蒼天のかけら  第七章  旋廻の地


どちらへ


「な……っ」
 角の仮面の発言に、ディアは言葉を喪失してしまっていた。

「何を驚く。出して欲しいのだろう?」
 角の仮面は重ねて言う。
 右手の短剣を握ったまま、微動だにせずに二人の目の前に立ち続ける。
「……謀には、乗らないわ」
「謀などはしていない。出して欲しいと言うならば、そこから出してやろう」
 きらきらと輝く不気味な仮面の奥に、金の表情よりも不気味な何かがただよっている。自分には、そのようにしか思えなかった。
 会話が途切れたことを確認した仮面達が、ぞろりと動いた。
 ディアと一緒に、檻の中を後退する。
「……来ないで。来ないでよ!!」
 規則正しく動く仮面達。
 ディアが、強く恐怖を叫ぶ。
 仮面の中の一人が檻の鍵を開け、ディアの腕をつかみ。檻の中から引き出そうとする。
「ディア!」
 手を伸ばし、彼女の腕を引っ張る。
 無駄だと叫ぶ頭の声を黙殺しながら、両腕でディアをつかんで引く。
 仮面の一人が邪魔をするなと言う。腹立たしくて、笑顔の奥にあるだろう瞳をきつく睨みつけた。
「お前は檻にいろ……」
 何重にも重なった声音。
 仮面越しに言葉を発する、自身を消した誰か。
 次の瞬間には真術で弾き飛ばされ、檻に肩を打ちつけていた。腕を離してしまったと慌てて追うが、檻の出口は無情にも塞がれた。
 ディアと自分の間に、埋められない距離が開いていく。
 葡萄色の髪を振り乱して抵抗するディア。両腕を捉えた二人の仮面が、角の仮面の方へと彼女を引きずって歩く。
 待ち構える者の手に握られた、銀色に輝く刃物。
 その光を見て、ざっと音を立てて血が下がっていった。

 捧げられる――。

 夢を彷彿とさせる光景。
 大いに焦り、そして言葉の限りに叫んだ。
 交錯する夢と現実。もはやどちらを見ているのか、わからなくなりかけていた。
 満ちる悲鳴。逃れられぬ凶刃への恐怖と、地の底から響き渡る咆哮。塗り重ねられ続ける世界に、逆らって手を伸ばす。

 力が欲しい。
 真導士になったというのに、自分は何も成せないのか。望む力は与えられず、呪縛となる力だけを有する自分。
 否定しても否定しても、隙間から顔をのぞかせる負の感情がある。
 できることなど、不吉な気配を覚ることくらい。
 あまりに、無意味な力だ。
 そのくせ、不吉は決して自分を避けて通ってはくれない。確実に自分を。相棒を。友人達を巻き込んで走り抜けていく。
 不吉と……そして試練を。引き寄せるだけ引き寄せておいて、身に降りかかる火の粉を掃ってはくれない。
 誰を幸せにするでもない。誰を救えるでもない。危機から遠ざけることすらできない。
 疎ましく、憎たらしい力。
 "落ちこぼれ"と。
 "役立たず"と言われても当然だ。
 だって、ほら。
 逃れようと必死になっているディアを、かばうできない。
 知っている。
 この先に行われることを。
 自分だけは知っているのだ。待ち受けている残忍な儀式の……その顛末を。

「やめて――、ディアにひどいことをしないでください!」

 幾度となく味わった苦痛。
 血泡を吹き、激痛と恐怖の中、ただただ嘆き悲しむだけの時間。
 現実にしてなるものか。いや、夢のできごとは過去の現実。繰り返してなるものかというのが正しいのだろう。
 過去の時間は変えられない。
 この地に刻まれた過去の悲劇も、いまさら変えることはできない。

 それでも、いまここはサガノトスだ。真導士の里――"第三の地 サガノトス"なのだ。
 唯一の繋がりを持つ場所。
 自分の大切な、自分にとって唯一の『帰るべき場所』。
 守りたい、と思う。
 この場所で流れる時間を、悲劇に染めたくないと思う。
 これは欲だ。自分の我儘だ。自分だけが持つ、身勝手な願望だ。身勝手な自分は、強欲でかまわないと決めた。自分に繋がる大切なすべてを、二度と失わないと……そう決めてしまった。
 勝手なディア。自分のことが嫌いなディアだって、大切な同期の仲間だ。
 騒がしいサガノトスの時間を紡ぐ、導士の娘だ。

(失うわけには、いかない!)

 真眼を見開いた。
 帰ってきた白く輝く世界と、耳をつんざくような悲鳴。激しい耳鳴り――。
 深呼吸を一つ。
 眼差しに力を込めて、ディアの足元に真円を描く。視界の端で、紅玉がいっそう鮮やかに染まり、光を反射していた。
「放て!」
 白が展開する。
 ディアを覆うようにして編んだ"守護の陣"。
 驚きの表情で固まってしまったディア。彼女は紅玉をこぼして落としてしまいそうなほどに、目を開いていた。
 守護が自分の意志を汲み。彼女を拘束していた仮面達を、真円の外へと弾いて飛ばす。
 ざわめき、殺気立つ笑顔の仮面達。
 その下にいるのは導士だ。男女の区別もつかない彼らは、真眼さえ開ければ気配を辿れると思っていた。
 学舎で、喫茶室で、道ですれ違ったことくらいはあるだろう。いったい誰が自分を狙っていたのか、その答えを感じ取ってみせようと、額に集中をした。
 しかし、これは――。

(気配が……視えない?)

 あまりに空虚な気配。
 金の仮面達からは、真導士が有している真力の気配を。……個人個人が有しているはずの、その特徴が感じられなかった。そう、角を生やした仮面からさえも、真力の気配がつかめない。
 おかしい。
 ギャスパルの舎弟達と揉み合った時も、この仮面達は確実に真術を展開していたはず。
 ならば、真力を有しているはず。
 しかし、彼らの周囲からは真力の気配が一切しないのだ。真導士は、それぞれが有している気配の特色が違う。もしかしたら、角の仮面の"共鳴"を受けているのかとも思った。けれども角の仮面からも気配がしないのだ。
 これは"共鳴"ではないだろう。

(いったい……?)

「サキ!」
 鋭い叫びがして、金に視線を戻す。
 角の仮面の横に立つ金が、構えている。引き絞られた弓と先端で輝く矢じりが見え。視界がそれを捉えたと同時、自分に目がけて放たれた。

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