蒼天のかけら 第二章 鼎の道
悲しい覚悟
"守護の陣"。
不格好な真術が、白い膜となって自分を守る。
後ろから男の声が聞こえる。――二人。
衝撃が飛んできた。後ろから重い力を感じ、自身を覆っている白い膜が明滅する。
これは、燠火の真導士だ。やはり彼らの中にもいた。何度も"守護の陣"に向かって風の塊をぶつけてくる。
もってくれるだろうか。分岐の所まで戻れればいい。そこまで行けば人が通ることがあるし、学舎から見えるのだ。修行場以外で真術が展開されていれば、きっと正師達の誰かが気づいてくれる。
長い時間をかけて引きずられてきた森道。なかなかその終わりに辿りつかない。
呼気で喉が焼けるように熱い。幾度目かの衝撃で、膜から真力が弾き出されたのが見えた。もう少しだけ。あと少しだけもって欲しい。
それ以外は何も望まない。だから……。
(女神さま、お慈悲を)
けれど祈りは無残にも、暴れる風に断ち切られた。
衝撃に耐えていた白い膜は、二度明滅してから大気に弾けて、散った。
"守護の陣"を消滅させられて、眩暈が起こる。真術の展開を支えていた気力が、大きく揺さぶられたのだ。力尽きて、地面に倒れ込んだ身体が、無理やりに引き起こされた。
「……手間をかけさせやがって」
荒々しい息が顔にかかり、眩暈が悪化する。
届かなかった道の先に手を伸ばしてみるが、土の感触がしただけだった。握り締めたそれは、肩に担ぎ上げられた弾みで、ぱらぱらと風に消えていった。
駆け続けた道を、男の肩の上から力なく見下ろす。
腹部が押されていて苦しい。
おぼろげな思考で、叶わぬ願いを繰り返す。
戻りたい。
帰りたい。
脳裏に描くのは、吸い込まれるような黒の瞳。
「捕まえたか」
リーガの声が聞こえた。最悪の未来が近づいてきている。
勢いをつけて地面に落とされる。自分の何かが壊れてしまったのか痛みを感じない。男達の顔を見たくなくて、土に視線を這わせていく。視線の先に、汚れた白い布が広がっていた。
「ヤクスさんっ……」
自然と叫びが上がった。
救われない逃亡を手助けしてくれた人が、血と泥に濡れて地面に突っ伏している。
「ヤクスさん、ヤクスさんっ!」
唸り声とともに、顔をこちらに向けてきた。
「……サキちゃ、ん」
悲しみが胸中に渦巻く。顔も血と泥にまみれていて、左目は紫紺の瞳が窺えないほど腫れ上がっていた。
「ひどい、ひどいっ!……こんな。ああ、ヤクスさん!」
「お前が逃げるからだろう。素直に言うこと聞いていれば、こいつもここまでの目に合わなかったのにな」
リーガが再び、眼前に陣取ってきた。
顎を強引に掴まれて、視線を合ってしまった。――濁った黒が、目の前にある。
「離して」
今度は目を逸らさなかった。全身全霊をかけてリーガを睨みつける。いままで抱いたことがない強い憎しみを、男にぶつけた。
リーガは不愉快そうに眉を寄せた後、いやらしい笑いを浮かべた。
「急に気丈になったな。……そうこなくっちゃ面白くない。だが、もう逃げようとするなよ。少しでもそんな素振りを見せたら……わかってるよな?」
リーガの背後で鈍い音がして、ヤクスの呻き声が強くなる。
「……ヤクスさんに、乱暴しないで!」
「そう、がなるなよ。お前が大人しくしていれば、これ以上は何もしないさ」
口を引き結んだ。
ヤクスの傷は、もはや大怪我と呼べるものだ。彼にいま以上の危害を加えさせたくない。
「それでいい」
にいっと笑ったリーガを、睨むことだけは止めない。
「さて。じゃあ、まずは真眼を閉じてもらおうか。お嬢さん」