蒼天のかけら  第二章  鼎の道


真導士の憂鬱


ここ数日でようやく慣れてきた家路を歩いていた。

 ここ数日でようやく慣れてきた家路を、一人歩いていた。

 真導士の里サガノトスは、かなり施設が充実している。道の整備はもとより、学舎、食堂、サロン、倉庫、図書館などなど、生活に必要なものはすべて揃っていた。
 裏で動いている金はとてつもない額だと、そら恐ろしくなった。だが、せっかく利用できるのなら使わない手はない。そう考えて、世では貴重品とされている本を、五冊ほど借りてきたところだ。選ぶのに熱中していたせいで、いつもより帰りが少し遅くなってしまった。

 昼時だから食堂に行っているのか、道に人影があまりない。この時間帯ならサキを連れてきても大丈夫だなと、自分の相棒の顔を思い浮かべる。
 今日の昼飯は何だろう。
 腹時計は正確で、先ほどから早く帰れと唸り声を上げている。

「首席殿!」
 後方より呼び止められて、眉をひそめた。
 ――首席殿。
 "第三の地 サガノトス"における自分の呼び名は、これに確定したらしい。
 信じがたいことだが、自分が有している真力は史上最大で、周囲から期待や羨望、嫉妬などを受ける身となった。真導士とも、真術とも縁遠い世界を生きてきた自分にとって、その事実は意外過ぎるものだったが。まあ、そんなこともあるのだろうと、あっさり飲み込んで数日を過ごしていた。

 ただの商人が、真導士でもある商人に変わっただけ。むしろ商える品が増えた分だけ得ではある。真導士の専売である術具は、扱うための伝手が必要。いままで扱いたくても扱えなかった品の一つだ。
 だがしかし、自分が真導士になったのだからもう遠い伝手を探す必要はなくなった。これは商いに生きる者にとって、かなり大きな強みだ。何せ、途中で上前をはねられる心配がなくなる。
 多少のいざこざがあっても、高い真力は貴重な資産になるぞと楽観的に構えていたのだが……。

 現実を知って、うんざりとするはめになった。

 多少どころではない。毎日毎日、鬱陶しいことが目白押しだ。
 特に「首席殿」と呼んでくる奴ら。奴らには二種類の区分しか存在していない。すでに将来の覇権争いを想定して、力の強い者にすり寄ろうとする奴。そして、強い真力に嫉妬している奴。

 自分にとっては、わかりやすい嫌悪を出している後者の方がまだましだった。
 気に食わない。
 理由はそれだけだ。切り捨てるにしても、正面から当たるにしてもこちらの方がやりやすい。
 問題は前者だ。こいつらは複雑怪奇な思考をしている。表向きと内心の差がわかりづらい上に、搦め手で親しくなろうとしてくる。それとなさを装った露骨な態度が、また妙に勘に障る。表情も仕草もしゃべる内容でさえも、すべてに下心が透けて見えて、とても懇意にしたいと思えない。
 一呼吸おいてから振り返る。

(さて、今度はどちらだろうな)

 どちらでも気分が悪いのは同じ。しかし、あえて敵を増やそうと努力をしているわけではない。とりあえず、当たり障りのない対応を心掛けてみる。
「何か用か」
 振り返って、相手の頭があると思っていた位置に想定のものがないと知り、視線を上に動かす。
 妙に長い男だ。
「はあ、よかった。……ようやく見つけたよ」
 長身の男が、疲れたと言わんばかりに苦笑いを浮かべていた。
 浅い空の色をした髪は、短く揃えてあり。めずらしい紫紺の瞳がよく見える。額飾りは独特の模様をした組み紐だ。北の地方から出てきた男達が、揃って同じ紐を付けていたのを思い出す。きっとこいつも北の出身者だろう。
 口ぶりと、羽織っている白のローブの丈を見て、同じ導士であるとわかった。

 この真導士の里には、導士と高士と正師。そして慧師がいる。真導士として位が上がるごとに、羽織るローブの長さが伸びていく。
 まだ会ったことはないが、高士に会ったら礼をするように言われていた。真導士の里は、完全な階級社会で成り立っているということだろう。それが覇権争いや権力抗争になる要因ではないかと思えども、導士に意見する機会など用意されていない。

「ずっと探してたんだ。用があってさ」
 語り口調は軽い。
 顔だけ見れば気さくな男に見える。けれど、まだ気を緩めるべきではない。
「俺に何の用だ」
 顔を貸せと言われたら、のこのこと付いていってやろう。
 港の商人は腕っ節が強いと、一度しっかり教えてやれば、鬱陶しいことが少しは減るだろう。
「いやね。ちょっと頼み事があって」
「頼み事?」
 めずらしい。
 絡まれることは多々あるが、頼み事をされたのは初めてだ。意外な出来事に、わずか興味を引かれる。
「その……、おたくの相棒殿についてなんだけど」
 頭を出していた興味が一瞬で引っ込み、代わって怒りが飛び出してくる。

 どうやら、最悪な内容のようだ。

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