聞く存在ではあるが、まだ一度も会ったことはない。サキが田舎者だからではない。例え都に住んでいても彼らと知り合うのは難しいのだ。
 稀有な存在である真導士は、真導士の里に居を構えている。
 そこには真術の心得がある者しか足を踏み入れられず。どこにあるのかも定かではないとされている。
 今日、『選定の儀』を受けた者の一握りが、伝説とも言える世界に行くことを許されるのだ。

 称えられ、褒めそやされるその名誉。きっと素晴らしいに違いないだろう。けれど、サキはどうしてか羨ましいと思えないでいた。
 どう転ぶにしろ、自分には縁遠い世界のことだ。そんなことよりも、この長蛇の列の方が重要だった。いったい、どこまで続いているのだろうか。
 できれば日暮れまでに宿へ戻りたい。いくら都と言えども、夕闇の中を一人で出歩くのは危険である。

 思いふけっていたせいで距離感を誤った。目の前にいた男の背に、顔を盛大にぶつけてしまう。
「……ごめんなさい!」
 慌ててその人を見上げ、硬直する。すらりとした人影は、黙ったままこちらに顔を向けていた。
 黒い瞳と出会う。
 鮮やかな黒髪の隙間から、意思の強そうな黒い瞳がサキを見据えていた。弓で射止められたように動けなくなる。
 通った鼻筋の下にある、引き締められた唇が「ああ」とだけ動くのが見えた。それきり。また前に向き直り、手に持っていた本に目を通しはじめた。
 濃藍の上着をしばらくの間、無言で見つめる。男は本に集中しているらしく、襟足にかかっている髪すら微動だにしない。
 振り返らないことを確認して、細く息をついた。あちらから目を逸らしてくれたので、激しく安堵した。
 自分からは到底できなかっただろう。突然やってきた衝撃のせいで、心臓がかつてないほど激しく鐘を打ち鳴らしている。
(……びっくりした)
 まるで物語から飛び出てきたような男が、平然とそこに立っていた。さすがは聖都だと、妙な具合に感心しながら気を逸らす。

 サキは人見知りが激しかった。
 昔から、どうにも知らない人というのは苦手で、なかなか難しい存在だった。中でも男は特に苦手だ。
 女ならば、まだなんとか平静を保ちつつ会話できるけれど。男となると何を話せばいいのかわからない上、圧迫されるような恐ろしさを抱いてしまって、どうしても無理だった。
 もう決して目の前の男に当たらないようにと距離を取り、長い列を粛々と進んでいく。

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