蒼天のかけら  第三章  咎の果実


白の封印


 白い膜が明滅している。

 加わる力に耐えつつも、苦痛をあらわすように光を放つ。
 再度、注意しつつ輝尚石に真力を注ぐ。うるみながらも真力を受け入れようとする小さな水晶に、亀裂が生まれた。

 ……もう、長くは持たないだろう。

 二人の覚悟は決まっている。
 最悪の場合を想定し。これからどのように行動するかの相談は、すでに終えてあった。"守護の陣"を籠めた輝尚石を失えば、二人を守る壁は一切なくなってしまう。岩に潰され、土砂に飲み込まれれば、ローブの守護など何の役にも立たない。
 亀裂を確認してローグが真眼を開いた。岩の牢獄を、彼特有の熱を孕んだ真力が染め上げていく。
 輝尚石が割れたら、まず自分が"守護の陣"を構築する。気力はわずかながらに戻ってきているし、真力だってまだ残っている。限界まで、新たに構築した"守護の陣"で耐える。
 そして自分が力尽きたら、ローグが"旋風の陣"を放つ。通路を塞いでいる岩に、隙間を作るためだ。燠火の真導士の初歩真術である"旋風の陣"は、強い風を生みだし、場を荒らす真術。
 これは最後の賭けになる。
 上手くいけば岩が除かれ、通路へと出られるだろう。しかし失敗すれば、風が重みに負け、あえなく岩に潰されるか。風が強すぎて制御できず、土砂に巻かれて飲まれるか。
 どちらにしろ生き埋めは確実だ。

「ローグさん……」
 もう少しで、その時が来る。緊迫していく岩の牢獄の中、場にそぐわない彼の笑いがこぼれた。どうしたのかと見上げてみた。そこにあったのは目元を穏やかに和ませた、吸い込まれそうな黒の瞳。
「八点」
「え?」
「"ローグさん"は、なしだと言ったのに。もう八点まで加算されているぞ」
 数えていたのか。追加規則のことなど、今日一日の騒動ですっかり頭から飛んでしまっていたのに。
「この調子だと、満点まであっという間だ。何を頼むか考えておかないとな」
 豪胆にもほどがある。こんな……、命が危ういかもしれない状況で。
「帰り道だけでも二点は軽い。家に帰る前には決めておくことにしよう」
 この、状況なのに。
「そうだ、今夜は絶対に家で食べるからな。"甘ちゃん飯"なんて、もうたくさんだ」
 これからの話をする。
「聞いてるのか、サキ」
 二人の今日が続く話をする。
 確実に続いていく時の流れを、心に焼き付けていく。
「はい、聞いてます」
 彼は諦めない、ならば自分も――
「大丈夫です」

 絶対に、諦めない。



 白い膜が、激しく明滅を繰り返す。すぐそこまできている破滅の兆候。
 真眼を開く。
 白の世界の中、二人を囲んで真円を描いた。輝く真円のは、歪みをゆるみもなく。正しく一つの円となる。
 描かれた真円に真力を注ぎ込む。躊躇う必要はない。持てるすべての真力を円に流す。光の粒が真円の周りに集まってくる。ふわりふわりと舞い。香りに誘われるように、次から次へと降り立っていく精霊達。
 うるみながら輝いていた小さな水晶が、粉々に割けた。岩の牢獄で乾いた音が響く。……終わりの、合図。
「放て!」
 全力で白を展開する。枯渇してもかまわない。
 弾けた膜の内側に、新たな白の膜を張り巡らせた。直に展開している影響で、真眼を通し、土砂の重みが伝わってくる。
 真術は奇跡の力。
 その力をもってしても、押し返せないほどの重み。額に浮かんだ大粒の汗が、なだらかな皮膚を滑り、鼻梁を伝って流れ落ちてくる。
「首席殿!」
 岩の向こうに、ジェダスの声が戻ってきた。
 ああ、間に合ったのか。
「ジェダス、早くしてくれ。もういくらも持たない!」
 額に重みが増していく。岩の重みに押されてきている。向こう側に人がいる以上、場を荒らしてしまう"旋風の陣"は使えなくなった。自分が支える以外の道は、消えてしまったのだと悟る。
(これで、最後……!)
 第三の視界を見開いて、中に眠る、全ての白を叩きつけた。
 自分の力で、命の活路をこじ開けていく。


 開け……。
 ――本当に、いいの?

 だって、わたし……。
 ――もう、閉じられなくなるよ

 帰りたい……。
 ――いいんだね

 彼と一緒に、帰りたいの……!

 ――わかったよ、サキ



 さあ、思い出して
 君の力は、ここにあるのだから

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