蒼天のかけら  第十一章  神籬の遺跡


補修


 中央に置かれている水晶が、里の景色を映している。
 場所は高士地区の林。
 付近には肩幅程度の"真穴"がある。極小とはいえ"真穴"。日に一度は、異変の確認を行うよう定められていた場所だ。
 舞台裏にきて、初めてわかる仕掛けがある。
 表からでは見つけ辛い。裏に回って、なるほどそうかと理解する。
 女は言う。
 人は思っている以上に頭が悪い、と。

 完全はあり得ない。
 完璧は存在しない。
 どこにでも隙間がある。隙間を縫って渡っていけば、やりようはいくらでもある。

 目的はいまだ謎に包まれている。
 しかしながら、今回の目標は伝えられた。目標を伝えられると同時に、此度の役回りについて指示が出た。
 これには不服があった。
 不服だったが、首領が決めたと言われれば従うより他はない。

「ドミニク、見事な手腕だ」
 ジーノが並んだ水晶を見て、まず感想を出した。
 この男は表情があれども感情が薄い。人形めいた男が真術の質を確かめ、自身の翼に輝尚石を渡す。
「必要な経路に仕掛けは入れてある。此度の目標からでも言葉は運べる。かの者との連絡はこちらを使え」
「蠱惑が二人いると楽ね。安心して留守を任せられるわ」
 フィオラの言を受け、雛上がりの気配が歪む。
 何ゆえとは思う。
 此度の目標は、それこそ最優先にすべきだ。それで何ゆえこの雛上がりを連れて行くのか。
 長年の番が下す判断は、理解に苦しむことが多い。
「さて、これでしばらく里とはお別れだ。忘れ物はないか、フィオラ」
「嫌ね、貴方っていつもそればかり。一度だってしたことはないわよ」
「そうだったかな。……セルゲイ、君はいいかい」
「もちろんです、ジーノさん」
 確認を終え、男が開幕を宣言する。
「――さあ、はじめようか」






「ほんとに、どこ行ってるんだろうねー……」
 座学が終わり、喫茶室で集合した。
 ついさっき"三の鐘"が鳴ったから、彼らがくるまで結構な時間がある。

 今日は家の補修が入る予定で、"四の鐘"が鳴り終わるまで帰れない。
 普段ならキクリ正師が知らぬ内にやってくれるけれど、今日の補修は特別なものなのだとか。
 何がどう特別なのかまでは知らない。窓掛けを上げるとか、輝尚石のランプは外しておくとか諸注意の連絡だけがきた。
 ヤクスがこっそり確認した話によると、どうも例の霧がらみの補修らしい。そういう話ならばと乗り気でなかったお嬢様も誘い、皆で喫茶室に陣取っている。

「わかりません」
 最近は溜息ばかりが出る。今日はすでに五回も出している。
 幸せが逃げるとティピアに言われたけれど、どうにも止められなくて困ってしまう。
「放っておけばいいわ。男は追うものじゃなくてよ」
 優雅な仕草でお茶を飲んでいるレアノアは、座っているだけで華がある。
「そう言われましても」
「もう、溜息吐いている暇があれば、よその男の近くで舞ってきなさいよ。きっと飛んで帰ってくるわ」
「……レニー、それはまずいよ。ついでに負傷者が出るから」
 絶対に駄目だとヤクスに釘を刺され。また一つ、幸せが逃げて行くことになる。
「まあまあ……。ローグレスト殿のことです。考えての行動でしょうし明日から一旦は落ち着きます。帰ってきたら話す気分になるかもしれませんよ」
 ジェダスに言われ、そうかもと気分を持ち直した。

 明日から合同実習が行われるらしい。
 数日間に渡って、導士全員で参加する恒例行事。
 毎年、秋に行われるという。引率の高士が何日か前から現地入りし、受け入れ準備していると聞いた。任務内容は例によって現地で伝達される。
 気が重いなと思っているのは自分だけではないだろう。
 実習にはあまりいい思い出がない。
 かといって休むわけにもいかず、家の補修が終わったら準備をする必要がある。
 帰ったら輝尚石を籠めなくては。
 近頃はローグの持ち出しが多くて、籠めても籠めてもなくなってしまう。……彼は一体、どこで何をしているのだろう。

 たわいない話をしているだけで時間はどんどん過ぎていき、そろそろ"三の鐘の部"の彼らがやってくるのではと思った時。
 それは突然やってきた。
 一瞬、落雷が起こったのかと思った。けれど雨の気配どころか雲の存在もなく、もちろん音も一切しなかった。
 目を焼き潰すような光が、里全体を照らしていったのみ。
 喫茶室中で悲鳴が上がる。
 驚きが反響している中、自分達の卓だけが水を打ったような静けさに包まれていた。
 誰も何も言えないまま、次の行動について思案する。
 里を走り抜けていった光から、霧の気配が匂っていた。色紐に籠められていたのと同じ気配は、常に特徴が喪失されており。ひたすらに警戒するという消極的な対処しか取れずにいた。
 だかしかし、いまの光には特徴が強く残っていた。そしてそれは、触れたことがある気配だったのだ。
「いまのは……」
 ジェダスが最後まで言わず、言葉を濁した。
 少なくともいまは口にできない。強固な禁則がいまだ根底に敷かれている。あの実習であったことは一部の例外を除き、口に出すことを許されていないのだ。

 一度家に帰ろうと言い出したのはヤクスだ。
 補修どころじゃない。とにかく安全な場所に移動しようという提案は、すぐに受け入れられた。

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