蒼天のかけら  第十一章  神籬の遺跡


困りもの


 引率の高士に輝尚石を渡したら、けっと言われた。
 無事に持ってきたら、それはそれで気に食わないらしい。

 気分は斜めになったけれど、急いでヤクスの姿を探す。しかし探すまでもなく、こちらの様子に気がついて向かってきている途中だった。
 やってきた長身の友人は、ディアの具合を診て表情を強張らせる。そして、すぐさま休ませたい旨を申し出た。
 だがしかし、この願いは理由もなく却下された。皆して腹を立てながらも、日影に横たえて休ませることにする。
 決して仲がいいとは言えない同期達も、この対応には憤った。
 集団での抗議が開始されるや否や、高士から叱責が飛ぶ。今度は「導士が許可なく口を聞くな」と。
 二重規範もいいところだと、雛達の憤りが悪化する。林から抜けてきた者達も加わり、場がどんどん荒れていく。そして、ついでとばかりに輝尚石の数にも文句が出ている。
 いつもならイクサが集団をまとめ、場を治めたことだろう。だが彼は、相棒の世話に集中している。
 荒れてきた場からローグと共に離れ、友人達を呼んだ。
 声が届き、友人達が集団からそっと離れる。離れた直後、ギャスパル達の煽りがはじまった。高士を煽り、同期を煽る言葉は、絶妙な間をもって投下される。
 ついに我慢を切らした高士が、集団に向かって雷の真術を放った。下がれと一喝も出たけれど男達が立ち上がり、また抗議の輪を形成していく。
 だが、娘達は座り込んだまま。泣き声も漏れてきており、とても実習を続けられる雰囲気ではなくなった。



 しばらくして「双方、離れなさい」との声がしてきた。様子を見ていた周囲の高士が、呼びに走ってくれたのだろう。
 騒動は大急ぎでやってきた二人の正師により、きっちりと幕を下ろされた。
 まずは雛達をと思ったのか。大荒れとなっている高士を残し、自分達だけ陣営へと移動させられた。
 胸に煙たいものを抱えつつ、列を乱さぬよう歩いていく。

 導士用の陣営には、境界線を示すように幕が張られていた。
 神鳥の絵柄がついた純白の幕からは、キクリ正師の気配がしている。修行場と同じ気配。これも結界の真術だろう。
 ここから先は安全だと言ってもらえているようで、身体のこわばりが自然と抜けた。
 ディアの体調が悪化していたこともあり、まずは"二の鐘の部"から幕に入る。
 陣営は真術で構築されている四階建ての建物。基礎は家と同じ樫の木だ。こちらもキクリ正師が構築したものだろう。
 誰よりも先に、ディアを抱えたイクサが建物に入っていった。しばらく経ってから、二人を送り届けたキクリ正師が戻ってきて、ようやく説明がはじまる。

「諸君、まだ早い時刻だが今日の実習は終わりだ。施設の説明を行うので静かに」
 わざとらしい仰々しさで言うので、そこかしこから忍び笑いが出る。
 ほぐれた気配を確認した正師は、いつも通りの笑顔を出して建物を指し示した。
「本日より、実習の終了までこの施設で宿泊をする。……といっても、急なことで連泊の準備などしてきていないだろう。そんな諸君らのために、陣営の扉から各々の家に戻れるよう真術を展開してある」
 わっと上がった歓声。
 満足げに一つ頷いた正師が、人差し指を口にあて雛の鳴き声を抑える。
「扉は先着順だ。すでに誰かの家に通じている場合は、扉の取っ手が金になっている。気に入った扉が金の場合は、銀の取っ手を探して入りなさい。はっきり言って差などないから喧嘩はするな。施設には、すばらしいことに懲罰房もついている。入りたい者がいれば遠慮せずに申告しなさい」
 再び、方々で忍び笑いが出る。
 ゆるゆるにほぐれた大気の中で、四階建ての建物の説明が続く。
 一階には食堂と倉庫が入っている。二階は"二の鐘の部"。三階は"三の鐘の部"が使用する。四階には大人気の懲罰房と正師達の宿泊場所。そして会議室がある。
「何かあれば遠慮せずに私の部屋まで来るように。私とナナバ正師の扉には名札をかけている。間違えて会議室の扉を開けてはならん。今回の実習には多数の高士が参加している。下手に入室したら大目玉だ。急いでいても確認だけは怠らないよう。それから、急病人が出た場合だが……」
 正師の視線が一点に定まった。
 そこに立つのは、頭一つ飛び出ている長身の友人。
「さすがに医者の同行はない。しかし、案ずるな。我々には腕の確かな大先生がついている。……ということで、ヤクスを呼びに行くように」
 キクリ正師の言葉を聞いて、情けない声を出した大先生に笑いが集中する。
「ヤクスで駄目なら、里へ移送する。さて、ヤクス。お前には黙契と名札を渡しておこう」
「正師、重荷ですよー」
「しっかりせぬか。同期の命がかかっているゆえなくすなよ」
 渡された輝尚石と名札を、困り顔で受け取った長身の友人。名札には「ヤクス医院」と彫られていた。

 一通りの説明が終わり、各々が二階へと上がる。最後の方に上がった自分達は、階段から一番遠い扉を選ぶことになった。
 隣にはジェダスとティピアの、向かいには大先生の部屋があるので安心である。
「家と通じているから、鐘の音も聞こえるそうですよ」
「便利でいい。明日は"二の鐘"が鳴ったら集合だったな」
「はい。"一の鐘"から食堂は開いているそうです。食材の配布もあるのは助かりましたね」
「まったくだ。実習中、ずっと胸焼けに悩まされるかと思っていた」
 ティピアと二人でくすくすと笑う。
 しかし、レアノアは不参加だ。何せご機嫌がそうとう悪い。ムイ正師の怒りもかくやといった様相である。
「……あれで実習のつもりかしら? 気分が悪いわ」
 まあまあとヤクスが宥めているけれど、気高い怒りは燃え続けている。
「明日の朝、皆で集まりましょうか。実習中の動き方を相談しておいた方がいいかと」
 ジェダスの意見は、全員が望むところでもあった。
「食事を終えたら、俺達の家に集まってくれ」
「わかりました。皆さんには僕から伝えておきます」
 では明日と、各々が扉の向こうに消えていく。

「あ、サキちゃん」
 家に入ろうとした時、ヤクスから呼び止めがきた。
「悪いけど、夕食の後に同行してもらえないかな」
「構いませんけれど、どこへ?」
 聞けば、人懐こい笑顔で言う。
「ディアちゃんの診察」
 むっとなったのにも関わらず、ヤクスはよろしくねと扉の向こうに消えた。
 最近のヤクスは変に押しが強い。カルデス商人の悪影響のような気がしてならない。
 家の中からくつくつと聞こえてきて、余計に気分が悪くなる。けれどもヤクスの頼みなら受けるしかない。かの大先生には自分が一番お世話になっている。むうっとなったまま居間に入り、考えが閃いた。
 さっそく長椅子でくつろいでいるローグに、恋人らしくおねだりをしてみる。
「ローグも一緒に来てくださいね」
 俺もかと笑いを引っ込めた恋人に、微笑みを贈る。
「来てくれたら、明日は揚げ芋をつけますから」
 ね、と言って炊事場に退避した。
 遠くで抗議しているようにも聞こえたけれど、流水を出して皿洗いをはじめる。

 困りましたね。
 流水を使っているとあまり聞こえないのです。

 心でうそぶいて、水仕事に没頭する。
 番の絆は強いという。楽しいことも辛いことも、面倒なことだって一緒にするべきである。
 しばらく抗議が続いたけれど、放っておいたら静かになった。
 食事の匂いが届いたからだ。
 わざわざ甘い味付けの料理から着手した甲斐があった。匂いに誘われてとことこと足元にやってきたジュジュに、作戦成功ですねと語りかける。

 いきなりのことで困惑したらしいジュジュは「全然わからないよ」とばかりに、一つだけ鳴いた。

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