蒼天のかけら  第二章  鼎の道


岐路


 まるで、草原での出来事をなぞっているかのようだった。

 娘の眼差しは、嘲りと非難を隠そうともしていない。
「何をしているの?」
 冷たい感情を含んだ声に、足が竦む。
「ああ、そこで会ったから。荷物をね」
 彼女の不穏に気づかないのか。あえて無視しているのか。いままでと変わらない口調でイクサが答える。返答を聞き、吊りあがった紅玉の目が、より険しい色を帯びた。
 不愉快さを滲ませたまま、娘が自分達の方へ歩いてくる。
 彼女の歩に合わせて、円筒の帽子に付けられた金属の飾りが、しゃらしゃらと音を立てている。
「ねえ、わたしの相棒に何か用なのかしら」
 娘はイクサを飛ばして、自分にきつく問いかけてくる。
「ディア。彼女にはオレが声を掛けたんだ。そんなに怒ってどうした」
 困惑気味なイクサは、間に入ろうとしてくれたが、彼女はそれを許さない。
「腹ぐらい立つわ。どうしてわたしの相棒が、"役立たず"なんかの荷物を持たされているの?」
「ディア!」

 自分のふがいなさとあの日の屈辱が、眼前に差し出された。夢のために踏み出した道を、またその分だけ戻っていく。
 どうしてだろう。
 強くなろうと。彼に相応しくなろうと決めたのに。

 臆病な自分は立ち向かう勇気を持てないまま、また逃げ出すことを選んでしまった。
「ごめんなさい。……ここからは一人で大丈夫ですので」
 イクサの腕から荷物を取り、足早に立ち去ることにする。
「待ってサキ。一緒に取りに行くんだろう」
 慌てて呼び止めてきた彼の瞳には、心配そうな色が映り込んでいた。
「場所を、教えてください。一人で行けます……」
 彼は自分の頑なな拒否と、険呑な自分の相棒を見比べて、肩を落とした。
「……ここから真っ直ぐ進んで、二つの分岐を左手に行った場所だ。森道だけど深い場所ではないから、行けばわかると思う」
 教えてくれたイクサに「どうも」と一つ礼をして、今度こそ場を立ち去る。
 後ろから二人の話し声が聞こえてきたけれど、頭の中から強引に締め出した。

 二人の声が聞こえなくなった頃に、ようやく足を緩める。
 イクサには申し訳ないことをしてしまった。あんなに親切にしてくれたのに。いまになって自分のひどい態度を、とても悔やんだ。
 そしてディアと呼ばれた娘の、その瞳を思い出す。彼女の瞳を見るだけで胃の腑が痛む。
 こんなにも自分は弱い。
 遠くから耳鳴りがやってきた。ふがいない自分は、どこまであの日を引きずれば気が済むのだろう。

 逃げ出してしまった。
 なんて情けない。
 彼に――ローグに相応しい相棒になんて、とてもなれはしない。だって、こんなことすらも自分で解決できないではないか。

 真導士の力は、真力と真術の経験。そして、気力で構成される。
 自覚はあった。
 自分には圧倒的に気力が足りていない。ただでさえ真力が少ないのに、それを満足な形で補うこともできない。
 戦うべきだった。
 場に留まり、なけなしの力を振り絞って。少しずつでも変わらなければ、ずっとこのままでいるしかないのだから。

 じわりと、目に涙が溜まってくる。
(ああ、また……)
 止め処なく流れる涙は弱さの証。守られてばかりの"役立たず"の証明。
 彼に、守られて甘やかされて。導士になる前より、弱くなったのではないかとすら思う。きんきんと甲高い音が耳から聞こえてきて、先日、学んだばかりの知識が自然と思い出される。
 真導士は気配に敏い。その中でも、さらに気配が敏い者がいる。
 真力や真術の気配に限らず、人や獣の気配。さらには自然の予想もできない危険を、事前に察知できる者がいる。
 その話を聞いてローグは自分を褒めてくれた。あの時の勘は、サキの能力だったのだと。
 これからも頼りにしていると言われて、心から喜んで、舞い上がってしまった自分。
 あらためて思う。
 自分が持つ察知能力は、ただ自分が臆病なだけではないか。すべてに委縮して、弱い自分を守ろうとする、獣の本能のようなものではないか。そうだとしたら、とてもローグに釣り合う力とは言えない。
 情けなさと寂しさが募って、自然と頭が下がる。
 一歩進んでは、また振り出しに戻る。
 これでは彼の歩みに追いついていくのは不可能だ。いつか置いていかれて、きっと離れ離れになってしまう。
 耳鳴りが喚くような音に変わる。
 いやだ。ローグと一緒にいられないなんて、そんなこと――。

 再び、肩に手を置かれた。
 イクサだろうか……。追いかけてきたのだろうか。
 のろのろと振り向いて瞠目する。思わず一歩、後ずさろうとしたが、肩に置かれている手はそれを許そうとしない。
 振り向いた先には、草原でサキを追い詰めた――あの大柄な男が立っていた。

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