蒼天のかけら  第三章  咎の果実


冴え過ぎた予言


 これが聖都ダールの商品棚。
 何という大きさだろう。これが一つの倉庫なのだろうか。 パルシュナの神殿よりも天井が高い。だが神殿のように装飾が施されているわけではなく。柱と板だけの素っ気ない内観ではある。
 布が多いと聞いていたのに、見渡すばかりに木の板だらけ。各所に設置されている無骨なランプの灯りも伴って、延々と茶色の世界が続いている。

 天井まで続く大きな棚は、分厚い板と鉄の部品とで組み込まれている。二人が住んでいる家の、ちょうど天井くらいの高さで一区切りとなっている。すべて合わせると三区切り、家が縦に四つ建てられる大きさだ。
 ずいぶんな高さで区切られている棚には、間隔を空けて梯子が設置されている。一番上まで行くには、少々心もとない細さだと思える。
 天井にはいくつも滑車がついており、荷がいまだにつり下がっている状態のものもある。
 キクリ正師が憲兵の部隊長と何事かを相談して、自分達に向き直った。
「どうやら、ここにある荷物の中から見つけなければならないようだ。全員、真眼を開きなさい」
 指示を受け、真眼を開く。 白く輝く光が視界に広がる。
 真眼を開いた瞬間に、冷たい飛沫のような気配を感じた。額に触れた、まるで泥水のような何か。距離がずいぶん近づいたせいか、ほのかに酸味のある甘い匂いもする。

 やはりここだ。
 ここに鈍色の蠢きが存在している。
 真眼を開いた方が、圧倒的に気配を読みやすい。

「外は憲兵が警護していてくれる。だが、決して注意を怠らないよう。荷物の上げ下げが必要なら、近くに居る倉庫番に声を掛けなさい。真力の気配を辿ればいいだけではあるが、小さな術具も存在する。何度も言うが見落としがあってはならない。それぞれの棚を、相棒と一緒に調査していきなさい」
 正師の号令により、導士達が倉庫内に散っていく。
 ローグは慣れた様子で、自分の前を行く。
「ローグさん、知っている場所ですか」
「いや、ベロマに来たことはない。まあ、こういう場所なら得意だな。うちは卸問屋だから倉庫はいくつも持っている。どこの倉庫も、荷物の管理は似たようなものだ」
 ようやく無関心っぷりが緩和されてきた。他の導士に会話を聞かれる心配がないと、そう判断したようだ。
「サキ、まだ荷物に手を付けないでくれ。たぶんこの辺に……あった」
 そう言いながら、大きな柱の裏に引っ掛かっていた紙の束を手にする。 分厚い紙の束にはたくさんの日付と、何を記しているのかわからない雑然とした文字。そして数字が記載されている。
「何ですか?」
 ぺらぺらと、驚くほどの速度で紙をめくっていく。彼が生き生きとして見えるのは気のせいではないだろう。
「入出管理の伝票だ。棚にある荷物の管理をしている。いつ荷物をどれだけ出したか、入れたかが全部書いてある。……へえ、これはまた景気がいいな。ダールではセビアの織物が流行っているのか」
 興味津津といった具合で、道を外れはじめている。
「ああ、でもこれは駄目だ。いくらなんでも聖華祭の時期でこの回転だと……。完全に足が出てるだろう」
「あの……、違法術具を調べないとまずいですよ」
 呼びかけで我に返ったローグは、咳払いを一つだけし、本来の目的に立ち戻った。
「ここの棚は布と織物だな。一番上だけ絹糸も混ざっている。上に行くには梯子しかない。サキは下の方を探してくれ。俺は上から順番に下りてくる」
 言うが早いか梯子に足を掛けた。ぐらぐらと揺れる細い梯子なのに、臆することなく上っていく。
 ……見ているこっちの肝が冷えてしまう。

 言われた通り、下の荷物から順番に気配を辿っていく。自分の背丈より大きな木の荷箱から、白い光が漏れている様子はない。
 深い位置に埋もれていないかと、額を木箱に押し付けてみた。気配はすべて、真眼を通して感知する。より近づけば見逃しも減らせるだろう。特に、気配の探知や察知は自分の得意分野だ。
 真導士の証として与えられた第三の視界を、限界まで見開き、埋もれている白を探す。
 一つ、二つと荷物を確認していく内に、奥の方から、術具発見の報告が聞こえてきた。自分達がいる棚から、遥か遠くに術具が隠れていたようだ。
 キクリ正師が慌ただしく駆けていく。
「あったみたいですね」
「そうだな。棚ごとに管理している店が違うようだから、ここの店の棚にはないのだろう。でもまあ、念のため全部見ておいた方がいい」
「はい」
 そう、見逃しをしてはいけない。 もしも術具を見逃せば、"暴走"することすらあり得るの。
 真導士が最も忌憚するべきことは、"暴走"と"暴発"。"暴走"は、真術を制御できずに起こる災害を指し。"暴発"は、真力を制御できずに起こる災害を指す。どちらも恐ろしいことに変わりはなく。大概は前触れなく起こることがほとんどのため、被害が拡大しやすい。
 だから国王の勅命で、真導士が派遣されるのだ。いくら初仕事で、導士向けの簡単な内容に落とし込まれているとはいえ、油断は禁物。
 二人で徹底的に棚を総ざらいしてみたが、やはり担当の棚には術具が入っていなかった。しばらく後に聞こえてきたキクリ正師の号令により。自分達の初仕事は、あっけなく終わりを迎えたのであった。
 その号令を聞いて肩に入っていた力を抜き、これで帰れるとそう思った矢先、あまりにも冴え過ぎた直感が、闇色の予言を残していった。



 本当に帰れるのか、と。

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