蒼天のかけら  第二章  鼎の道


焦燥


 かりかりとした、聞き慣れない音が耳に入る。
 何事だと室内に視線を飛ばす。しかし、その原因が見当たらない。
 窓は締めていた。
 風は涼しかったけれど本の頁を勝手にめくるので、その通り道を先ほど塞いでしまった。
(何の音だ)
 音の原因を探ろうと立ち上がった。その拍子に、身体がぶつかり。食卓の上に置いてあった輝尚石が、ころころ転げ落ちた。
 サキが造り出した"癒しの陣"の輝尚石。自分では操れない真術を、いつものお礼と言って真っ先に造ってくれたものだ。失くしてはいけないと、ローブのポケットに入れる。
 そうしている間にも音は鳴りやまず、室内に響き続けている。
 改めて室内を見渡して、入口の扉に爪を立てている白い塊を発見した。
「そんな所で爪を砥ぐな」
 新たにやってきた同居人に声を掛ける。
 彼女はいま食材の調達に行っている。すっかり彼女に懐いている白イタチは、姿の見えない主を探しているのだろう。帰ってくるまでは大人しくさせなければと捕獲に向かう。できるだけ丁寧に抱きあげたのに、鳴き声を上げ抵抗を示した。
「お前、サキにしか懐かないのか?」
 それともただの女好きか。そうだとしたらイタチの癖に贅沢というもの。
 暴れる白い獣を抱えているのは難しい。困ったものだと思い、早く帰ってこないかと入口の扉を開けて、外に顔を出した。

 家は居住区の外れにある。
 だが倉庫に続く道は一つ角があるだけで、後は真っ直ぐに整備されている。近くまで帰ってきていれば姿が見えるはずだった。
 角までの道を眺めて、彼女の姿が無いことを確認する。いつもならもう帰ってくる頃合いだ。少し遅いなとは思ったけれど、待つことを決めて家に入ろうとした。
 瞬間、白い獣がするりと腕から飛び出して行く。
「こら!」
 油断した。
 まったく世話のかかると、内心穏やかではない。
 しかし、自分の相棒があの白い獣をかわいがっていることを思えば、追いかけざるを得ない。沈んでいた彼女にようやく笑顔が戻ってきたのだ。ジュジュが居なくなれば、また落ち込むだろう。
 全力で追いかけているが、身の軽い獣の足にはそうそう追いつけない。倉庫への道を半分行ったところで、ようやくジュジュが立ち止まった。
 忙しなく何かを嗅いでいる。
 小道と分岐している道端に、不自然な物が落ちていた。
 紙袋だ。
 一通り匂いを確かめて、ジュジュは小道に走っていった。追いかけねばと思えど、目の前の物の意味を確認しろと直感が告げている。
 真眼が開けば、勘が鋭くなる。ゆえに本能の警告を無視してはいけない。

 紙袋は倉庫で配られる物だ。中には肉や野菜などの食材が詰められている。
 顔を上げ、倉庫までの道に人影を探す。さすがにおかしい。ここまで来て彼女の姿が見えないはずがない。
 この紙袋の持ち主は、サキだ。
 彼女の身に異変が起きたのだと理解して、白い獣の行った道へ走り出す。
 琥珀の瞳を、脳裏に浮かべながら――。






 ずるずると引きずられて、森道の奥まで進んでいく。
 途中で目当ての香草を見つけた。とても喜ぶ気持ちにはなれなかった。
 逃げようにも腕をしっかり捕えられていて、自分の力では振りほどくことができない。真術が使えればいいのだが、さすがにそれを見逃すつもりはないようだった。
 わずかでも真眼を開けば背中を小突かれ、罵声を浴びせられる。

 胸中では、繰り返し彼の名を呼んでいる。
 言葉にしようとすると、いつも掻き消されてしまう叫び。馴染み深い悪夢は、まだ残っていた。助けを求めようとすれば、悪夢が抑えつけてくる。
 見つかってしまう――と。
 結果、ずっと言えないままの言葉を、独りで抱え続けている。

「ここらでいいか」
 処刑場に着いたと言いたげに、リーガが周りの男達に対して同意を求めた。
「めったに人も来ないしな」
「声も聞こえないだろう」
 口々にリーガに同調していく男達の言葉を、震えながら聞く。
「あらら。顔色が悪いな」
 顔を覗きこまれて、咄嗟に横を向いた。身体と同じように、唇が震えていることも知られてしまっただろうか。
 ぐいと、前髪を掴まれ、顔を強引に上げさせられる。
「それにしても、まあ大人しい顔をしているな」
 じろじろと眺めてくるリーガとは、絶対に目を合わせたくなくて、ぎゅっと目を瞑る。
「醜くはないが、華やかさが欲しいものだ。……せっかくだからな」
 何がせっかくなのか。考えるのも恐ろしくて、目に力を入れ続ける。
「なあ、少しは何かしゃべったらどうだ。楽しくおしゃべりできたら、やさしくしてやってもいいんだぜ」
 嫌悪感で、身体の震えが止まらない。
 高まり過ぎた耳鳴りは、すでに頭痛を引き起こしていた。

 もう終わりだと、諦めそうになった時。
 がさりと大きな音がした。

Next  >>


Back  |  NovelTop  |  SiteTop
inserted by FC2 system