蒼天のかけら  第四章  罪業の糸


断罪の場


 真導士は位が明確に分かれている。
 最高位の慧師は、里のすべてを把握し治める。慧師の指示の元、見習いである導士を八カ月かけて養育するのが正師。
 正師が養育を終えた導士は、そこから四カ月ほど令師に弟子入りすることになる。
 令師は里の外に在住し、個人的に真導士を育てる師匠の役割を担っている。師匠の元で真術を磨き、一年で最後の一カ月を各里の導士達と共に過ごした後。導士は晴れて高士となる。
 高士となれば真導士として一人前と認められ。里に戻り仕事をこなすか、郷里に戻りそこで仕事をこなすかを選ぶことができる。
 目の前にいる男は、サガノトスの高士であるらしい。その証拠にローブの裾が、ふくらはぎの中央まで掛っている。この長さ……紛れもなく高士のローブだ。

「いつまでだんまりを決め込んでいる。質問に答えろ」
 冷たく厳しい声に叩かれて、自分が放心していたことを思い出す。姿勢を正し座りながら一礼をした。背中が痛みを訴えているが、いまは何もできない。
「失礼いたしました……」
 上位である高士に礼を欠いてはいけない。できるだけ丁寧な対応を心掛ける。
「礼などはいい……。貴様は導士だな。まずは己の名を言え」
「はい、サキと申します」
 サキと聞いて、また男が息を吸い込んだ。この男から奇妙な気配がしている。動揺……だろうか。冷たく凝った真力のせいで、きちんと読み取れない。
「小娘。ここで何をしていた」
 ちゃんと名乗ったのに、名前を呼ぶ気はないらしい。
「あの、"守護の陣"を展開しようと……」
「"守護の陣"だと」
 責め立てるような口調だった。
「天水の真導士である貴様が、"守護の陣"で"暴走"を引き起こしたと、そう言うのだな」
 "暴走"――言葉が頭に響いた。それと同時にくらりと視界が揺れた。やはりあれは"暴走"だったのだ。
 一つ一つ、罪を明らかにしていく男の言葉。ただ聞いているだけで絶望感が強くなる。

(駄目だった……)

 術具を用いても、真術を展開できなくなっているという事実。
 自分は女神の加護を、完全に失ってしまっている。
「いくら導士となって日が浅いはいえ、"暴走"の意味は習っているな」
 厳しい詰問に頭を深く垂れた。
「……はい」
「真眼は開ききっている状態か」
「はい」
「この真力で、何ゆえ"暴走"など引き起こした」
 あからさまに真力の低さを責められる。先ほどまで、息ができぬほど強く放たれていた真力を思い出す。この男の真力は高い。自分の真力など、とてもちっぽけに思えることだろう。
「術具を使いました。真力の低さを補おうとして"激成の陣"を……」
「そういうことか」
 冷たく吐き捨てる声に、心が打たれた。
 男の手が、左手首から外れて割れた腕輪の破片をつまむ。
「また派手な暴走をしたものだな」
 術具が壊れるほどの力。真術が込められている装飾術具は、金剛石よりも頑強になっている。それがここまで盛大に割れているのだから、力の大きさは言うに及ばない。
 男が立ち上がる気配がした。
 頭を垂れたままの自分に、冷酷な宣告が降ってくる。
「立て――これより報告に行く。"暴走"と"暴発"は慧師の耳に入れなければならぬ事案。よくて謹慎は覚悟しろ。しかしここまでの"暴走"ゆえ、里からの追放も視野に入れておくのだな」
(つい、ほう……?)
 驚愕に染まった自分を見て、不機嫌な顔をより険しくした男は右に流れる真円を描いた。転送の気配を察知して、咄嗟に未来から逃れようとした分の腕を、背後できつく捻り上げる。
「逃すか。馬鹿者め」
 その一言と共に、無慈悲な転送が開始された。冷たく輝く白い光は、自分を断罪の場へと運んでいく。

 転送された先は、里の中心地区の屋内。
 外から眺めたことがあるだけで、まだ足を踏み入れたことがない。そこは中央棟と呼ばれる建物の入口であった。
 ここに居住しているのは三人の正師と、白銀の慧師だけと聞いている。
 男は大きく広がっている階段を、一直線に上って行く。腕を捻り上げられたまま階段を上がる。足取りが早過ぎて、一段進むたび、背中に引き攣れたような痛みが走る。かばおうと足取りをゆるめてみたら、男の苛立ちを強めてしまったようで。上がれば上がるほど、力に容赦がなくなってきた。

「何者か」
 聞き覚えのある声がした。階段の下から飛んできた誰何に、男が顔だけ向けて返答する。
「高士のバトだ。シュタイン慧師に急用があって参じた」
「貴方がバト高士か。慧師ならいま執務室にいらっしゃるが……。ん、サキか? どうしたこのようなところに」
 キクリ正師の姿を見て、心が救いを求めた。階段をキクリ正師が駆け上がってくる
「怪我をしているのか。バト高士、腕をゆるめてやってください。何故このような無体をなさる」
 キクリ正師の言葉を、バトと呼ばれた男は冷徹な表情で迎えた。
「無体だと……。非難を受ける謂われはない。この者が先ほど"暴走"を起こしたのだ。慧師にご報告するので邪魔をせずにいただきたい」
「"暴走"!? サキがですか」
 問いかけるキクリ正師を無視して、男は再び階段を進みはじめた。
 二階に上がり、急ぎ足でどこかへ向かっていく。後方から、その歩みを止めようと、キクリ正師が追いかけてくる。騒ぎを察知したのか、廊下の最奥にある重厚な扉が開き、中からムイ正師も顔を覗かせた。
「何事でしょう。慧師は執務中でございますよ」
 艶やかに流れる声が、咎めるように投げかけられた。
「高士のバトだ。至急慧師にご報告したいことがあって参った。……入室させていただく」
 男は苛立ちを隠そうともせず、重厚な扉を大きく開いて、自分を引きずりながら入室した。
 日の光が差し込んでいる、明るい執務室。その最奥に、白銀に染まったシュタイン慧師が座っていた。その手前にある、古めかしい大きな机の傍にナナバ正師の姿も見えた。
 里の責任者達が揃った部屋の中央に、後ろから突き飛ばされる。足がもつれて転がった自分を見ることもなく、バト高士はシュタイン慧師に向き合うように立つ。

「何て乱暴な!」
「大丈夫ですか……。酷いことをなさりますね」
 キクリ正師とムイ正師の非難に耳も貸さず。シュタイン慧師に一礼した男は、薄ら笑いを浮かべていた。
「バト高士、何事かね」
 そしてしゃがれたナナバ正師の問いにだけ、ぞんざいな返事をした。
「何事も何も。この小娘が"暴走"を引き起こしたゆえ、急ぎ報告に来たまでだ」

 ――"暴走"。

 その一言で、全員の気配が変化したのを感じた。自分がした行いは、とてつもなく大きな出来事なのだと、ここにきてやっと理解しはじめる。それと同時に、未来への不安が痛む身体に広がっていく。
 三人の正師達は、信じられぬと言いたげな目で自分を見つめていた。本来なら、真力の低い者には縁のない話だからだ。
 一人だけ。取り乱しもせずに静かに輝く白銀の慧師が、冷たい気配の高士に対し、たった一言だけ命じた。

「報告せよ」

 打ちひしがれながら聞いた尊大な言葉は、執務室に朗々と広がっていったのだった。

Next  >>


Back  |  NovelTop  |  SiteTop
inserted by FC2 system