蒼天のかけら  第二章  鼎の道


閉ざされた道


(女神さま、どうしてですか……)
 心の声ですら震えが走っていた。
 あまりのことに、現実を直視できない。

 耳鳴りは高く高く響いている。
 陰惨な眼差しの大柄な男は、サキの顔をじろじろと見て……下卑た笑いを浮かべた。
 茶と白が混ざった硬そうな髪と、彼の吸い込まれるような黒とは違う、濁った黒い瞳の男。改めて容貌を確認して身体が震える。間違いない、あの時の男だ。
「よお、また会ったな」
 親しげではあるが、とても受け入れられない声音。
 肩に掛けられた手を外そうとするが、力が強くて敵わない。
「ちゃんと森を抜けて来られたんだな。運が良かったのか……。それとも結局、違う男に媚びたのか?」
 ひどく不躾な質問に耐えられず、視線を逸らした。逸らした先には他にも人影があった。この男と同じく、陰惨な気配をまとった四人の男。

 とても、逃げられない。

「返事くらいしろよ、なあ?」
 それだけは絶対にしたくない。唇を引き締めて無言を貫く。
「リーガ、怯えちゃってるぞ」
「お前の顔が怖いってよ」
 周りの野次は、彼らが自分の味方ではないと言外に告げていた。
 荷物を抱き締めて、また一歩下がろう試みる。
「おいおい、どうした? どこに行こうって言うんだよ。この状況で」
 リーガと呼ばれた男は、自分の怯えをを楽しんでいる節すらある。
「……離して、ください」
 精一杯の勇気を声に変えた。意味がないことはわかっている。
「そう言うなよ。重そうな荷物だから心配でな。俺が持ってやろうか」
 そんな気持ちがあるはずはない。心配ならば、いますぐこの手をどけて欲しい。
「お前じゃ嫌だってよ」
「代わってやろうか。リーガよりオレの方がいいよな、お嬢さん?」
 野次に首を振って気持ちをあらわした。途端、どっと笑いが起きる。

 久しぶりに味わう混乱と、恐怖。
 少しでも気持ちを強く持とうと、記憶にある黒の瞳を思い浮かべた。

 そして、気づかれないよう、静かに呼吸を整えていく。
 "癒しの陣"以外で、使えそうな真術は一つだ。
 一度も試したことはなかったけれど、他に手段はない。天水の真導士は、相手に危害を加える真術が不得意だ。この場で役に立ちそうなのは"守護の陣"だけ。
 身を真術の結界で守りつつ、家まで走り抜ける。家に帰ればローグがいる。自分の相棒――史上で最も多くの真力を持つ、燠火の真導士。
 そこまで。
 彼の所まで帰るのだ。

 真眼を開き――念じる。
 足元に丸く、白く際立つ輝きを描き出す。
 集中していたところで、首に圧迫を感じた。後ろから腕を回され、首を締め上げられる。苦しさが気力を乱したせいで、描いていた真円が瞬く間に消滅してしまった。
 呼吸が細くなってきた。ほとんど無意識に荷物を投げ出し、精一杯の抵抗をする。
 首に絡められた腕を解こうと、力を込める。それなのに、ちっとも動かない。
「離して」
 声を上げても、腕の力が緩められることはなかった。近くまで来ていた他の男に腕を取られて、抵抗の余地を失う。

「危なかったな。"役立たず"のお嬢さんでも真術は使えるらしい」
 顔を近づいてくる。
 気分が著しく悪化した。
「そんなに嫌がるなよ。ちょっと時間をくれればいい。……明日の朝までには帰してやるから」
 そのまま男達に引きずられ、二手に分かれていた道の左側を行く。

 逃れる術は、もう残されていない。

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