蒼天のかけら 第九章 暗流の青史
雛の奮闘
「ヤクス、転がれ!」
んなこと言われても。
頭の中で絶叫しつつ、近くの木に向かって転がった。
「諦めてくれないねー」
「そのようだ。気に入られていてよかったじゃないか、厄介者」
「うれしくない……」
人が悪そうに笑うローグの面は、すでに泥を被っている。せっかくの色男が台無しだ。人のことを笑うからいけない。サキちゃんに泣かれても知らないからな。
「チャドの読みが当たってたみたいだ」
「ああ。こちらの作戦も上手くはまった」
「長期戦になる。クルトとブラウンに抑えろって言うか」
「いや、いい。クルトなら最後まで持つだろう。ブラウンは潰される前に全力でいきたいと言っていた。配分は本人が一番わかっている」
ほんと、燠火は好戦的だ。
舎弟四人組なんて、初日はあんなにがちがちになっていたのに。いまではすっかり戦いに慣れてしまった。
蠱惑の三人は、それぞれに特色のある戦い方をしている。
クルトは派手に見せる真術が好きなようで、燠火の真術に幻影を掛けまくっている。かたやチャドは小さく見せて隙を狙っているらしく、クルトとは真逆の戦術をとっている。
ジェダスは二人より癖がきつい。
ものすごく真っ当な真術を選んだかと思えば、全然関係ない真術を挟んでいる。正直、敵にしたら厄介な相手だと思う。
ここまでは絶好調。
昨日に比べたら格段にいい状況。けれども決定的な場面は作れていない。
「なー、そろそろ何か浮かんだか」
ローグがバト高士を見上げた。いまはチャドとフォルが組んで戦っている。
「……もう少し、時間が欲しい」
病を懲らしめるのと一緒で、まずじっくり確認。
幸い、お兄さんは手加減をして戦ってくれている。見ればわかる。片生との戦闘では、もっとど派手な真術を使っていた。クルトはそのことにも腹を立てているようだけど。意外や意外。ローグは腹を立てる素振りもない。
「手加減してくれている間に何とかしてくれよ」
「もちろん。いまが稼ぎ時だからな」
手加減は油断。油断は隙の内。
ローグはそう考えている。ジェダスとは違った意味で頭が回るカルデス商人は、いまこうしている時も決してバト高士から目を離さない。
昨日の作戦会議で、ローグが後回しになる理由にも仮説が出ていた。これは皆が少し思っていたこと。
ローグとバト高士は似ている。
同じ燠火。高い真力。戦術の立て方。瓜二つとまで言ったら言い過ぎだ。でも、どことなく似ている。当のローグも否定できないくらいには似ているんだ。
だからローグの動きは完全に読まれている。バト高士も読めていると知っているから、ローグを後回しにしている。
自分に対する侮りに憤るでもなく、ローグは全員の意見を集めた。
何が似ている。どう似ている。
言葉を尽くし、似ていると思う部分を全部出しても、まだ物足りなさそうにしていた。いまもまだ、物足りなさを払拭できずにいるらしい。
掻き集めて何をしようとしているか。隠し事が多い友人は、人の悪い顔をするばかり。
「時間切れになれば最初から練り直しだ。試したいことがあるなら全員が潰れる前にしてくれ」
それでもこいつなら、何かをしてくれそうに思う。
「わかっている」
そうだろ、我らが首席殿。
ちょろちょろと小ざかしい雛に旋風を見舞う。
小ざかしいは小ざかしいが、動きが昨日までと違う。どうやら――
(……少しは頭を使うようになったか)
飛ばしても、飛ばしても戻ってくる雛の世話は骨が折れる。
派手に散らしてやろうかと距離を取ることにした。あえて樹木を縫いつつ飛び、奴等の視界から逸れる場所へと移動する。適当なところで気配を隠し、気力の調整を行う。
不思議なものだ。
昨日まで確かに感じていた苛立ちと血臭が、薄れて消えかけている。
青々と茂った樹木を一瞥する。どうしたことか。煩わしいと感じていた季節の巡りが。サガノトスの夏の景色が、懐かしいと感じた。
「ご休憩ですかな」
緑から白が現れた。嫌な気配の消し方をする男だ。
名なら知っている。正師に任じられる以前から、中央で名が上がっていたはずだ。
「慧師の気まぐれに付き合うのも、一苦労ゆえ」
里の最高責任者になったかつての同期は、時折、理解の及ばない道を選ぶ。
迷惑この上ない。
慧師に抜擢されたと聞くこの男も、それなりに曲者だろう。
「雛の世話は任せると申したはず。何故こちらにけしかける」
「今年の雛は元気がいいのです。少ない正師だけで相手するのも限界がありましてな。……サキは元気にしておりますか」
「姦しい、とだけ伝えよう」
脳裏で甲高い遠吠えがした。
吠え癖だけは早めにと考えていたのだが、手付かずのままだ。
「はて、サキはおとなしい雛なのですがね」
「それが事実なれば、あと十は正師を増やすよう慧師に進言するべきだ」
フードの下で男が破顔する。その表情にも懐かしさを覚えた。
そうか、この正師は……。
「慧師に進言する際は、真っ先に推薦させていただきましょう」
「冗談にしては笑えぬ」
「冗談ではありませんから、そうでしょうな」
面倒なことに、手駒にも悪癖が受け継がれているようだ。用意した反論は、出す直前に口内で霧散させた。
気が変わった。
下らぬ応酬を続けるよりこれが一番効くだろう。
「似ておられるな」
案の定。
言葉を途切れさせた男は、フードを深く被りなおし、顔を影で覆った。
「……お、きたな」
近づいてくる複数の気配を受け取る。余計な会話で時間を食われた。
どうもこの正師、世話好きなところもよく似ているらしい。