蒼天のかけら  第五章  邂逅の歯車


無意味な試練


 最後にあらわれた四人目の高士――ジーノが、任務の責任者なのだそうな。
 ジーノと、その相棒であるフィオラは高士として数々の任務をこなしており。実績の確かさから、導士の実習も請け負っているらしい。
 セルゲイは彼らの手柄を、まるで自分の手柄のように話す。高士というものは、導士と格が違うのだと言いたげな口ぶりに。導士一同がうんざりしていることなど、知りもしないだろう。

 今回の実習にあたって、それぞれの役割分担を決めることになった。
 全員の系統を報告し終わり、役割を検討するため熟練の番が居なくなってからというもの。天下を取ったかのように態度が大きくなった新米高士。その演説は、いつまでもいつまでも終わることがない。
 上位の真導士に対して。できる限り礼節を保つよう、努力していた同期の面々ではあったが。
 一人、また一人と離脱していき……。
 いまとなってはイクサだけが、ご高説を拝聴している状態となっている。イクサの柔らかな表情は、かなり固い素材で作られているのだと一人勝手に感心しているところだ。鉄でできた仮面なのかもしれない。

 新米高士二人組と九人の導士達は、ジーノとフィオラの指示により、船内の一室に軟禁されている。
 ここを任務中の拠点とするらしい。拠点には椅子や机もある。しかし、年若い男女が一晩過ごすと考えれば、いい環境とは言えない。横になれる場所なんてないので、皆して膝を抱えて寝ることになるだろう。
 相棒とは仲が悪そうな、アナベルという名の高士は。声が聞こえるのも嫌だというように、セルゲイから顔を背けている。彼ら二人の間には、越えられない山がそびえ立っているようだ。相棒は一生の絆というけれど、さすがにアナベルが可哀想だと思う。女神も酷なことをなさる。

 セルゲイのだらだらとした"他者の"自慢話に影響され。導士達の態度も、徐々にだらだらとしてきている。
 壁沿いに並んで一列に座り。形だけは、全員がセルゲイの方を向いている。しかし心の方は、すっかり大気を散策しているのが丸わかりだ。これに気づかないとは。どれだけ気配に鈍い高士なのだろうか。
 熱心に話し込んでいる高士の目の前で、黒髪の相棒が足を伸ばした。
 一度、ローグに顔を向けたセルゲイだったが。不遜な態度を取っているのが、歴代最高の真力を持つ者だとわかり。腹立たしげな顔のまま、イクサに視線を戻した。
 ジーノから声を掛けられたローグには、そこまで強く出られないようだ。セルゲイの性格とその特性を、早々に察知した悪徳商人殿。彼は徐々に、そして確実に態度を大きくしていっている。
 わざと煽らなくてもいいと思うけれど……。彼が持つカルデスの気風は、時に自分をひやひやさせてくれる。
 ローグはイクサのように、誰とでも平等にという方針ではない。気に入れば仲良くするし。気に食わなければ口を利きもしない。
 それで商人などやっていけるのかと聞いたら、商売の時は別だと返答された。商売相手であれば、どんな人を相手にしていても笑顔を作れるらしい。作り笑いをしたローグを想像するだけで、何だかとても寒々しい。できれば一生見たくはないと願っている。

 ジーノ達はもう少しで帰ってくる。船内にいる二人の気配は、ずっと追えていた。集中を切らせばふつりと消えてしまう。けれど、方向と距離がわかっていれば、再度その気配を追うのはとても簡単なことだった。
 ほら、あと少し……。
 かちりと音を立てて、扉が開いた。二人の帰還と同時に、全員が立ち上がり一礼をする。
「盛り上がってたみたいね」
 妖艶な高士の言葉を、声には出さずに全身全霊で否定する。
「役割分担を決めたわ。早速組み分けをしましょうか」



 微妙な空気が、倉庫の中に流れている。
 薄暗い倉庫には、セルゲイとアナベルの二人。
 ディア、ユーリ、ティピア、そして自分の、計六名が集っている。
 拠点に帰ってきた熟練の高士達は、系統によって導士達を分けたのだった。その方が高士にとっても教えやすい。さらに自身と同じ系統の、上位真術を学ぶ機会にもなる。系統の鍛錬にはもってこいだというのが、この組み分けの理由だ。
 アナベルの下に、天水の真導士四人。
 フィオラの下に、燠火二人と蠱惑二人、そして正鵠一人。
 フィオラは蠱惑の真導士らしい。しかし彼女は、燠火の初級真術なら問題なく操れるということで、このような組み分けになった。
 アナベルに女。フィオラに男と。振り分けられた導士の性別が、はっきり分かれているのが少々気になる。だからといって、それぞれの特性を伸ばすためだと言われてしまえば、導士である自分達には何も言えない。

 ジーノは船長達とのやり取りがある。そのため、基本的に実習には参加しないとのこと。
 そしてセルゲイは連絡係に据えられた。それぞれの高士を補佐し。導士の動向を監督して、ジーノに報告するという役目。
 "監督"という言葉が、たいそうお気に召したらしいセルゲイは。早速、天水の真導士達を指導しに来てくださった。
 ここにある積み荷は、とても高価な品々なのだそうな。
 大切な積み荷を傷つけないよう守るため、皆で"守護の陣"を敷いている。真術を"敷く"という行為はとても大変で。五回に一回成功すれば、導士としては調子がいい方だとアナベルが説明してくれた。

 真術を展開するには"籠める"、"放つ"、"敷く"という三種類の技法がある。
 もっとも簡単なのは"籠める"こと。術具の中に真力と気力と精霊を混ぜ、いつでも展開できるようにして封印する。
 お次は"放つ"こと。その場で真円を描き、真力を注ぎ。精霊を呼んでから気力で真術を展開する。本来はこちらが"籠める"ことよりも基礎に当たる。けれども、真術の習得をはじめたばかりの導士にとって、"その場"で、という部分が難しい。
 どこでも真術を放てるようになる。これが導士にとって最初の目標とされているくらいだ。
 最後に"敷く"こと。
 これは本当に難しい。やり方は"籠める"と同じ。しかし、真力の供給源が違う。自分の真力ではなく、大気にただよっている真力を捕捉するのだ。
 大地にも海にも"真脈"が通っている。言ってしまえば真力の血管だ。人が真力を有しているように、大地と海も真力を有している。
 これを上手く活用すれば、自身の真力を削らなくとも真術が展開できてお得だ。お得な上、"真脈"や、真力の吹き出し口である"真穴"を使えば、敷いた真術は永遠になくならない。
 ちなみに"迷いの森"は、ほぼすべてが"真穴"の範囲にある。また、聖都ダールと真導士の里を繋いでいる"転送の陣"も、"真穴"の上に敷かれている。

 自分達が乗っている船は、"真脈"が張り巡らされた海域にあるという。
 せっかくなのでと、アナベルが真術を"敷く"方法を実演してくれていたのだが。見計らったように意気揚々とやってきた監督官が、導士達に同じことをやるよう強要し出したのだ。
 自分の相棒が嫌いなアナベルが、無茶だと抵抗をしてくれたものの。お前を"補佐"してやっているのだと偉そうに言い放ち。指導という名目の下、導士いびりを開始した。
 失敗して当然だというのに。真円が弾けるたび、後ろから口汚く罵ってくる。とてもティピアは耐えられないと察知して、アナベルが早々に保護してくれた。
 ティピアが保護されただけで、セルゲイはひどく不満そうな顔をした。そして、全員を支配下に置けなかった腹いせか。残りの三人に対して厭味ったらしい指導を繰り返している。
 特に。真力が低い自分に対して容赦がなく。失敗した回数を数えては笑い。この調子ではあと何回失敗すると予想を立て。実際にそうなると、ほら見ろ言った通りであろうと、それはそれは楽しそうに詰ってくる。
 格下の者をいたぶることで、自分の優秀さを確認して恍惚としているセルゲイ。この醜い優越感で作られた男に、年頃の娘全員がうんざりとしていたのだ。
 自分は、この辛く悲しくとても虚しい時間を、ひたすら耐えながら過ごしていた。
 これも試練だと。
 彼に相応しい人間となるためには、必要なことなのだと念じ続け。胸の奥に生えた荊に、もろい個所を刺し貫かれ。心の奥で血を流す痛みを味わいながら、ただただ耐えた。
 反応を返さなくなった娘達の様子に飽きたのか。それとも本人が疲れただけなのか不明だが。
 報告に行ってくるので、全部やっておくようにと言い置いたセルゲイの後ろ姿を見送り。娘一同から、やっと安堵のため息が漏れたのだった。
 アナベルは相当頭にきていたらしい。セルゲイが出て行ったのを確認して、部屋全体に"浄化の陣"を展開した。
 毒や呪いなどを消し飛ばすための真術。自分の相棒が毒そのものであると、憎しみを込めて丹念に浄化していた。しばらく後、怒りのまま展開していた真術を収束させ、彼女はこう言った。
「本当にごめんね。たぶんもう来ないだろうから休憩しましょう」

 彼女の一声が緊張の糸を切った。男が一人もいないという油断もあってか、それぞれ情けない声をあげつつ床にへたり込む。床に座る時は、まず手をつき。膝を曲げてから優雅に上着の裾をさばいて……という娘のたしなみは、全員が思いっ切り放棄した。
 いまはそんなことしている場合ではない。
「何なの、あいつ……」
 完全に気力を削られた様子のディアが、盛大にぼやいた。
「あそこまで典型的な嫌味。はじめてこの耳で聞いたわ」
 今朝の元気がどこにも残っていないユーリも、後を引き取って続けた。
 へなへなと座り込んで、しゃべる力もうしなった自分の傍に、小さな友人がやってくる。
「サキさん、大丈夫……?」
 とても大丈夫とは言えない。でも、心配してくれている友人を不安にさせたくなかった。なので、無理に笑顔を作り、へなへなながらもどうにか返事をする。
「ええ、わたしは慣れていますので。大丈夫ですよ」

 言った途端、ディアの気配が大きくゆれた。
 けれど、意味を理解しようとする気力までは残されていなかった。

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