蒼天のかけら  第五章  邂逅の歯車


実習


 扉を開いた気配がして、そちらの方に視線を流す。

「おかえりなさい」
 七人の導士達は、バトが戻ってくる前に帰還したようだ。
 バトに通じる言い訳なんて思いつかず。実はとても困っていたのだ。自分は、舌打ちくらいならもう慣れたのだが、彼らはそうとは思えない。ティピアなどまた泣き出してしまうだろう。
 整えたばかりの気力に、影響が出るのはよろしくない。
「ただいまー。調子はどう?」
 何を聞こうとしているのかはわかっていた。ただ、無性に照れ臭かったのであいまいに笑った。
「気力を整えてきたのは、皆さんでしょう」
 拠点内に笑いがあふれた。これからが本番であるというのに、半人前の雛鳥は誰一人として怖がっていないのが不思議であった。
 何とも豪胆な導士達である。

 しばらくして青銀の真導士も帰還した。
 背中に苛立ちを抱え。凍える気配を撒き散らしながら拠点に入ってきたバトを見て、ヤクスが首を竦ませた。
 予想はしていたけれど、色々と揉めてきたようだ。
「おい、サキ」
「はい、何でしょう」
「組み分け表とかいう紙があるらしいな。全部集めろ……」
 意図はさっぱりわからなかったが、そそくさと紙の回収をはじめた。紙は嫌々ながら一応は全員が持っていた。集め終わった九人分の紙を、バトのところまで渡しにいく。眉間にしわを寄せながら、切り裂くような視線で紙を確認していくバトに問われ。それぞれの顔と名前と系統を伝えた。
 早々と全部の確認を終えたバトは、おもむろに真術を展開し、忌々しげに紙を焼き払った。まさしく焼き尽くされた組み分け表の屑を、靴底で踏み消している青銀の真導士。その姿を見て、どこで話しかけようかと悩んでしまう。完全に固まっている背後の雰囲気を察して、まあ自分は平気だしと開き直った。
 舌打ち覚悟で問おうとした矢先、バトから凍えた指令が飛んでくる。
「……忘れろ」
「バトさん?」
「このようなものはなかったことにしろ。まったく使えもしないことを覚えておく必要はない」
「無しですか」
「無しだ」
 歓喜に満ちあふれたユーリが声を上げた。それを、周囲が大慌てで止めた。凍えた気配の行方によっては、とてもまずいことになると判断したのだろう。苛々しながらも声に反応した青銀の瞳は、じろりと導士の顔を見渡してから自分を見る。
「任務は無事遂行したようだな」
 変な風に喉が詰まりそうになった。
 露骨に言われてしまうと恥ずかしくて堪らない。ローグの真力と気力は完全に回復していたし、多分自分の気配も似たような状態なのだろう。
 頬を恥で濡らしながらも、本日三度目の謝罪をする。
「はい。ご心配お掛けしました……」

 その後、思考に沈んでしまった青銀の真導士の姿を、九人でひたすら眺めることになった。
 一人であろうが複数人であろうが、この沈黙だけはどうしても慣れない。それからかなりの時間を要したが。どうにか思考から浮き上がってきた不機嫌極まりない真導士は、導士達に命令を下した。
「並べ」
 これは番同士でという意味だと解釈をしたので、ローグとヤクスの隣に入り込んだ。
 隣から流れてくる熱い海の気配が心地いい。
「これから言うことをきちんと飲み込め。一度で飲めない奴はいらん。不要だと判断すればあちらに放り込んでやるから、そのつもりで聞け」
 何と恐ろしい制裁を……。
 これは気合を入れなければと、意識を集中していく。
「サキ」
 早速かと慌てながら、返事をする。
「気配はあるか」
「いえ、視えません。相変わらず淀みはありますが、まだ遠い……。襲撃者の気配も飛んで来ていません」
「こいつらは、どこまで知っている」
 はっと顔を上げた。
 瞬時迷う。どこまでというのは"鼠"についてでいいのだろうか。
 この場で問う訳にはいかない。勘を信じて回答した。
「何も……。高士達からは、商船の護衛としか聞いていません」
 不穏な音が放たれた。
 ジーノ達のやり方は、バトをかなり苛立たせるものだったらしい。
「では聞け。そして質問があれば各自好きなように問え。だが、無駄口だけは叩くなよ」
 なかなか難しいことを言う。
 質問などできそうにもない口ぶりではあるけれど。この人がそう言った以上は色々話が聞けるので、一人安心した。
「撤退の準備を指示していたが、これは不可能になった。よって敵を撃破し帰還を目指すことになる」
「転送はできないのですか?」
 早速質問してみた。
 ヤクスの気配が慌てたようにゆれる。大丈夫だと伝えたいが、言うより見てもらった方が早いかもしれない。
「"真脈"の海域を外れている。長距離、これだけの船を転送するのには真力が足りない。航海士が居ない以上は、目標が無い方向へ針路を修正するわけにいかん。最も近い目標はあの島。島の向こうまで行けば"真脈"の海域でもある。ゆえに敵と当たらざるを得ない」
 なるほど。バトが苛々しているはずだ。
 この人は自分の任務に、導士達を随行させたいと思っていないのだ。
「敵とは"片生の魔導士"と呼ばれる者達だ」
 どきりとした。
 そこまで言っていいのか。もしかして、この後に確約をさせるつもりだろうか。
 ユーリにはとても向いていないと思うのだけれども。
「正規の真導士ではない。選定に通るほどの真力は有しておらず、勝手に開いた真眼を用いて、真術を悪用している」
 イクサが手を挙げた。
「許可などいらぬ。勝手に聞け」
「では……。真眼は自然と開けるものなのでしょうか」
 思わず青銀の瞳を見つめた。

 ――"鼠"は知恵も知識も才能もない連中に力だけ与えて、戦力の均衡を勝手に崩す。

「本来であれば真導士以外は開けないとされている。しかし、生まれつき開いている者と、意図せず開いてしまう者がいる。知らずに"真穴"の上で暮らしている者に多い」
 へえ、と導士達から言葉が漏れる。
 そして、自分だけがすべてを胸の内に沈めた。"鼠"については彼らに伝えない……。
 話している内に、凍えた声から険が取れてきた。無駄口を叩く者がいないので、気分が落ち着いてきたらしい。
 これならティピアを泣かせずに済みそうだ。
「バトさん、"片生の魔導士"は複数の真円を描けるのですか」
「どうしてそれを聞く」
「襲撃の際に、風に乗って飛んできました。"旋風の陣"の気配を読んだので確かです。でも、そのまま"炎豪の陣"も撃ってきました……」
 ずっと抱いていた疑問を、いまなら回答してくれそうだ。
「輝尚石を多用しているだけだ」
 目を瞬いた。
 犬のようだと言いたそうな視線を受けて、表情を引き締める。さすがにここで大声は出せない。
 自分の反応を見て、何かに思い至ったバトはこんなことを言った。
「片生との戦闘は初めてだな」
「はい」
「二月だからそのようなものか……。では、俺が見せる輝尚石の使い方を覚えろ。見れば奴らがやっていることがわかる。まだ覚えるには早い事柄。だが、いま覚えねば生きてサガノトスの土は踏めぬと思え」
 こうして、青銀の真導士による実演が開始された。
 輝尚石は真眼を開いている者が使えば、同時に複数を使用することが可能になるという。意識を分散し、気力での調整が必要になる。けれど、慣れれば簡単に行えるらしい。
 拠点に置かれていた里の備品の中に、水晶が入っていた。それを用いて色々な使い方を教えてくれた。

「まずは二つ。真術にも相性がある。打ち消し合うことがないものを選ぶ」
 それぞれ旋風と炎豪を籠め、二つを同時に放つ。そうすると手の中で火炎流が生まれた。二つを同時に放てたら、順番に放つ鍛錬をするとコツをつかみ易いという。これが片生達が使っていた二つの真術の原理だった。彼らは輝尚石を、複数持ちながら戦うのが主流らしい。
 ちなみに真円を多重に描ければ、一つの輝尚石の中に複数の真術を籠められるようになるのだとか。
 そう言って、三重の円を描き、真術を籠めた輝尚石を造る。
 旋風と炎豪と流水。
「市街地の戦闘では炎豪は向かない。必要な場合は命綱をつける」
 輝尚石を調整して火炎流を出し、そして水でかき消した。
 多重真円の真術を、導士が見られる機会はほとんどない。思わずといった具合に感嘆の声が漏れた。
 最後だと言って、何も籠めていない水晶を取り出した。
 とても素早く真円を描き。精霊を呼ぶ前に籠めて、しっかりと閉じた輝尚石を造る。
 思わず首を傾げた。目にも止まらぬ速さで真術を籠めた。そう思い込むこともできたけれど、どうも真術の気配がしない。
「バトさん、これは?」
 問えば、手に持てと差し出された。
「放ってみろ」
 何が籠っているのだろう……。どのような真術がわからないので、少し躊躇ってしまう。
 だかしかし、やれと言われればやるしかない。覚悟を決めて言霊を口にした。
「放て」
 手の平から滲み出す、凍える真力。
「真力だけ、ですか……」
 輝尚石から、じわりじわりとバトの気配がこぼれている。
「そうだ。真力だけを籠めた輝尚石。戦闘に慣れた真導士ほどこれを好んで使う」
 真円を描き、真力を注いだ瞬間に籠める。一気に真力を流し込むため、力を調整しないと割れてしまう。そして精霊を取り込まない内に籠めなければ、輝尚石の真力を消化されてしまうのだと言う。
「どう使うのですか」
「いくつかある。常時真力を放って精霊を呼びつけておくため。己の真力を備蓄するため。さらに己以外の系統の真力を有するため。系統が違う真力を展開する場合は、威力が落ちる。威力を落とす原因は、真力の質と精霊が合わないがゆえ。系統が違う真力を持っておけばそれを防げる。……あとは煙幕だ。真力を籠めた輝尚石をばら撒き。それらをいっせいに放てば、複数人いるような錯覚を与えられる」
 最後に「気配に敏い相手だと通じない」と付け加えられた。
 ちゃんと見分けろよと、念押しされたように感じたのは、気のせいではあるまい。
 これを覚えておけば、後は全部応用なのだそうな。覚えたはいいけども実践できるであろうか。バトほどの手際になるまでには、かなりの鍛錬を要するはず。

 呆けていないで、夕食までの間に練習していろと言い置き、バトは再び拠点から出て行ってしまった。
 鮮やかな真術に見入っていた九人の導士達は、出て行く背中を茫然と見送ることになったのだ。

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