蒼天のかけら  第七章  旋廻の地


日の当たらない場所


「……いま、何とおっしゃられましたか?」

 冗談じゃない。
 何故、このような処断をされなければならないのか。理不尽さで顔が熱い。
「伝えた通りだ。これは慧師のお言葉である。本日をもって、アナベル、ジョーイ両名との相棒を解消とする。お前には慧師より三カ月の猶予を与えられている。新たな相棒を己自身で見つけ、その者と共に中央棟に参れ。相棒の登録を済ませてから、任務復帰の手筈を整えよう。――相棒を見つけられなかった場合は、外の任務に着くことは許可できん。内勤の枠から適した職を与えよう」
 冗談じゃない。
 内勤の高士となれと言うのか。それでは出世の道が遠のくではないか!
 正師への道も。令師への道も。外の任務で功を上げた者から優先的に開かれる。内勤でも抜擢されることもあるとは聞いたが、細すぎる道だ。
「何故、何ゆえでしょうか? ……先日の任務も無事完遂いたしました! どうしてこのような処断を下されなければならない!!」
「セルゲイ高士、口を慎まれるがいい。慧師の命令は絶対だ。異論や反論は認められない。確かにお伝え申したぞ。後は自身の力をもって、道を切り開かれるがよかろう」
 家にやってきたばかりの男は、それだけを言い置き、転送の気配を出して消えていった。

 身動き一つ取れなかった。
 数か月前まで、目の前に広がっていた輝かしい未来が。いまこの瞬間に塞がれてしまった。
(何故だ!)
 アナベルか。あの女が裏切ったのか。
 何かと反発ばかりを繰り返す、小生意気な女だと思ってはいた。しかし、まさかこのような姦計をするとは。
 ……いや待て。そうなるとジョーイも怪しい。
 あいつは無駄な取り柄があった。古文書が読めると内勤に回されて、己だけ出世の道が閉ざされたと思ったのだ。八つ当たりも甚だしい。悪だくみなどしないというような顔をしておきながら、狡いことを仕掛ける男だったのだ。アナベルよりはまともだと評価していたのが仇となった。

 むしゃくしゃとした感情を、床に転がっていた箱にぶつけた。蹴り飛ばされた箱から雑多な小物が吐き出され、居間に散らばっていく。アナベルの荷物だ。いいや、残していった塵だ。
 帰ってきておかしいとは思っていた。アナベルが置いていた私物も、ジョーイの荷物も綺麗さっぱり失せている。
 裏切り者の二人は処断を知っていて、自分が出掛けている最中にどこかへと移動したのだ。
 何ということだ! あいつらを、一時でも相棒と呼んだのが悔やまれる。
 駆け巡る怒りと羞恥を、居間のすべてにぶつける。
 不快な音と、破片にまみれた居間で、ぜいぜいと息をした。
 慧師に直談判したのか。ジョーイの奴め、内勤という立場を利用して、慧師に近しい人間に取り入ったのか?

(――いや)

 待てよ。
 あの二人の心根の悪さは、もはや疑う余地もない。
 だがしかし、あの二人に慧師を動かすような力はないだろう。相棒を組んでいたのだ。あいつらの実力が大したことないのは知っている。
(まさか……)
 まさか、あの男か?
 あの男ならば、慧師の心を動かすことができる。
(あいつだ! あいつがこのような屈辱を与えたのだ!!)
 侮辱をするだけでは飽き足らず、人の道を潰そうとするなど、何と醜悪な男なのだ。そうか、自身に相棒がいないから。相棒を持ち、輝かしい力と未来を持っている身が羨ましく、恐ろしく思えたのだろう。
 あの男は、島での活躍を見ていた。隠されていた実力に、いつか自分の特権が奪われると恐怖したに違いない。
 身勝手な。自身の特権を守るためとは言え、身勝手過ぎる話だ。

(許さん……!)

 床に散らばる小物の中から、濃い青の小瓶を見つけ。盛大に蹴り飛ばす。
 壁に当たって散っていった破片を見て、必ず同じ目に合わせてやると決意をした。






「そうか、失敗してしまったか……」
 同士からの報告を、残念な心地で受け取った。
 女神の願いを完遂するための道は、長く険しいものだ。
「何、次の機会を待てばいい。我々の結束が崩れない限り。そして宿命を正しく歩んでいる限り、女神は常にご覧になられているだろう」
 許しの感謝を紡ぐ同士に、笑顔を向ける。
 自分の同士達。彼らは女神に導かれたかけがえのない仲間だ。
 祝福を受けたこの九人で、女神の意志を貫くのだ。一度や二度の失敗が何だと言うのだろうか。
 聖なる祭壇の前で、祈りを捧げた。
「同士よ、これを……」
 祈りを捧げる己に、同士の一人から短剣が差し出された。銀の刃に鮮血の跡が見える。
「これは……?」
「あの娘の血です。これで女神の願いが叶えられませんか」
 わずかでも早く、女神の願いに応えようとする同士の心に打たれ。決死の思いで得たであろうそれを受け取った。

 真力を秘めた若き娘の血を、祭壇に捧げよ――。

 下された天啓に従い、短剣を両手で掲げてから祭壇に置いた。
 聖なる間に響き渡る、力強い咆哮。咆哮が響いたと同時、巨大な気配が場に迸り、巡っていった。
「おお!」
 力の解放を感じ、歓喜の声が上がる。
 祭壇から、件の娘の血が陽炎のようにゆらめき、大気に溶けている。すべてが溶け切ってからしばらく後。力強い咆哮が止んだ。
 残念ながら、完全な解放には至らなかったようだ。
「同士達よ、見たか! やはりあの娘だ。あの娘の血により邪悪を掃う力が蘇る。女神のため、この地に広がる邪悪を掃うため。一刻も早くあの娘を連れて来るのだ!」

 あの娘を――サキという娘の血を、祭壇に捧げる。
 さすれば新たな力を手に入れられる。
 女神の憂いを掃うがための力。それはまさしく、正義と呼ぶに相応しい力だ。

「女神の意志は……。天の加護は我らにあり! 母なるパルシュナのため、犠牲を厭うてはならない。宿命の歩みを止めるな。我らの道を突き進もう」

 女神の息吹は、我らの後ろから吹いているのだから。

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