蒼天のかけら  第四章  罪業の糸


許された罰


 身体が動いた。

 瞼を上げ、獰猛な金の瞳に立ち向かう。
 怖気の走る真力に、握り込んだ丸い輝尚石を掲げる。熱い彼の真力を感じて、心に強さが戻ってきた。獣の目が、輝尚石を握った自分を見て、大きく見開かれる。
 一瞬の――隙。
 迷うことなく言霊を叫ぶ。

「放て!」

 圧倒的な真力が解放された。
 熱く激しい真力の波。高い熱を帯びた真力。熱に導かれた旋風が、ラーフハックに襲いかかる。自身の顔をかばい、耐えようとしていた"淪落の魔導士"は、絶え間なく吹き付けてくる膨大な風に押され。ついに後方へと弾き飛ばされた。

「この、小娘が……!」

 ラーフハックは飛ばされた先で態勢を立て直し、幾重にも重ねた真円を描き出した。輝尚石を掲げながら、足元に"守護の陣"を展開する。
 まずい。上位真導士の重ねた真円には、まだ対抗できない。
 せめて命を守ろうと、白の膜に願いを込める。

 手の平に感じる彼の熱。わたしの大切な人、ローグレスト。
 帰るのだ……彼の元に。
 だから絶対に――。

「諦めない……!」

 強く願ったその時、熱い真力の海に真夜中の闇が混ざっていくのを感じた。
 はっとなり、その方向を見やる。視線の先に、白く輝く真円を描いたバトの姿があった。
「いま、仕留めてやる……」
 静かな宣告に、ラーフハックが驚愕の表情を浮かべた。
 次の瞬間、網膜を焼き尽くすほどに輝く、極大の白が炸裂した。



 完全に破壊されたレンガ造りの建物。その一角に座りながら、白を展開する。
 バトの赤く染まったローブは、見ているだけで痛いように思う。急いで治そうと、裂けた傷口をに集中する。
「……他に、怪我はありませんか?」
「ない、そこが最後だ」
 裂傷を負っているにも関わらず。淡々と答えるバトの強さに。思わず感服してしまう。
 あれから、粉々になったレンガ造りのすべてを探してみたけれど、ラーフハックの姿を発見できなかった。深手を負っているだろうに。逃げ足が早い男だ。

「……真術、使えるではないか」
 相変わらず冷たい声。そう言われて、ごく当たり前のように使っていたことに驚いた。
「気づいていなかったのか」
 自分の手で描いている真円を見つめて、こくりと肯いた。
 本当だ。使えるようになっている。女神から許しがいただけたのだろうか。徐々に湧き上がってくる歓喜。喜びにつられ、頬が熱くなっていく。
 バトは訝しそうに自分の顔を覗き込み。そして左腕に嵌められている銀の腕輪に、視線を落とした。
「これは」
「ええと、ラーフハックが嵌めてきた術具です。荷箱の中にあった……」
 あの荷箱の中身が、盗まれたおとり用の術具だったのだろう。あそこまで近づかないとわからないぐらい、精密に隠されていた。いまこの腕にあっても辿りづらいと思えるほど、真術の気配が消されている。
 バトは腕輪に手をやり、何がしかを確認して驚きを浮かべた。その表情のまま、自分と腕輪を交互に見比べて。それから首に手をやり、何故か再び天を仰ぐ。
「バトさん?」
 奇妙な沈黙が落ちてきた。何が起きたのだろう。やはりこの沈黙は居心地が悪い。
 困った……。早く帰ってきてくれないだろうか。
「嘘だろう……。真力が低いというのに、何ゆえこれで使えるようになる……」
 今度の沈黙は長く続かなかったようだ。ほっとしつつも言葉の意味がわからず、首を傾げる。
「あの……」
 呼びかけてみれば、恨みを込めたような目で睨みつけられた。そこに激しい感情がないから怖くはないけれど。何でまたと疑問が湧いて止まらない。
「お前、本当にどういう奴なのだ。ここまで理解しがたい奴とは初めて会った」
 返答しづらい問いに、困惑したまま眉を寄せた。……どういう奴と言われても。
 理解しがたいのはバトの方だとは思うが、そんなこと上位の真導士には言えないので、話を逸らしてみることにした。
「この腕輪、何なのでしょう。"激成の陣"ですか?」
 大仰に溜息を吐きながら、青銀の真導士は違うと否定した。
「これは"激成の陣"ではない。むしろその逆だ」
「逆、ですか?」
「これは"鎮成の陣"。真力を抑えて鎮める真術だ。相手の力を削ぐために使われるものだが……。何故これで真術が使える。おかしいだろう。お前の真力は低い。このような真術を介したら展開することもできぬはず」
 自分で説明をしておいて、納得ができていない様子で。結局、苦い顔のまま思考に沈んでいってしまった。

 深い青に濡れた髪を眺めながら、一人途方に暮れる。何ともつかみづらい青銀の真導士の傍で、忠犬よろしく静かに待ち続けるしかなく。
 しばらくして思考から抜け出してきたバトに。「やはり動物のようだな」と三度目の感想をいただくはめとなった。

 その後、色々と納得のいかない気持ちを抱えつつ、怪我を一通り治療して。ようやくサガノトスに帰還する運びとなったのである。


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