蒼天のかけら  第十一章  神籬の遺跡


途切れた日


 強い風が出てきた。
 もう夜だ。

 今日は早かったなと思った。
 食事の支度は、旦那さんにまかせている。飾り付けを手伝っておあげと言われたから、一日中お人形の飾りを縫っていた。
 リグ様と呼ばれているお人形は、他の子達と比べて大きくきれいな作りをしていた。
 着せる小物も多いから、お婆さん達では飾り付けが辛いのだそう。
 お婆さん達ができないなら村でできるのは自分だけ。だからせっせと飾ってあげて、ようやく完成した。
 かちこちになった肩を、縮めたり伸ばしたりしてゆっくり解す。それから首を回し、周囲の装飾に目をやった。
 明日はお祭り。
 小さく静かな村で行われる、年にたった一度のお祭りだ。
 そして、自分が成人する日でもある。
 明日から大人だよと言われても、あまり実感が湧かないなと思っている。
「サキや、できたのかい?」
 隣で繕い物をしていたクレタお婆さんに聞かれる。
「はい」
 返事をして、リグ様を見せる。
 ほとんど目が見えないクレタお婆さんは、よいしょと言いながらリグ様を手に取り、最後の確認をしてくれた。
「よく縫えているね。きれいにしてもらってリグ様も喜んでいるようだわ」
 褒められた。
 クレタお婆さんは村一番の裁縫名人だ。名人の太鼓判が出たなら、リグ様を休ませてあげられる。
 次は小さなお人形だ。一気に仕上げてしまおうと子供の一人を手にした時、外から声が聞こえてきた。
 聞いたこともないような大きな叫びが上がっている。

「――火事だ、お山が燃えているぞお!」



 目を開く。
 木目の天井を見て、窓掛けを見ても、まだどこにいるのか判然としなかった。
 恐る恐る右手を動かし、お腹の上にあるぬくもりを探す。寝床の中で、丸くなっているかわいい子の感触があった。
 ああ……、と吐息が出た。
 夢だった。
 ただの夢。すっかり見ることがなくなっていたけれど本来の夢。
 誰のものでもない、自分の過去を映した普通の夢だ。

 村が燃えて、消えてしまったあの日。

 一生忘れないだろうと思っていたあの日の出来事が、ひどく遠い。
 里に来てからの出来事が鮮やか過ぎて、古い絵のようにくすんできてしまっている。
 寝床でむくりと起き上がった。
 朝もまだ早い。
 寝惚けながら丸まっているジュジュを寝床に下ろし、掛け布を被せてあげる。ちょっとの間だけもぞもぞと動いて、すぐに治まった。
 床に足を下ろし、少し悩んで内履きの方に足を差し入れた。ひんやりと冷たい内履きが、夏の旅立ちを伝えてくる。
 涼しい季節がやってきた。朝はもう寒いくらいだ。
 ミルクでもあたためようかと居間に向かう。
 そして居間に入ってから思い出す。ミルクは切らしていた。仕方ないから白湯にしよう。
 静かな朝に、足音が響く。
 食卓を抜けて、炊事場の入口まできて足を止めた。
 彼の部屋の扉を見る。じっと見てからさらに奥の気配を透かし視る。どんなに見開いても、海の気配はさっぱりと消えていた。
 恋しい黒髪の相棒は、今日も順調に行方不明者となっていた。

 白湯を手に食卓に座ってぼんやりと考え事をする。
 行方不明病。
 誰が言い出したか思い出せないけれど、友人達と一緒につけた彼の病名。
 朝も早い時刻からいなくなり、朝食に合わせて戻ってくる。その後、一緒に学舎へ行って、昼食を共にしてからまた消える。
 次に戻ってくるのは夕食の頃合。まれに夜中の帰宅もあったりするから行動の把握が難しい。

 ならばと思い、夜通し起きていたことがある。
 朝、家を出たローグの後を追い、どこに行っているのか突き止めようとしてみたのだ。
 眠い目をこすってがんばってみたのだが、結果として見失ってしまった。
 湖に向かったところまではよかった。
 気配も視えていたし、姿もあった。
 モンテレオ湖に到着した彼は、きょろきょろと周囲を見渡し、怪しい動きをしていた。真眼を閉じつつ怪しい動きを見ていたら、彼は湖に飛び込んでしまったのだ。
 それこそ驚きの速さで、あっという間に対岸へと泳ぎ着き、そこで真眼を閉じて足跡を消した。
 完全に出し抜かれた自分は、眠気と悔しさとを背負い、とぼとぼと家に帰って不貞寝するはめとなった。
 あの日は、実に散々な一日であった。
 その後も幾度か追ってみたけれど、なんだかんだと巻かれてしまい、彼の目的地はわからず仕舞いとなっている。

 先日まであまりにも酷いと頭にきていて。本当のことを言うまでは……と聖都ダール風ばかり作っていた。
 港育ちのカルデス商人にとって、最大の弱点とも言える甘い料理をたんまりと拵え、嫌なら外で食べてくださいと突き放してみたのだ。
 これで改善するだろうという目論みはまんまと外れ。彼は大量の水を飲みつつ辛抱してしまった。
 水と一緒に完食し続けること二日目で、ヤクスが家にやってきた。
 身体に悪いというのが理由だったけれど、このままでは……と思ったのだろう。しかし、ヤクスにしては対処が少し遅かった。
 我慢はとっくに限界を迎えていたのだ。
 恋人なのに。相棒なのに。何で隠し事をするのか。ローグは誤解されているから危険なのに、どうして行方をくらますのか。
 心配しないとでも思っているのか。心配させているのに、何とも思わないのか。
 我慢の糸を切った自分は、人目があるにも関わらず号泣してしまった。
 付き添ってきていたレアノアが「新しい女のところにでも通っているの?」などど言ってくれたものだから、号泣が悪化してしまい。最後は頭痛を起こして寝込むことになった。

 寝込んでいる間に、どのような話し合いが持たれたのかは知らない。
 正直言って頭が割れそうに痛んでいたので、それどころではなかった。
 きっとヤクスに、こってり油を絞られたのだろう。しゅんとした気配を出しながら、ローグが部屋に入ってきたのは"闇の鐘"が鳴った後のこと。
 その時、彼はこう言った。
「もう少しだけ、待っていてくれ」
 いまは何も言えない。
 でも、区切りがついたら本当のことを話す。だから泣かないで待っていて欲しい。

 真摯に言われた上、頭痛も相まって全部が億劫になってしまい、彼の願いを承諾した。
 いまになって、あとちょっと粘ってみればよかったかもと思っている。



 あれからもう何日も経つ。
 友人達もかなり追及をしたようだけれど、彼は頑なに口を噤み続けている。
 ふうっと息を出した時、間違えて白湯をこぼしてしまった。
 いけないと思えども動く気分になれず、ぼんやりと食卓にできた水溜りを見る。
 ばらばらと散ってしまった水達の中。偶然にも、人の形のようになっているものがある。一人ぼっちで寂しそうだったから、ほんの気まぐれで指を動かした。
 大きな水溜りから水路を引いて、寂しい人の隣に形を作る。
 二人目の人は上手いこと描けた。興がのって三人目に着手したけれど、何だか面白くなくなり途中で止める。
 落書きなんて、いまさら子供っぽいことをして……と。自分の行いを恥ずかしく感じた。

 布巾を取ってこよう。
 それから朝食を作って学舎に行く準備をしよう。気持ちを切り替えるべく、食卓から立ち上がる。
 寂しさを訴えている気持ちを宥めすかし、用事を作って動きはじめることにした。

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