蒼天のかけら  第五章  邂逅の歯車



「まだまだ、来るみたいですね」
 ジェダスの声がやっと落ち着いてきた。こいつが浮き足立っていると、ティピアへの影響が尋常ではない。
 組にいる唯一の天水が、力を発揮できない状況は困ると思っていたところだったが。この調子ならばと、少しだけ肩から力を抜いた。
「ああ、そのようだ」
「……ローグレスト殿は、怖いものがないのですか。ベロマの時も、この戦闘中も呆れるほど肝が据わっていますね」
「そうだな。オレなんかすぐにでも神殿に行きたいと思ってるのに……」
 ヤクスの声が弱々しい。
 こいつには辛い状況なのかもしれない。こいつの本分は医者。敵であるとしても、命を摘むのに躊躇いを持っているだろう。
「海上の戦闘はしたことはないけどな、乱闘はよく参戦していた」
 故郷の海は、海賊が頻繁に出る海域でもあった。
 命と財産を強奪しにくる無法者相手に、情けを掛けるつもりも。その余裕も持ち合わせていない。
 商人というだけで、行商中も盗賊に狙われることもある。慣れているとは言えないでも、賊を相手にしているとあれば優先順位を間違えることはない。

 会話をしている合間に、上方から彼女の声が降ってきた。
 警告の間隔が狭くなってきているようだ。そして大きくばらついてもきている。
「指揮系統がなくなった……」
 高士連中が上陸した島で、何が行われているかは不明。しかし、個々で動き出した賊の様相を見ればど、ういう状況なのかはだいたいわかる。
「……混乱しているってことか?」
「ああ。無法者が、完全な無法者になったようだな」
 真円を描いて真力を注ぐ。波間を這って飛んでくる光から、片時も目を離さないまま。腕を前へと伸ばす。方向を定める時は、この方が撃ちやすい。
「ティピア、目を閉じて……」
 ジェダスの声を聞いてから、言霊を吐く。
「放て!」
 炎が光に向かって進み、勢いにまかせて海へと押しつけたのが見えた。後ろから、か細いしゃくりあげが聞こえてきている。これでまた怖がられたら、さすがに落ち込みそうだ。
 心で独白していれば、船首の方からも炎が巻き上がった。
「……イクサ殿も肝が据わっていますね」
 躊躇いの見えない攻撃に、ジェダスが語尾を震わせつつつぶやいた。
 まったく気に食わない奴だ。あのような外面でやることは容赦がない。

「おーい!」
 船首の方からの声に、ジェダスとヤクスが振り返った。
 こいつらが他所を見ている以上、自分は目を離すことができなくなった。緊張しているようで、どこか抜けている友人達が恨めしい。
「クルト殿?」
「悪いけど、ちょっと手伝ってくれ」
 がさがさとなる革袋の音と、赤毛の同期の声だけが聞こえる。
「手伝うって……。それより、船首の方は大丈夫なのですか?」
「大丈夫だ。イクサの奴がまだ余裕そうだからな。いまのうちに仕掛けておきたい。二人の内どちらか手を貸してくれ」
 二人と言ったからには、ジェダスかヤクスだろう。
「ヤクス、行け」
 何をする気かは知らないけれど、ジェダスがいないとティピアが怖がる。
 戸惑ったように返事をしたヤクスは、クルトに連れられて何かの作業をはじめた。横目で見ながらだったのでよく見えない。どうやら、小さな革袋をいくつもいくつも海に落としている。
 一通り落とし終わったと思ったら、ユーリがやってきて流水を放った。
 船から流れて行く革袋は、空気を抜いていないのか。ぷかり、ぷかりと波間から顔を出している。
(何をする気だ、あいつら?)
 思惑はさっぱり読めない。ただ、景気よく手を叩き合った幼馴染の番の姿に、嫌な予感を覚えてしまった。



 襲撃の間隔がどんどん短くなっている。
 そして、一度の襲撃でやってくる光が、徐々に数を減らしていた。
「敵の数が減ってきています」
 手の平でうるむ光はまだ強い。
 最後まで持って欲しいを思いながら、報告を上げた。
「こちらもだ、……もう本陣が近い。一気に叩き込みたいが気配はどうだ」
 "黙契の陣"を通して流れてくる声音は平素と変わらず。先陣を切って戦っているはずの青銀の真導士には、まだまだ余裕がありそうだ。
 耳鳴りが響く中、かたかたという不快な音が混ざっている。胸やけのような予感だけが、喉元にわだかまっていた。
 邪魔な音を掻き分けて、遠くにある凍える真力を追う。
 ほぼ島の中心にある、あの人の気配。
 その気配を取り囲むように配されている弱々しい気配。そして、三つのまだ慣れない気配。弱々しい気配の数は減る一方。開戦直後、百以上はあると思えていたのに。いまとなっては十しか残っていない。
 弱々しい光の下で、何かが詰め込まれているよくない気配が眠っていた。
 バトが言う本陣とは、あれのことなのだろうか。
「バトさんの近くに十の気配があります。すべて片生ですが……、彼らの足元によくないものがあります。動いてはいない……眠っている。けれど、近づいて欲しくありません」
 輝尚石から笑う音だけが響いた。
 表情は窺えなくとも、冷徹な笑いを浮かべているバトが脳裏に浮かぶ。
「まったくいい嗅覚をしている……。ご褒美でもくれてやろうか」
 褒められているような、貶されているような……。犬扱いだから貶されていると思うべきだろう。
 大気を深く吸い込もうと顔を上げた。開放された気道を、潮の風が通っていく。耳鳴りは止んでいない。けれど、そこまで強く叫んでもいない。
 自分の勘を信じて夜空を見上げた。
 黒く青く澄んだ夜の世界。手を伸ばせばつかめそうな星達が、強く煌めいている。
 数多ある星の中、際立って輝く二つの星が見えた。寄り添いながら光を放つ星の姿に、心が奪われそうになる。
 夜空を見上げている間にも、島の中にある輝きがを失われていくのを感じる。
 あちらはもうすぐ終わりそうだ、しかしこちらは――。

 悲鳴のような耳鳴りが起こった。
 自分の考えと共振するかのような危機の報せに、歯を食いしばって耐える。
 どこ。
 どこから来る。
 島からの光は絶えて久しい。海の中かと思って気配を探ってみた。しかし、害意の影はどこにもなかった。
 忙しなく海と夜空を探しまわって、その気配を視界に捕える。
 船の真上に、転送の光が生まれている。
 渡ってくる気配の出所は、船首と船尾と……自分の、真上。

(見つかった――!)

「上を!」
 震える警告が、彼らに届いてくれることを切に願う。
 自分を白の膜で包もうとしたその時、次の気配を捕まえてしまった。
 船尾に集中して渡ってくる害意の気配。ローグ達の真上に、十以上の片生が舞い降りようとしている予兆を視た。
 視界を幻影が乗っ取ろうとする。
 やさしい友が、大切な人が、血に濡れて倒れている光景。"翼"を失った自分の泣き叫ぶ姿。

 ――サキ
 真円を描き。

 ―― 一緒だな
 真力を注ぎ。

 ――ちゃんと重なった
 精霊を呼んで。

 ――そうだろう
 真術を……


「放て!」


 終末を思わせるような炎の雨が、船に降り注ぐ。反発を示す、明滅する白と。すべてを打ち砕こうとする害意の赤。
 白と赤の乱舞は、真夜中の海の上で輝き、弾けて、混ざり、鮮やかに散っていく。
 まるで夜空に舞っている星達が、一か所で踊り狂っているかのような一幕。
 惨烈な光景は、あっという間に終わりを迎えた。
 船の上にたくさんの白い花。



 奇跡の真導士達の倒れ伏している姿を、夜空に煌めく星々は――ただ静かに見つめていた。

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