蒼天のかけら 第二章 鼎の道
覚悟の足掻き
つかの間の均衡。
誰もしゃべらないその時間は、自分達を追い詰めていくものだった。
数で圧倒的に有利な五人の男達は、こちらが下がった分だけ、じりじりと近づいてくる。距離はまったく変わらない。けれども、徐々に包囲網が広がってきていた。
逃げろと言われた。
だが逃げても無駄なことは、誰の目にも明白であった。
彼らがどのような真導士か想像はつかないけど、自分は天水の真導士だ。とても戦力とは言えない。もしヤクスが燠火の真導士であっても、真術を習いはじめて間もないため、強い真術は展開できないでだろう。
しかも彼らは、自分達と同じ導士なのだ。
あの中に一人も燠火の真導士がいない、ということはあり得ないだろう。他のどの真導士よりも、燠火の真導士が一番多いのだ。
"迷いの森"とは違い、真力を有していないこの森道は、とても薄暗く物悲しい場所だった。
地面に真術を打ち込んで、目くらましを作ることも不可能。修行場に続く道でもないので、人が通りかかることも期待はできないだろう。どう考えても、この状況を好転させる材料は見当たらなかった。
高まり続ける場の気配に、肌がぴりぴりとしてくる。
「……サキちゃん」
走れと。
逃げろと告げている声。彼を犠牲にして、決して開かない活路を行けと言う。
ヤクスは、家から帰る時に言ってくれた。次に困ったことがあったら絶対に助けるから、と。その人を見捨てて行く。これはどういう試練なのだろう。女神さまは、本当にご覧になっていらっしゃるのか。
「ヤクスさん……」
この場に残っても。走って逃げても役には立たない自分。
選ぶことができない、酷な未来。
「行け!」
初めて聞くヤクスの大声にはっとなり。躊躇いながら二歩下がって、森道を駆け出した。
(――女神さま!)
救いを求めているのか、罰を求めているのか。自分でもよくわからないまま心で叫ぶ。
「追え、逃がすな!」
逃げ出した獲物を再び捕えようとの思惑が、怒声の形となって後ろから響いてきた。
強く念じて、真眼を開く。走りながら白く輝く世界を取り戻した。
彼の好意を無駄にしたくない。意味がないとわかっていても、ヤクスがわずかに開いてくれた道を、力のかぎり走って行く。
……何もできない。
……誰も守れない。
……大切な人達の、役にも立てない。
だからといって、何もしないわけには――いかない!
弱さに甘え続けていた自分を、道の土ごと蹴って、前へと駆ける。
隠れるためではなく。ヤクスを……そして自分を救うために。
(描け!)
足元に真円が生まれる。ところどころ歪みのあるその円に、真力を注いでいく。
走りながらだと集中するのが難しい。歪みから真力がこぼれ、大気に消えていくのが見えた。それでも、なりふり構わず追加の真力を注ぎ込む。
上位の真導士達は、念じるだけで真術を展開できる。
だが経験が足りない導士は、その意思を精霊へ届けるために言霊を使う。
力が必要だと。
手助けをしてくれと、彼らに伝えるために。
真眼を"開き"。真円を"描く"。
術具には力を"籠め"て、その場で展開するならば力を――。
「放て!」
叫びに似た言霊に、大気の精霊が応えた。
足元で、白が強く輝き出す。