蒼天のかけら  第四章  罪業の糸


絡まる糸


 せっかくなのでローグの期待通り、夕飯に揚げ芋を添えた。
 油で揚げて、塩と胡椒をまぶしただけなのだが、大のお気に入りだ。
 やはり塩気がいいのだろうか。でも塩ばかりでは偏るから、今度は違う味付けで食べてもらおう。意外と酢と辛味が合ったりするのだと教えてあげなければ。

「天罰など、あるわけないだろう」
 揚げ芋をかりかりとさせながら食べていくローグは、あっさりとそんなことを言ってくれた。
「そうでしょうか……」
「ああ。それぐらいでいちいち天罰が下ってくれるのだとしたら、悪い奴などこの世のどこにも居なくなる。」
 それは、そうかもしれないが。
「本当に目が離せないな、サキは。少しでも放っておくと、ふらふらどこかに行ってしまう」
 ……先ほどの言葉とは、意味合いが変わってきているような。
「だから相談しろと言っているのに……。俺はそんなに頼りないか」
 拗ねた顔で、苦情を申し立てられた。
 違うのに。頼りになり過ぎるから困っているのに。
「頼ってばかりでは、わたしが何もできないままになってしまいます。それだと……」
「相応しくない、か。そもそも相応しいって何だ。俺はそんなに御大層な身分でもないのに」
 聞かれて、返答に窮する。
 本人に何と言えばいいのか。まさか顔が端整過ぎますとは言えないし。真力の話をしたら、それがどうしたと返ってくるのはわかりきったこと。
「当ててやろうか」
「いえ、遠慮します」
 もし前者を当てられたら、恥ずかしくて部屋へ逃げ込むことになる。かりかりと食べる音をしばらく聞きながら、心の内に手を伸ばていく。
「気持ちが、重ならなくて」
 音がぴたりと止まった。
 強い視線を感じて、喉元に苦しさを覚える。
「……好きにはなれない、か」
 せつなそうな笑い声は、わざとではないと思えた。
「そうではなくて、その……。ローグがくれる想いと、自分の気持ちを比べると……落差があり過ぎて」
 寂しいばかりを繰り返す自分は、相手を幸せにする気持ちを贈れていない。自分の感情だけで一杯になって、まるで幼い子供のようだ。

 なるほどねと言った彼からは、もうせつなさが消えていた。
 美味いと感想を述べながら豚肉の炒め物を食べている。玉ねぎを煮込んでソース代わりにし、一緒に食べるように作ってあるそれは、見る見る間に量を減らしていた。甘めの味付けではあるが、粒マスタードを添えてあるので、食が進んでくれているようだ。
「だから待つと言っているだろう。気持ちが育ってないのはわかっている」
 サキは本当にせっかちだなと笑いながら、とうとう揚げ芋を完食した。物足りなさそうだけれど、残念ながらお代わりがないので我慢してもらうことにする。
「寂しいのが消えたら、答えが出るのでしょうか」
 ついうっかり声に出したが、ローグに返答を期待しているわけではない。ちゃんと承知してくれている様子の相棒は、穏やかにこちらを見ている。
「わからないが、寂しさを消すのは協力する。……いくらでもな」
 しまった、声に色が混ざってきてしまった。自分で自分を追い詰めたようで、心持ちぐったりとする。
「……変なことは、しないでください」
 結局、食事中に彼からの返答は、もらえないままとなってしまった。



 自室に戻り、身支度を急いで整える。
 湯浴みをした時、身体中に広がる痣を発見したが。今日はもう"癒しの陣"を使えそうにもなかったので、明日に見送ることにした。
 鏡台の前で髪を整えて。じゃれついてくるジュジュを抱いてから、そっと寝床に入り込む。昨日は一睡もできていない上に、波乱に満ちあふれた一日だったので、身体が睡眠を熱望していた。
 枕元のランプをつけて、彼の真力を感じる。胸の高鳴りが消えたわけではないが、今日は眠りへといざなってくれそうだった。
 ジュジュをお腹に乗せるため、仰向けになって寝床に沈む。意味もなく視線を泳がせていれば、窓掛けの隙間から、夜の世界がこちらを覗いていた。

 青銀の真導士を思い出す。
 真夜中の気配をまとい、サガノトスを影から守る闇色の裁定者。心臓の軋みと共に幻の光が見えたが、夜の世界から目を逸らせなかった。
 確かに恐怖を抱いた。それでも、バトが悪人だとは思えなかった。
 光があって闇がある。
 ベロマだけではない。サガノトスも、ダールも。きっとどこの場所にも、影色の闇が存在しているのだろう。
 過去から連なり、いまを紡いでいる罪業の糸。
 苦痛を与え。悲しみを伝え。ぬくもりを繋ぐ歴史の糸からは、誰も逃れられない。

 疲れているのだろうか? おかしなことが頭に浮かぶ。
 もう――眠ってしまわないと。

 安らぎの世界に落ちていく途中、悲しげな声を拾ったが、追いかけることはしなかった。



 触れてしまった影は、サガノトスの過去と、自分達の未来を一つに紡ぐ糸だった。
 手首にぐるりと巻かれたそれは、春色の気配と、真夜中の闇と、自分自身。――そして大切な黒を巻き込んで、運命を編み出していく。

 試練は休まることを知らない。すべては女神の導くまま……。
 愛し子達は、一時の安息の中――ただ眠る。

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