蒼天のかけら  第三章  咎の果実


忌むべき真実


 ベロマの町の倉庫は、決して青果を預からない。
 かつて青果で忌事が起こり死人が出たため、商人達はベロマに青果を通さない。

「そんな馬鹿な……」
 自身の持っていた常識を崩された動揺は、彼を大きく穿ったらしい。
「これは何の果物だろうか?」
 イクサも同じように果実を一つ手に取った。白く光がこぼれる熟れた赤。
「ラントプラム。南の方でよく採れる果物だ。めずらしくはないが時期がおかしい。秋の果物だから春先に出回るはずがない」
「そう……。真術が籠められている。何だろうこの陣は。教本に載っていなかった」
 イクサの問いかけを聞いて。導士達が荷箱の周辺に集まる。そして次々と果実を手に取り、真術の気配を探り出す。知っている知識を口にしていくが、どれも近い真術ではないようだ。
 食べてみようかという意見も出た。それをイクサが慌てて止めた。
「何の真術かもわからないのに、むやみに食べては危険だよ」

 ローグは手に持っていた果実を箱に戻し、鉄扉の近くに残されていた紙の束を手に取った。その束を慣れた手つきでめくっていく。
「おかしいな……」
「ローグレスト、どうしたんだい」
「伝票と合わない。品目も違うようだ……。ラントプラムの伝票ではないのか?」
 紙をめくりながら、荷箱を見比べている。一通り確認して、視線を机の上にある鍵へ落とした。錆が目立つ、鉄でできた大きな鍵。
 イクサが鉄扉に歩み寄る。ローグが手にした鍵を見て、鉄扉の鍵穴を確認した。
「開けて、見るしかなさそうだね」
「……ああ」

 思わず身体が震えた。
 開ける? そこの扉を?
 いやだ、開けないで欲しい。見たくない。知りたくない。
 そこは駄目だ。
 駄目なのに――。

 鉄が擦れ、軋んだ音を出す。
 最後に金属が高く鳴き。ついに戒めが解かれてしまった。
「見たくない。開けないで……」
「サキさん、しっかり」

 錆だらけの扉が開かれる。そして、燠火の真導士が炎で中を照らした。
 娘達の悲鳴が、狭い部屋を走り抜けた。

 封印されていた鉄扉の奥から――白く白く、夥しいほど積み上げられた人骨が、導士達を見つめていた。

「墓場か、ここは……」
 男の導士が、声を震わせながら中を照らす。
「とても埋葬とは言えない。ディア見てはいけないよ。娘さん達は下がって、扉から離れてくれ」
 イクサから指示が出され、ディアと二人の娘が扉から離れていく。
「果物に骨。いったい何なんだよ、ここは!」
「わかるわけないだろう。こんな……ひでぇな、まったく」
 男達の会話だけが、室内に残った。
 声を出していなければ、恐怖に飲まれるというかのように、意見が飛び交う。
「落ち着いて。とにかく落ち着こう。気を散じてはいけないよ」
 イクサがどうにかまとめようと努力を重ねている。その横で、ローグは顎をさすりながら伝票を見つめていた。徐々に険しくなっていくその表情に、イクサが気づいたようだ。
「どうした?」
「どうも俺達は、厄介なものを見つけたらしいな……」
 めくった紙を戻し、一番上の紙を睨みつける。
「ここは灰泥商人の倉庫だ」
「灰泥商人?」
 導士達の注目がローグに集まった。

「まず、あのラントプラム。あれは商品ではない。伝票には何も記載されていないし、何より青果商品をこんな場所に置いておけない」
「真術が施されている。だから隠してあるんじゃないのかい? 真術が籠められているせいか、腐りもしていないみたいだし」
 ローグは首を振る。
「そう、確かに腐りはしていない。果物なら熟さないよう配慮するべき。風通しのいい場所が最適だ。そうでなければあっという間に熟して腐る。ここは条件で言えば最悪の場所のはず。それでも腐っている物は一つもない。奇妙な現象だが、真術が籠められているからと考えれば納得できる」
 そう言いながら、部屋の隅を指し示す。
「だがここは駄目だ。こんなに鼠がいる。いくら真術が籠められているとはいえ、鼠は疫病の運び手だ。青果商品ならば鼠がいる中、何の対策もしないで置いておくはずがない」
 イクサが納得したのを確認して、鉄扉の中……人骨が積み上げられている部屋に一歩踏み込む。
「この伝票の商品は、こちらの方……」
 怒りを押し殺した声音は、何を悼んでいるというのだろう。悲しげな彼の声に、胸が締め付けられる。
「……灰泥商人とは、いったい何だい」
「灰泥商人は、商人の間で使われる隠語だ。場所によっては維泥商人とも言うな。最も唾棄すべき商人、人としての心根を腐らせた最低な奴等」
 ローグは伝票をイクサに見せながら、人買いのことだと吐き捨てた。
「ならば、ここは」

「ああ、灰泥の商品にされた――人間の倉庫だ」

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