蒼天のかけら  第二章  鼎の道


調停の真導士とカルデス商人


 場の全員を巻き込んで、大きな真円が描かれた。

 白い光の円が、強く輝きながら立ち昇る。
 輝きに巻き込まれ。目の前にあった、おぞましい紫炎が消えた。リーガは、自分の真術が消失したことにひどく狼狽え、ついに戒めを解いた。
 自らを支えることが叶わず、そのまま地面に膝をつき、全てを包み込んで立ち昇る白い光を見た。四人の男達も描き出した真円を失い、動揺を隠せずにいる。
 ローグは、サキと同じように真円を眺めていたが、すぐ視線を横に移した。
「お前……、正鵠の真導士だったのか」
 問われたヤクスは、ただ人好きのする笑顔を浮かべていた。

 正鵠の真導士。
 稀有な存在とされる真導士の中でも、さらに稀有な真導士。真円を描けば光が空に立ち昇り。真術を使わずとも、全ての真力や真術を中和する。
 四大国の悲惨な戦を終結させ、真導士の里を創った英雄が、その最初だったと聞いた。

 時に、調停の真導士と呼ばれる――絶対的な中立者。

「燠火の真導士の撃ち合いに、こんな近くで巻き込まれたら、また大怪我しちまう」
 そう言ってから左の眉を上げた。
「ここは一つ、真術無しで解決してくれ。女を取り合う男の争いは、昔から殴り合いが定番だろ」
 唖然としていた男達に笑いかけてから、ローグに言う。
「ローグもそれでいいだろう。五人相手でも文句はないよな」
 彼は愚問だとばかりに、悪徳な笑いを浮かべた。
「ない」
 急激な状況の変化に、度肝を抜かれていた男達だったが。二人の会話を聞いて、いきり立った。
 やはり、矜持だけはあるようだった。

 足元の輝く真円に、ローグの真力も掻き消されていた。
「そこのノッポと同じ目に合わされたいようだな」
 男達は、巨大な真力対して抱いた恐怖心を忘れ。人数を頼りに挑発を繰り返す。
「女に縋られちゃ嫌とは言えないってか。守る価値があるような女でもないだろう」
 自分を嘲る言葉を聞いて、ローグの眼差しが強くなった。
「お前も顎だ」
 不敵な宣告に森道がしんとなる。
 聞きなれたローグの声だというのに、自分も思わず息を飲んだ。
 端的な言葉の中に込められた怒りは、真力のように明確な気配ではないのに、人を征圧するのに十分な力を有している。
「……はっ、この人数相手に。よくそんな強がりを言える」
 言いながら語尾が震えている。気持ちは、わからないでもない。ヤクスに視線を飛ばせば、青ざめた顔でローグを見ている。
 ジュジュを抱き寄せているように見えるのは、果たして気のせいだろうか。抱き寄せられているジュジュは、ふわふわの尻尾をくるんと丸めて小さくなっている。

 恐怖心を振り払うように、一人の男が声を上げながらローグに殴りかかっていく。向けて振り下ろされた右の拳は、彼に掠ることもなく空を切った。身をかがめた反動をそのままに、彼の拳が男の顔を突き上げる。
 宣告通り。顎に目がけて遠慮もなく突き上げられた拳は、向かってきた男を完全に打ちのめした。
 崩れ落ちた身体に向かって、同情の余地はないとばかりに重い蹴りも入った。蛙が潰れたような声を出し、男はぴくりとも動かなくなった。
 ひええ、とヤクスが声を上げた。
 自分は瞬きすら忘れて、その光景を見る。
 同じく目の前の光景に竦んでいる男達に、悪徳商人が冷徹に笑いかけた。――サガノトスでよかったな、と。

「沈めてやれる、海が無い」

 すべてが終わるまでの間、身動き一つ取ることができなかった。

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