蒼天のかけら  第二章  鼎の道


来客


 おかえりなさいと声を掛けて、しばし固まった。
 知らない男の人がいる。久方ぶりに、自分の悪癖を思い出し緊張が出た。

 帰ってきた相棒は、背の高い男の人を連れていた。最近はローグとしか話さなかったので、人見知りがあることを忘れかけていた。
 扉のところで待つように言って、彼だけが自分の方へ歩いてくる。
「ただいま」
「ローグさん、あの方は……」
 彼は、目の前で歩みを止めた。止まった位置がちょうどよく、かの人物がすっぽりと隠れた。それで少しは緊張が和らいだものの、声は自然と小さくなる。
 緊張が伝わったのか、大丈夫だと安心させるように笑ってから、こう言った。
「サキに用があるらしいから、連れてきた」
 目を見開いた。
「……わたしに、ですか」
「そう、謝りにきたそうだ。森の一件で」
 森の一件とは、"迷いの森"での出来事だろう。不安が顔に出てしまったようで、ローグが案じるように問うてきた。
「嫌なら嫌でいいからな。サキが辛いなら帰らせる。話を聞くというなら家に入ってもらうが、俺も同席はする」
 言葉を反芻しながら、自分の心に聞いてみる。
 謝って欲しいという気持ちは……ない。あれは仕方のないことだと諦めてしまっている。だから恨んではいない。さすがに直接侮蔑してきた人と、話をしたいとも思わないけれど。彼はその人達とは違うようだ。
 せっかく謝りたいと言ってきてくれているのに、自分が人見知りだというだけで断るのは失礼に思えた。
「入ってもらって、ください」
「わかった。……おい」

 ローグが、扉のところで待っていた男を呼ぶ。
 近くまで来た途端、緊張が高くなる。やさしそうな雰囲気だけど、すごく背が高い。
 圧迫感を覚えて、視線が勝手に床へと落ちた。
「あの……、揉めてたのに気付かなくて。本当に申し訳ないことをした。許してくれ」
 飾りけのない言葉は、性格をそのままあらわしているのだろう。
 とても真面目な人に違いない。
「気にしないでください。……あれだけ人が多ければ仕方がないことです」
「そうかもしれない。でも、気の使いようはあったと思うんだ。そもそも女性を後方に控えさせたのがいけなかった。……無事でよかったよ。本当にごめんな」
 これも、仲直りだろうか。
 気にしないで欲しいと言っているのに謝罪を続けられて、もうどうしていいかわからない。必要のないことで謝られると、こんなに心苦しくなるのか。
 怒られるわけだ。
 自分のやりようもついでに反省してはみるが、この場の切り抜け方が難しい。ローグは口を挟む気がないようで、黙ってこちらを見ている。

「……っうわあ!」
 困り果てて悩んでいたら、棚の上から白い影が飛んできた。
 高い彼の頭部に、一匹の獣が降り立つ。予想外の事態が起きたため、彼は素っ頓狂な声を上げて頭を振り、獣を払い落した。
「あ、駄目よっ」
 払い落された獣は、難なく床に着地してサキの方へと駆け寄ってきた。
 慌てていた彼は、紫紺の瞳を激しく瞬いている。
「何だ、それ?」
 問われて、答えに悩むこととなった。足元ですりすりとしている真っ白い獣を、そっと抱き上げ、ローグを見上げる。

 先ほどやってきためずらしい来客は、かわいいかわいい白イタチだった。
 サガノトスには森と湖がある。たまに獣を見かけることもあったけれど、家にまでやってきたのはこれがはじめて。窓の枠にお行儀よく座っている姿を見て、食べるだろうかと細切れの肉を与えたら、逃げもせず手から食べてくれた。
 撫でてくれと頭を手に擦りつけてくる様もまた愛らしくて、できれば飼ってみたいと思っていたのだ。
 ローグが帰ってきたら相談しようと考えていたところ、新たに来客があったので言いそびれていた。

「あー。何だイタチか……」
 長身の彼は、白イタチのいたずらに怒ることもなく、びっくりしたと頭を掻いている。
「大丈夫でしたか?」
「ん、ちょっと驚いただけだから」
 人好きのする笑顔に、少しだけ緊張がほぐれる。
「サキ。どうしたんだ、そいつは」
「さっき、窓から入ってきて……。とても懐いてくれたので、その」
「飼うのか」
「……駄目でしょうか」
 駄目と言われたらどうしよう。かわいいから手放したくない。
 白いふわふわを腕で囲って、ローグの様子をそろそろと窺う。
「いや、かまわない」
 うれしくて腕の中のあたたかい塊を抱き締める。すると、白イタチが頬にすり寄ってきた。仕草がかわいくて、ついよかったねと笑いかけた。
 つかの間。
 ローグの顔が変に固まったように見えたけれど、喜びが勝って気にもならなかった。

「あのー……」
 長身の彼は、やや言い出し難そうに声を掛けてきた。
「……もしかして、オレってお邪魔?」
 間延びしたような言葉のせいで、サキの顔は一気に熱を帯びたのだった。

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