蒼天のかけら 第十章 晦冥の牙
正体
合流は案外と簡単にできた。
むろん黙契があったから。そして二人が正しく地下通路を通ってきたからだ。
「ユーリ!」
「サキちゃんっ」
鼻の赤い彼女の姿を認めて抱きついた。
無事を信じていることと、無事を知ることはこんなにも違う。
「よかった……。無事で」
うん、うん、と鼻声で返す彼女の身体は、心配なほど冷えている。痛ましくて背中を擦らずにはいられなかった。
「よく迷わずに抜けてきた」
驚きだと言ったティートーンに、赤毛の友人は当然だろと答える。
「黙契が飛んできた方向に近づけばいいんだ。入り口から見ても、神殿はこっち側だしな」
「ほう。お前、意外と機転がきく。はしっこいのも利点だ。町の仕込みがいいのか」
抱き合っていた自分達の横で、空を裂くような鋭い音がした。
棒先が、ティートーンの喉元に当てられている。
「嫌だねえ、若いのは血の気が多い」
「高士だろうが理由にはならねえ。いくら理不尽でも守らなきゃいけないもんがあるんだ」
ユーリの肩が少しゆれた。
幼馴染を見守る彼女の目にも、クルトと同じような煩悶が見えている。
「……安心しろ。ガルヤの事情は知っている。サガノトスは国王のみならず、各地の領主とも深い繋がりがある。もちろんガルヤの巫女ともだ」
二人の表情が、一瞬で変わる。
事情を知らない自分は、驚きから取り残される。
「中立にして孤高。言うのは容易いが実際ともなると面倒事が多い。それを上手く立ち回っているのが上層。……ま、心配はいらんよ。里もガルヤとのいざこざを望みやしない」
喉元に当てられていた棒が、ゆるゆると下ろされた。
「これ以上はオレの口から言えん。お前さんにも事情があるだろう。とはいえ、こっちの事情も汲んでくれ。その内、自分の身に返ってくるさ」
三人で顔を見合わせた。
曖昧な言葉が真実なのか。確かめようにも術がない。
奇妙な説得力を持った発言にどこまで信を置くか、大変悩ましい。
「さあて、帰るとしよう。いい加減気づかれているだろうから、ぼさっとしていられん。お嬢ちゃん」
「は、はい」
「どうだ」
短い質疑。砕けた口調に緊迫が混じっていた。
「さっきと同じです。在りますが動いていません」
「いまの内だな。行くぞ」
歩き出したティートーンに続く。自分とユーリが中を歩き、クルトが後方を守る形でつく。
湿った大気があふれているというのに、喉が乾いている。
灰泥が差し入れた水は、飲む気が起きず口をつけなかった。唇が引き攣れていて、いまにも切れて血が出てきそうだった。
古びた通路では、白楼岩の光だけが頼りとなっている。乾きにまとわりつかれながら、暗い場所は苦手なのにと人事のように考えていた。
(……在るけど、動いていない)
先ほどの言葉は近いと思った。
思い出せそうで、ずっと引っかかり続けている。
(在る。違う、そうではなく。繋がれている? ……違う、これも違う)
もっと息苦しい感じだ。
狭い場所に押し込められているような。
(いつ)
あれはいつのことだった?
どこで誰と話していたのだったか。同じように暗い。そう、まるで夜のように。
(瓶の中に、詰め込まれているような――)
全身が総毛だった。
やっと、思い出した。
「ティートーン高士、走りましょう!」
一度だけ視線を絡ませた後、呼吸を合わせたように全員が走り出す。
「変化があったのか?」
走りつつ、自分の横につけてきたティートーンは、口早に問う。
「思い出したのです! 以前も似たような気配に触れたことがあって。あの時は島が、爆発しました!」
「船の実習か!?」とクルトががなった。
咎めることもせずに、謎多き高士は後ろ側のポケットから別の輝尚石を取り出した。
「――至急。予定変更だ。いますぐに作戦を開始せよ」
言い終わるや、クルトのところまで下がり。また別の指示をする。
「小僧、前を行け。ここからはお前が先導しろ。オレは別の任務がある」
「おっさん! あんた、救援がいるのを隠してたな!?」
「大人には色々あるんだ。地図をくれてやる。神殿に着いたら中央棟へ向かえ」
地図と、まだ隠し持っていたらしい輝尚石が、赤毛の友人の手に渡る。
「全員、真眼を開け。金糸雀のお嬢ちゃんを落とすなよ。お前と相棒の命綱だと思え。誉れ高きガルヤの民なら、娘二人ぐらい守り抜いてみせろ」
最後まで人を鳥扱いした高士は、隠匿の布地を外し、転送で消えた。
「っち。嫌なおっさんだ。あんだけの真力を隠してやがって!」
忌々しげに吐き捨てたクルトは、転びそうになったユーリの手をつかみ、先頭へ踊り出た。
「サキ! まだ走れるかっ」
「大丈夫です、でも!」
真眼を開いて取り戻した白い世界。
一面の白の向こうに、気づかなかったのが不思議なくらいの邪悪が在る。
「――――来ます!」
一足飛びに越えてきた気配は、真上に集中した。クルトの咆哮と共に、輝尚石が展開される。
強く鋭い真力が満ちた白の中で、自分達の足はついに止まってしまった。