蒼天のかけら  第二章  鼎の道


白と黒の守護者


 頭の奥で、大きな破裂音が鳴った。

 水の中に沈んだような、混濁の世界から覚醒する。自分の行いと、その意味を認識して激しく狼狽した。
 自分はいったい何をしていたのか。なぜ、このような男の言いなりなっていたのか。気分の悪さを思い出して、喉元をかきむしりたい衝動にかられる。
「この獣、どっから出てきやがった!」
 自分の身に起こったことで惑乱していた思考の焦点が、目の前の現実に結び付く。

「ジュジュ!」

 男達の間を走り回り、爪を立てて孤軍奮闘する白い獣。無垢な命のどこに、そこまでの激しさを隠していたのか。
 ジュジュが牙を剥き、全身の体毛を逆立てて戦っている。
(危ない!)
 力まかせに打ち据えようとする男達から、あの子を守らなければ。獰猛で卑劣な男達は、きっと手心など加えないだろう。
「駄目よ、お逃げ!」
 ジュジュは、その小さな牙で一人の男に噛み付いた。男は悲鳴を上げながら、白い塊を落とそうと自身の腕を上下に振る。しかし、獣は離れない。食いついた敵から、肉をもぎ取ろうとしているかのように牙を突き立てている。
 近くにいたもう一人の男が、見かねて動いた。
 白い獣を――ジュジュを蹴飛ばしたのだ。
「ジュジュ!」
 白い獣は、蹴飛ばされた拍子に宙を舞い。転がされたままのヤクスの近くに、勢いよく叩きつけられた。

 足を叱咤し。無我夢中で駆け寄ろうとするが、またもやリーガに阻まれる。
「こいつ、お前のイタチか! なめた真似しやがって」
 肩が抜けそうな力で腕を引かれ、地面に押し付けられる。そのまま大柄な体躯が馬乗りになってきた。逃れようと足を暴れさせたが、巨体が動く気配はない。
 腕が頭の上部でひとまとめにされ、身体と同じように地面で縫いつけられる。
「いや、離して!」
 それでも抵抗し続ける自分の頬を、リーガは裏手で大きく打った。
 弾けるような痛みに、意識が薄れる。
「容赦しねえぞ、この女! ……滑稽だな。あのイタチはお前の相棒か? "落ちこぼれ"にぴったりだ」
 言いながら再び頬を打つ。
「聞いているのか。もう許さねえからな!」
 打たれる度に頭が大きく揺さぶられて、何も考えられない。



「"許さねえ"は、こっちの台詞だ」

 聞きなれた、低い声。
 朦朧としたまま自然と視線が流れ、ついにその姿を認める。
 見間違えようがない鮮やかな黒髪と、強く真っ直ぐな眼差し。心で思い描いていた――黒の瞳。


「サキから離れろ」


 低い声が自分の名を呼ぶ。
「何だてめえは……」
 一直線に進んでくるローグを、男達が取り囲む。手前で歩みは止めたものの、男達を完全に無視して、近くのヤクスに声をかけた。
「生きているか」
「……ひどいな。無事じゃないけど生きてるさ」
 苦笑いを浮かべたヤクスに、ポケットから取り出した輝尚石を放る。
「使え。ジュジュにもな」
 それだけ言って男達の方へと向き直った。刺し貫くような眼差しが、リーガに投げつけられる。
 激昂を示した黒眼を、きつく眇めて言い放つ。

「俺の相棒から離れろ。――この屑野郎」

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