蒼天のかけら  第二章  鼎の道


やさしい覚悟


「……誰だ、お前は」
 場の気配が、険呑な気配を帯びた。
 さらにがさがさという音が響いて、ゆっくりとした足音が聞こえてくる。
 閉じていた目をうっすらと開き。そこに見たことがある人物が立っていたので、とても驚いた。

「サキちゃん?」
「……ヤ、クスさん」
 森から、長身の導士があらわれたのだ。
 場に乱入してきたヤクスは、人のよさそうな顔を少しだけ強張らせて、それでも歩みを止めようとはしない。
「何の用だ!」
 珍客の出現を警戒したリーガが、目をぎらぎらとさせたまま怒声を発した。
 そこでようやく、ヤクスが足を止めた。
「ヤクスって者だ。ちょっと彼女と知り合いでね。……何をしているんだ」
 あくまで刺激しないようにしているのか、常の時と同じように口調は軽い。
「知り合い、ね。この娘はお前の相棒か」
「いや、違う。相棒でなければ駄目な理由でもあるのか? そうなら呼んで来てやるよ」
 ヤクスの質問にリーガは答えなかった。そして前髪を掴んでいた手を離し、自分の後ろに回りながら腕で首を絞めた。
「おい!」
「動くなよ。この人数を相手にできると思っているのか」
 リーガ以外の四人が、ヤクスを取り囲む。場の気配が、針のように尖っていく。
「……おたくら、どうも彼女の仲良しさんって感じではないな」
 ヤクスは、時間を稼ぐように会話を続けている。
 心に強い焦りが浮かんだ。このままではヤクスも巻き添えとなってしまう。
「仲良しね。……そんなことはないぜ、これからじっくり仲良くしていくんだからな」
 背後から聞こえてきた言葉が、全身に鳥肌を作っていく。気持ち悪くて、吐いてしまいそうだった。
「彼女を離せ。もう少ししたら給金が出る。それで都に下りて遊んでくればいい。聖都ダールの華宿は美女揃いだって言うぜ」
「給金が出るまで待ち遠しくてな。全員で暇をしているところだ」
 リーガは、嘲笑いながらそう応えた。
「ヤ、クスさっ……」
 声を上げようとして、もっと強く首を絞められる。息が詰まって口が開いてしまう。大気の気配がとても遠い。

(逃げて……、逃げてください)

 届かない哀願を、胸の内で繰り返す。
 自分が逃げてもすぐに捕まってしまう。彼が逃げて人を呼んできてくれた方が、まだ助かる見込みがあるのだ。
「なあ、あんたも一緒に参加するか? それとも正義漢ぶってこの人数を相手してみるか」
 首を振って必死に伝えようとするが、絡まる腕に阻まれてしまい、動くことすらできない。しばらくの間、じっとこちらを見ていたヤクスは、眉を上げ、笑顔を作りながら答えた。
「期待に応えられそうにないな。昔から喧嘩は弱くってね」
 周りの男達を見た後、また歩みを進めて近づいてくる。
「ごめんな、サキちゃん。オレにこいつらの相手はできないや」
 ちっとも変わらない、いつもの軽い口調だった。
 周りの男達は、彼の言葉をにやにやしながら聞いている。息が満足にできないので、頭が真っ白だ。ヤクスの顔がおぼろげになってきた。
「だからさ、悪いんだけど……」

 鈍い音と衝撃を受けて、後ろのリーガごと倒れる。
 いやリーガが倒れて、そのまま一緒に倒されたらしい。腕が外れて呼吸が楽になった。
「てめえ!」
 男達が一気に殺気立っていく中、ヤクスに腕を取られ、リーガから引き離された。
「何しやがる」
 全員がヤクスに集中していく。緊迫した場で、背の高い彼にかばわれつつ、来た道の方へ押されていく。
「……悪いんだけど、守り切れないから。一生懸命逃げてもらっていいかな」
 自分を背にかばいながら、続けて言う。
「無理です。わたしでは追いつかれてしまう。……ヤクスさんが行ってください」
 必死になって言い募る。ヤクスだって自分が逃げ切れるとは思っていないだろう。
「お嬢さんをおいて、自分だけ逃げるなんてできないよ。それに、こいつらなんかより。カルデス商人の逆鱗の方が、ずっと怖いからさ」
 励ますように言われる。
 そうか。彼はどんなに不利でも逃げられないのだ。
 自分が女であるがために。

 ――彼自身の、道を外れることをよしとしない、その真面目なやさしさゆえに。

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