蒼天のかけら 第二章 鼎の道
緩やかな歩幅
皆で家路を行く。
正確に言えば、歩いているのはローグとヤクスの二人だけだ。
気力と体力を使い果たしていた自分は、歩くことが儘ならず。またもや横抱きにされていた。ジュジュはもう離れまいと、自分のお腹に乗っている。
ローグは一人と一匹分の重さを抱えているというのに、まったく苦にもせず歩いている。隣を歩くヤクスは、途中で落としてしまっていた紙袋を、持ってくれていた。
歩きながらの会話は、先ほどの大乱闘――ではなく、今晩の夕食についてだった。
自分の足で歩けないほど消耗している自分に、夕食を作る力は残っていない。無論、ローグもヤクスもやらせようという気はないのだけれど、ではどうするのかというのが議題だ。
お腹が空いてしまっているので、食べないという選択肢はあり得ないとのこと。では、あり得ないと言い切った男二人が、料理を作れるのかと言えば、無理だというご返答。自分の指示の下、調理をするという案もあったのだが、下ごしらえの説明だけで断念してしまった。
さらには今晩の夕飯が、特製ソースの牛ステーキだったという話で食欲が倍増したらしく。先ほどまで実に頼れる男だった二人は、せつないため息を漏らしている。
「食べたかったな……ステーキ」
「言うな。口に出すな。余計腹が減る」
「だってさ、厚切りだぜ」
「頼むから言うな」
「あ、でも香草がまだ手に入ってなくて。それがないと焼いた時の香りが……」
ついうっかり言ってしまって、二人から哀愁の視線を受ける。
「……焼いた時の香り。うわー、やっぱり食べたい!」
「だから言うなって。そもそも、何故ヤクスまで食べるつもりになっているんだ」
言われてみればそうなのだが、食材は三人分はあるからまったく気にしていなかった。
「ひどいなローグ、功労者にそんなこと言うなんて」
「夕飯に招待されてから言え。まったく図々しい」
本気でお腹を空かせている二人を、笑ってはいけないと思う。けれど、どうにも堪えられずに忍び笑いを漏らす。ローグの体温に包まれて。歩く時の振動が心地よくて、目がとろとろとしてしまう。ぼんやりとした視界の中で、二人も一緒に笑っている。視界の隅で、ジュジュの白い尻尾がふわふわ揺れていた。
「……サキ、辛いなら目を閉じていろ」
はい、と返事をして目を閉じる。
夢の世界は、すぐそこまで来ていた。
「眠っちゃったかな」
小声で聞いてきたヤクス。同じように自分も小声で返す。
「ああ。……気を張っていたのだろう」
疲れ切った顔は、紙のように白い。泣いたために目の縁だけ赤くて、それが痛々しい。
「何があったか聞かないのか……」
サキが眠ってから話題に出したということは、先ほどまで無駄に多弁だったのはわざとだろう。そういう気の使い方は嫌いではない。
「聞かなくても、だいたいわかる」
眠る彼女の顔を見て、嘆息する。
あの光景を見た時の自分の感情を、どうあらわせばいいのか。
男達に囲まれて。拒むことを許されない格好で、頬を打たれていた彼女。羽織っていたはずのローブはその身にはなく、無防備なまま頑なに抵抗していたあの姿……。
激流のような感情が、いまだに身の内を巡っている。
自分の感情だけを考えれば、まだまだ返し足りない。だが少しでも早く、彼女をあの場から連れ出したくて、あれで済ませたというのが本当のところだ。
「あまり一人にしない方がいい。知らないだろうけど二人は目立ち過ぎてる」
ヤクスの言に、やはりと思った。
お互いの極端な真力は、周りの神経を逆なですることが多いのだろう。自分に対する嫉妬と羨望の裏返しが、サキに対する侮蔑と嘲笑になる。
元は同じ負の感情が、相手によって姿形を変えているだけだ。
「まったく、迷惑な話だ」
ただでさえ、森の真導士の一件があるというのに。
敵となり得る奴が多過ぎる。
……その上、本当はどちらが狙われているかも。その目的も不明だ。
「まあ手助けはするさ、お邪魔かもしれないけどね」
「余計な一言が多いな、ヤクスは」
この曖昧な関係の、自覚が無いとは言わない。それこそ彼女が委縮してしまうほど構っているとは思う。相棒だとしてもやり過ぎだ。
身の内にある庇護欲が、この先どういう形に育つかの予想はつく。しかし、一人で急いでも意味はない。
ゆっくりと変わろうとしている彼女の、緩やかな歩幅に合わせて歩くのもいいだろう。