蒼天のかけら  第三章  咎の果実


忌憚の影


 続々と集まってくる導士達。
 学舎で幾度か見かけた顔も、はじめて見る顔も混ざっている。
 今年、選定を抜けてサガノトスに来た導士は、五十人程度だと聞いた。座学は"二の鐘の部"と"三の鐘の部"があるので、見ない顔は"三の鐘の部"の導士だろう。

 自分を見て様子を変える者もいたが、隣にローグがいるので何も言っては来ない。
 ローグの姿を見てうれしそうな顔をした娘もいる。再び、ちくちくとした変な気分が頭を出した。荊のようなその気分の原因は、いまだによくつかめないままだ。
 気を散じてはいけないと呼吸を正して、胸の内から追い出す。

 しばらくしてイクサとディアが現れた。ディアはサキの姿を認めて、すぐに嫌悪の眼差しを向けてきた。でも、逃げたい気持ちはもう湧いてこなかった。イクサが何事かをディアに告げ、サキとローグに挨拶をした。
 思わずローグのことが気にかかったけれど、彼は実に無関心な表情で会釈を返していた。
 ローグの無関心な表情は、学舎にいる時の定番だ。今日もこれを貫くつもりらしい。いつもの彼に安堵しつつ。なら、昨日のイクサへの態度は何だったのだろうと、深い疑問を残すことになった。

「集まったようだな……。それでは本日の実習を開始する」
 キクリ正師の一言で、場の空気が引き締まる。集まったのは総勢十名の導士達だ。
「本日は里の外に出るため、フードを被りなさい」
 真導士のローブには位に関わらず、すべてにフードが付いている。里の外に出る場合は、被る規則となっているのだろう。指示があってすぐに、全員がフードを被った。
「真導士のローブには、いくつかの真術が籠められている。里の外に出る時に、フードを被るには理由がある。まずは防御のため。そして民の記憶に残らないためだ。……このフードをしている間に、少し顔を合わせた程度の人物は、明日になれば我々の顔を忘れている」
 これを"忘却の陣"と呼ぶらしい。正師の口調は座学の時と、まったく同じだ。
 覚えていなければと、頭の隅に書き込んでいく。
「家族や知己、そして真導士はさすがに誤魔化せないが。それ以外の者なら効果は覿面だ。真導士の顔を覚えて害を加えようとする者もいるし、家族を狙う輩もいる。今後、実習で里の外に出る場合は、必ずフードを被るように」
 家族という言葉を聞いて、ローグはより深くフードを被った。
 彼には守るべき家族がいる。自分にはそれがないことを、はじめて悲しいと思った。近頃はあまりにも人恋しい感情が出てきてしまう。独りでいることには慣れていたはずなのに。
「後は移動しながらの説明となる。"転送の陣"で聖都ダールまで飛び、そこからは馬車で移動する。全員遅れぬようついてきなさい。それから、……私語は騒々しくなければ禁止ではない、気楽にな」
 最後はあまりにも砕けた口調だった。導士達が気負っているのがわかっていたのだろう。
 周囲からいっせいに息が漏れた。

 キクリ正師の後ろを、十人の導士がぞろぞろと歩く。聖都ダールまでの転送は、何度か利用していたので勝手はわかっていた。
 "転送の陣"の傍には管理人がいて、いつもならばローブを預ける規則となっている。管理人は実習であると知っている様子で、ローブを預かることはせず、全員に祈りを捧げてくれていた。

 ひさびさに来た聖都ダールの教会には、一台の馬車が停まっていた。正師から順次乗り込めと指示が出る。
 ローグは誰より先に動いて、自分が奥に座れるよう配慮してくれた。馬車に乗り込む時、いくつかの不快な視線を感じたが、顔を上げて奥へ向かう。馬車の中は十分な広さが確保されていて、左奥に何らかの荷物を入れた箱が置いてあった。
 ちょうどいいと思って、箱の隙間に座り込む。
 すかさず、ローグが隣に座った。彼の身体が自分と導士達の間で、白い壁を作り出す。以前なら申し訳ないと思っただろう。でもいまは、自然と感謝の気持ちが言葉になった。
 ありがとうと小声で伝えると。彼は自分だけに伝わるよう、無言のまま少しだけ目元を和ませた。

 他の導士達もそれぞれ馬車に座り込んでいく。イクサとディアが入口に近い場所で座るのが見えた。
 それ以外の導士はフードで顔が隠れているため、男女の区別くらいしかつかない。ローグの隣にも向かいにも男の導士が座っているようだが、まったく人相がわからなかった。
 馬車には真術が展開されているようで、全体を覆っている白い幌の上部に真円が見えた。気配がローブの真術と近いので"忘却の陣"であることがわかる。
 真導士が伝説となるわけである。様々な工夫で、民の目からすっかり隠されているのだ。

「では、実習の概要を説明する。本日の実習は、違法取引の検挙である」
 違法取引?
 それは大事ではないか。
 ドルトラント王国には、民が守るべき法がある。違反した者は各地の領主、もしくは国王の名において相応の処分がされる。そういったものを取り締まっているのが、王都、聖都の憲兵や、領地にいる兵士の役割だ。
 彼らの代わりに活動せよということだろうか。他の導士達からも、戸惑いの気配が窺えた。
「今回、我々が行うのは術具の調査だ。真導士にしか見分けることができない。そのため、国王陛下より直々に里へ依頼があった」
 固唾を飲んで話を聞く。緊張で固まっている自分達を見渡してから、キクリ正師はいきなり口調を切り替えた。
「とは言っても! 君達にはまだ荷が重いだろう。ゆえに、もっとも怪しい現場には、多数の高士がすでに派遣されている。犯人検挙は先輩方にまかせて、君達は違法取引されている術具の確保に向かってもらう」
 高士がもう派遣されているのか。それならば、今回は本当にお手伝い程度のものなのだろう。
「術具は一般の貨物にまぎれて取引されているから、油断して見逃したりするなよ。しっかり真眼を開いて、ばっちり全部確保してくること。説明は以上だ、質問がある者はいまのうちに聞いておくように」

 ぱらぱらと各方面から質問が飛んでいく。
 まずは違法な術具とはどのようなものか。これは簡単に言ってしまうと、真導士の里以外で造られた術具を指すらしい。
 真導士になれずとも、そもそも真眼が開いていたり、何かの拍子で開いてしまったりすることがあるとのこと。そしてその者達が、知恵と知識を独学で身につけ、勝手に造り出したものを違法術具と呼ぶらしい。
 これは、各国の平和の均衡を崩すだけではなく、偏った知恵と知識のせいで、真術が"暴走"する可能性があるため非常に危険だということだった。
 次に、どのような活動をするのかという質問。正師の回答は、簡潔だ。すでに憲兵によって確保されている倉庫に赴き、その中から術具の入った荷を、残らず見つけ出すというものだった。
 他にもいくつか細かい質問が出たけれど。後は現場に行けばわかりそうな事柄が占めていた。
 要は真眼を開いて、真力や真術の気配がある荷を探せばいい。確かに迷いの森よりは楽だと思えた。

 それなのに――。

 胸に湧き上がるこの不安は何だろう。そこに何か暗いものが潜んでいるのではと、思えてならない。



 曇り空の下、馬車は粛々と進む。まだ何も知らぬ導士達を乗せて、その先へと。

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