蒼天のかけら  第四章  罪業の糸


垂らされた糸


 自分が起こした顛末を、座り込み、頭を垂れながら聞く。
 断罪の瞬間が近づいてきている。
 左にキクリ正師。そして右にムイ正師が、いまにも倒れそうなサ自分を支え、静かに話を聞いている。

 天罰が下ったのだ。

 身に余る僥倖を受けた自分を、女神は許してくださらなかった。
 真導士になったこと自体が奇跡だった。それ以上の奇跡は、やはり自分の宿命でなかったということか。
 項垂れた自分の背を、ムイ正師の手が撫でている。その動きに合わせて息をしているだけの自分を、シュタイン慧師はどう見ているのだろう。
 バト高士の証言が終わり、慧師からいくつか下問があった。しかし、否定すべき項目は一つもなかった。
「……だから、言ったのです。この娘は真導士に向いていません。初歩真術で"暴走"を起こすなど前代未聞ですぞ」
 ナナバ正師の声音は、選定のあった日と同じ……。
 いまも蛇のような目で、こちらを睨んでいるに違いない。
「向いていないと言えばそうかもしれぬ。ずいぶんと真力が低い……。ここまで低い者にはお目にかかったことがない」
 凍えるような声。磨かれた剣は、躊躇いもなく心を突き刺していく。
「そもそも覇気すら薄い。気力の方も似たようなものだろう。真導士として大成する要素があるとは思えぬ。真導士の里などに関わらず、普通の娘として一生を送らせた方がよいのでは」
 冷徹な声が、最も出して欲しくない結論へと話を導いていく。
「追放してやるのもやさしさかと……」
 追放――。
 すべてを失わせる言葉に、顔を上げて冷え切った気配の男を見る。
 見上げた相手も自分を見ていた。冴え冴えとした青銀の瞳に、何か気になるようなものが色濃く映っている。真術を失ってもなお鋭敏な真眼が、違和感の正体を暴こうと働きはじめた。
「里の記憶を封印し、町に下ろしてやればよかろう。半端な者を真導士の里に繋ぎ止めていても、利など得られぬ」
 この男、どこを見ているのだろう? こちらを見ているようで、まったく見ていない。
「バト高士の言を支持しましょう。やはりこの娘には荷が重かったのです」
 ナナバ正師の声。勘に導かれるまま、恐れていた正師の瞳を見る。
 想像していた通り。ぎょろりとした灰色の目がそこにある。
 その目を確かめて息を吸い込んだ。あの日と寸分違わぬ蛇の目に、どうしてかバト高士と同じ、謎の気配がただよっている。

 これは一体――。

「どうか、お待ちください!」
 叫びに似たキクリ正師の声に集中が切れ、つかみかけた何かが霧散していってしまう。
「この娘に親はありません。聞けば郷里もすでになく、知己と言える者は里の中にしかおりません。どうか追放ばかりはご容赦ください」
 覚えていてくれたのか、この正師は。
 里に入ってからしばらくの間は、郷里に戻って親に報告することが許されていた。ほとんどの者が帰省する中、独り里に残った自分の様子を、キクリ正師が見にきてくれたのだ。
 その時、わずかに交わした会話を、キクリ正師は覚えていてくれたらしい。そしてまた、自分をかばおうとしてくれている。
 導士思いと称される正師の声が、断罪の未来に一条の光となって差していく。
「慧師、この娘は先日の件の被害者でもありますわ。一時的に真力と気力が整わないこともありましょう。少し猶予を与えていただけませんか」
 二人の正師からの嘆願を黙ったまま聞き。シュタイン慧師の視線が、またも自分に移ってきた。
 意見が割れていく中。この人だけが動じず、ただそこにいて場を支配している。

「お前は、この件をどう思っているのだ」
 尊大で端的な下問。最適と思える答えを探すのが難しい。そんな問いだ。
 自分の真実を語らざるを得ない。絶対に誤魔化すことを許さない言葉。
「暴走を引き起こしてしまったのは、わたしの責任です……」
 独りで足掻いてみたが、結果を得ることはできなかった。
「罰なら受けます。真術を扱う力を取り戻せるなら、どんな努力でもします」
 天罰だとしても道がないと諦めたくはない。とても諦め切れるものではないのだ。
「だから、里に置いてください。……お願い、します」

 ここにいたい。

 真導士の里に来て一月。いままでにない、たくさんのものを手に入れた。
 やさしい友人たちの顔を思い浮かべる。誰かと笑い合える毎日が、こんなにも色鮮やかだと知ったのに。
 真導士の里を追放されれば、すべての記憶を消されてしまう。どこかで彼らとすれ違っても、思い出すことができなくなってしまうのだ。
「お願いします……」
 ローグのことも、全部消されてしまうことになる。
 あのぬくもりに二度と触れられなくなる。彼の傍にいられなくなる。そんなこと、どうしたって堪えられないのに。

 ――どうか。どうかそれだけはお許しください。

「忘れてしまえばよかろう。まだ若い。いくらでもやり直せる」
 願いを断ち切ろうとする凍えた声音が、部屋に響いた。
「真術を使えなければ意味がない。何の役にも立たない者を里に置いておくわけにいかぬ。――慧師、そうでしたな」
 お願いしますと繰り返しても、男は自分を断罪しようと冷酷な言葉を返してくる。
 それを否定したのも、やはりキクリ正師だった。
「真術は使えるようになりましょう。先日までは確かに使えておりました。それは私も確認しておりますし、ムイ正師もご覧になっているかと思います」
 "二の鐘の部"は、キクリ正師とムイ正師の受け持ちだ。二人の前で確かに真術を展開したことがある。
 ムイ正師もその発言に対し、肯きで同意をした。
「しかも、サキは……。ベロマの一件で察知能力を使い、隠されていた果物の術具を探し当てております。これは他の導士達からの証言を得ていますので、確かなことです」
「察知能力だと。また大げさな。気配に敏い者などそこらに五万といるだろう」
「いいえ、サキの力は異能なのですよ。そこに残されていた思念を、声として聞くことができるのです。……そうであったな、サキよ」
 キクリ正師の問いかけに、力強く肯いた。
「はい、確かに聞こえました。……たくさんの子供の声を」
 答えた途端、バト高士の苛立ちが高まった。
 この男、どうして自分を追い出そうとするのだろう。
 変だ。
 確かに危険な行いをしてしまったけれど、ここまで固執されるのは少しおかしい。真眼が再び、糸を辿るように違和感を探っていく。
「慧師、ご決断を」
 青銀の瞳は、刃のように冴えて輝いている。その奥で揺れている気配がある。届きそうなのに届かない。
「シュタイン慧師。この者の相棒は優秀な男です。"暴走"を引き起こすような娘からは早々に離して、その才能を育てるべきでしょう」
 相棒。
 その言葉に、何故か気配が揺らいだ。凍えるような視線が、柔くぼやけて何かを見つめる。鋭敏な第三の視界が、ナナバ正師にも同じ気配がただよっているのを見つけた。
 二人は共通の幻を抱えているのだと、そう理解する。

 ――誰を、見ているの?

「サキよ」
 唐突に名を呼ばれ、辿っていた気配の糸を手放した。
「察知能力は、まだ落ちてはいないのだな」
「はい、あります」
 それだけは自信がある。気配を辿る力は一切衰えていない。
 いつかと同じように白銀の瞳に向かう。長い沈黙を越えて、シュタイン慧師はついに罪の行方を決定した。

「その力、試してみよう」

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