蒼天のかけら  第八章  因果の獄


運命の扉


 「じゃあ、後で」と挨拶を交わし、友人宅の扉を閉めた。

 急いで道に戻り、待たせていた相棒と合流する。
 完全にぬかるんだ道を、二人並んで足早に歩く。
 道には一筋の光。
 淡くこぼれる青白い光の道を、真っ直ぐに歩いていく。
 きっと嫌がるだろうと思っていたのに、予想に反して彼女は着いてきてくれた。
 やっぱり彼女は頼りになる。いい相棒を持ったもんだと、フードの下で笑みを浮かべる。
「ねえ、レニー。どうして着いてきたのか聞いてもいい?」
「何を呑気なこと言っているの。お友達の一大事でしょ」
 ぴしゃりと言われて、肩を竦めた。
「オレ、まだよくわかってないんだけど……。任務中の行方不明って、内勤の高士が大勢出張るほどのことか」
 並んで歩いている相棒の藍色の目が、前方を見据えたまま細められた。
「そうよ、わかってないだろうけど大事なの。最悪の場合、慧師が出張ってくるほどの大事よ。だから腹を括りなさい。のんびりしたこと抜かしたら、ただじゃおかないから」
 おお、怖い……。
 いつも以上に勢いづいた叱咤が、現状の悪さをこれでもかと伝えてくれる。
「慧師まで出て来るって、導士一人の捜索に?」
「導士だとか、高士だとかは関係ないのよ。真導士が一人失踪したってことは、里だけじゃなくて国全体の危機なの」
 儚い琥珀の友人の行方が、国をもゆるがす大事件だと相棒は言う。
 切迫したレアノア表情を目の当たりにしても、いまいち飲み込みづらいものがあった。
 確かにオレ達にとっては大事だし、心配でならない事態だ。でも何故、国の危機だとかまで大きく話が飛ぶのか。
 どうやらオレの鈍さに気づいてくれたらしいレアノアが、話を細かく砕いてくれた。
「真導士っていうのはね。一人が一個大隊に匹敵するほどの力があると言われている。もちろん、真導士の力量差何て考慮されていない話だけどね。均したら、そのくらいだろうってこと。だから、真導士一人が居なくなったってことは、一個大隊が誰の管理下にもおかれていないってこと。つまり、いつどこで戦端を開くかもわからない状況に等しいのよ」
「戦端を開くったって……。サキちゃんは天水だ。兵力に換算すること自体おかしくないか」
「だーかーら、おおよそだって言っているでしょう。実際は、一個大隊より強力な真導士なんてごろごろいるし、わかりやすくするための指標よ。そのくらい、真導士の所在というものは、神経を尖らせて管理するものなの」
 相棒の説明に、うんうんと肯いておく。
 いまの説明でわからなかったら怒るわよって顔しているから、うんを一つ多くしておいた。
「でもまさか、導士を高士の任務に引っ張り出すなんて、無謀が過ぎるわ……」
 柳眉がぎりぎりと吊り上がる。
 それを見届けて、自分も前方の道に視線を戻した。

 キクリ正師から聞かされた話は、あまりにも腹立たしい内容だった。
 事の発端は、外勤の高士の任務。
 ドルトラントの片隅に、とある領主が治める土地がある。悪名ばかりが耳に入る、そんな領主だということだった。領主が治める土地には、高い塔が立てられていて。国からの依頼で、塔の内部を調査することになっていたという。
 悪名高い領主に逆らった者や、罪状すら定かではない者達が捕えられている……牢獄の塔。
 外勤の高士達は、その塔への潜入調査を任務として負っていたらしい。
 けれど、高士達は思わぬ障壁にぶち当たることになる。
 その塔は、真導士の侵入ができない造りとなっていたとか、そんな理由だ。
 さすがは悪名高き領主と言うべきか。いつか国の依頼を受けた真導士が、調査にやってくると見越していたらしい。
 塔の入口という入口に、真力を感知する真術が埋め込まれていたんだとか。

 これには高士達も手を焼いた。真力を枯渇させて侵入という案もあったらしいが、塔に埋め込まれている真術が、現在の値ではなく、真力の最大値を計るものだと判明したため、この案はあえなく却下されたということだった。
 次に彼らが捜したのは、真力の総量を誤魔化す真術。
 これはあるにはあったらしい。研究途中で大きな効果は狙えない。それでも、二つ目を一つ目に落とすくらいの効果はある。
 よし行けると意気込んだのもつかの間。彼らは次の障壁にぶち当たったのだ。
 高士の中にいる一つ目の真力を持つ者に、件の真術を施した術具を装着させてみたところ。どうあがいても選定線以下にならない。つまり、その真術をもってしても真導士の身分を偽れなかったんだとか。
 真導士の大半は、二つ目以上の真力を有している。一つ目というのは真導士の中で言えば、却ってめずらしい存在だ。その一つ目の中で、最も真力が低い者に試させても線を越せなかった。
 ここでお手上げとなってくれればよかった。
 そうすれば、こんな事態に陥ることはなかったんだ。

 困難な任務を抱えた彼らは、四方八方に連絡をして、よい方法はないかと尋ね歩いていた。
 そこに報せが届いたのだ。
 今年の導士の中に、選定線に丁度重なるくらいの、低い真力を持つ者がいると。
 任務地に送り届けておくから、後は好きに使えとの連絡を受け。高士達は彼女を……塔に潜入させた。

 ひどい話だ。
 何も聞かされていなかったサキちゃんは、混乱したまま塔に潜入させられてしまった。
 連絡用の輝尚石一つを渡されて。
 誰が彼女を送り出したかは、調査中だと言っていた。
 キクリ正師は、本当に悔しそうで……とても辛そうだった。

 そうやって強制的に任務に就かされたサキちゃんは、塔の中で行方不明となった。
 経緯はいまもわかっていない。
 連絡を受ける役の高士は、塔から少し離れた場所に潜んでいた。内部の構造や、兵力の調査が済めば、すぐに彼女を救出する手立てになっていたらしい。
 しかし待てども待てども、塔の中の彼女からは一向に連絡がこない。
 訝しんだ高士が様子を見に行った時には、すでに彼女の姿がなかった。
 彼女どころか塔の中に配備されていた兵も。捕えられていたはずの囚人も。誰一人見当たらなかったという。
 代わりに。
 彼女が捕えられていた牢屋には、夥しいほどの真力が残されていた。
 そこから、推察できる事象は……たった一つだった。

「レニー、"暴発"って天水でも起こせるものか……」
「起こせるわ。真導士なら誰でも起こす力を有している」
「でも……、でも"暴発"は、燠火が起こすっていう話じゃなかったか?」
 座学で得た知識を掘り起こし、何とか否定を試みる。
 とても信じたくはなかった。
「燠火が起こすんじゃないの。燠火が起こしやすいの。燠火は真力の質自体が荒いから、そう言われている。でも、真導士なら誰でも起こせるわ。真力を火薬にして起爆するのが"暴発"……。起爆する要因があれば、天水でも蠱惑でも正鵠でも起こせる。"暴走"だって誰でも起こす可能性があるのよ。だったら"暴発"だって同じことでしょう」
 ぎゅっと口を引き結んだ。

 あんまりだ。
 こんなの、ひど過ぎる。
 彼女が何をしたって言うんだ。そこまでの仕打ちをされなければならなかったのか。
 女神よ、貴女は何をご覧になられているのか。

 道に描かれた光に沿って歩く。
 青白い光の道は、ゆがみも迷いもない様子で描かれている。
 光に沿って角を曲がる。
 そこは通い慣れた道だった。角を曲がれば、奥まった場所に一軒の家。
 ひっそりと佇む、友人番の家がある。
 光の道は、すっと伸びて彼らの家に通っている。

 行けと。
 ここだと。
 オレを導いている。

「レニー、オレどうしたらいいかな……」
 光を進みながら弱音を吐いた。
 友人達の置かれている現状は、あまりに酷で――。
 とても自分一人では負いきれない。
「腹を括れって言ったでしょう。ここまで来たら成るようにしか成らないわよ」
 ぴしゃりと言い切る彼女は、もうそれ以上何も言うつもりがない様子だ。

 ああ、もう……。
 こうなったら行くしかないか。

 そう思って、友人宅の扉の前に立った時。景色の中に違和感を感じた。
 馴染みのある景色に、馴染みのない塚が見えた。
 サキちゃんの部屋の方に立っている一本の木。その木の下に、こんもりと盛られた土と埋葬を表す花。そして、白の獣が愛用していた餌入れが置かれている。
 儚い琥珀の友人が、この子は干し肉が好物なのだと教えてくれたことがあった。その時、彼女の手にあった白い平皿。いまその皿には雨が溜まっている。供えられていた干し肉は、ずぶぬれの水浸し。この家に訪れた悲劇を思って、しばし立ち竦む。

 決意が折れそうだった。だが、ここまできて帰るわけにいくかと奮い立つ。
 深呼吸を一つして、右手に扉を叩く形を作る。
 ぎこちない右手の反対側。左手はしっかりポケットの中だ。
 キクリ正師から渡された品と使命を、ぐっと強く握り締めて。眼前にある運命の扉を叩いた。

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