蒼天のかけら 第三章 咎の果実
悲劇の残滓
ローグの話に、誰もが言葉を失った。
彼は話し終えてから、また考え込んでいる。
それにしてもおかしい、と。
「灰泥達の仕業にしては、やり方が荒い」
「どういうことだ」
震えながら話を聞いていた燠火の真導士が、ローグに問う。
「連中は金に汚いからな。買ってきたにしろ、浚ってきたにしろ。こんなにたくさんの……売れ残りがあると思えない。憲兵に踏み込まれて逃げたのなら、ここがこの状態ということもないだろう。――妙だ」
ローグの言葉。
さらってという言葉が出た途端、悲鳴が大きくなる。
扉の中から悲鳴があふれてくる。暴風に吹きつけられたかのような圧を受け、身体が勝手によろめいていく。悲鳴の嵐の中で、どうしても立っていられなくなり、ついに膝を床に落とした。
「サキさん……!」
「お辛いのですか、サキ殿」
二人の声にすがって、どうにか正気を保つ。伝えなければ、このあまりに悲しい事実を。
この子達の叫びを。
「……子供」
導士達の視線が集まってきた。侮蔑でも嘲笑でもないその視線は、心を少しだけ支えてくれるものだった。
「この子達、全員子供です……」
「子供だって……」
自分の言に、燠火の真導士が反発を示し、問い直してきた。
「そんなはずはない。この骨の大きさだ。どう見たって大人でしかあり得ないぞ!」
違うとかぶりを振る。
「子供なんです。皆……出してって、帰りたいって泣いて……」
ローグが駆け寄ってくる。
しゃがんだ彼に両肩をつかまれ、軽く揺すられた。
「サキ、やめろ。もういい。これ以上はお前がもたない」
「駄目です。声が止まらない、ずっと叫んでて……耳が痛い」
「サキ殿、真眼を閉じてください。貴女はもう開いてはいけない」
真眼?
真眼を閉じる。ああ、どうしてなのか、閉じ方がわからなくなってしまった。声を聞くのが辛い、声を遮るのが辛い。この子達を置いて白の世界から抜け出せない。
突然、額に熱を感じた。
ずっと冷たい飛沫に晒されていた場所が、ぬくもりに触れる。次いで、あたたかな気配に全身を包まれた。ローグが真力を周囲に注いでくれている。
一つ、二つ、と声が消失する。
巨大な真力の膜が壁となり、周りで泣いていた子供達が遠ざかっていくようだ。
――ごめんね。わたしにはもう助けてあげられない。
深呼吸を一つ。そして額に閉じろと念じる。ようやく声が聞こえなくなった。残ったのは甲高い耳鳴りと、室内に充満する果実の香り。
「だい、じょうぶ。もう聞こえなくなりました……」
伝えたら、ローグは合わせていた額を離した。そうして心配そうに顔を覗き込み、背中を撫でてくる。
「もう開くな。お前にここは辛すぎる」
「はい……。ティピアさんもジェダスさんも、ありがとうございます」
落ち着きを取り戻した自分に対し、ティピアがはじめて笑顔を向けてくれた。
「子供の声に、大人の骨か。どうにも合致しないね……」
鉄扉のところでイクサが人骨を眺めている。
ローグもイクサも人骨が怖くないのだろうか。とてもではないが、自分はその部屋に足を入れられない。
「そこの果物に、何かあるんじゃないの……?」
ディアがイクサに聞く。
この状況であまりに不自然な、真術の果実。
「そうかもしれない。けれど、調べようがないからね。とても誰かに食べさせるわけには……」
「鼠ならどうかしら」
ディアは箱から一つ果実を取り出して、部屋の隅にゆっくり転がした。甘美な匂いを発しているはずのそれを、鼠達は大急ぎで避けていく。
まるで猛毒を恐れるかのように。
「駄目か……」
どいてくれという声が上がった。ずっと鉄扉の中を照らしていた男の相棒が、部屋の隅に歩いていく。彼は真円を描き、炎を生みだした。見覚えのある紫の炎が出現する。
思わずローグにすり寄った。自分に向けられている真術ではない。わかっていても、一度刻まれた恐怖はそうそう消えない。
「来い」
鼠達に指示を出す。数匹の子鼠達が、ふらりふらりと紫炎に近づく。どうも、大人の鼠は動かせなかったようだ。
逃げ出した鼠が、仲間にその危機を知らせるため、盛大に鳴いている。
「食べろ」
蠱惑の真導士の命令を受けて、子鼠達は果実をむさぼりはじめた。
かりかりという音が、部屋に響いていく。
「見てくれ」
蠱惑の真導士は、子鼠達が全員に見えるよう壁際へ避けた。
その光景に、全員が見入る。果実を食べている子鼠達が、どんどん大きくなっていく。咀嚼音とともに、骨が折れるような音が鼠から鳴っている。
「育っている……」
それは歪な形だった。ゆるゆると膨らむのではなく、一部が突き出て。その一部に合わせるように、他の部位も突き出して大きくなる。正視に堪えがたい光景とは、まさにこのことだろう。
「……いやだ、何これ!」
ディアが絶叫した。
気分を悪くするような。あまりに歪な成長を続ける鼠達。その鼠の内、二匹が。身体中から泡を出して溶けだした。煙と焦げた匂いを吐き出しながら、赤く膨れては弾ける水泡――。
赤い泡に覆われた二匹の鼠は、食べながら絶命し。ついに赤い染みと骨だけを残して、消えていってしまった。