蒼天のかけら  第十一章  神籬の遺跡


先行き不明


 迎えた翌朝。
 微妙な顔の列を見て、本当に大丈夫かと不安になった。

 ディアは部屋で休んでいるから、今日はイクサだけが実習に参加する。
 仏頂面で固定されているローグはもとより。ヤクスとジェダス以外の男達は、どうにもやり辛そうな顔となっている。
 気まずいというか、絡みづらい……だろうか。
 内心と同じになっているだろう気配が、もやもやとただよっている。
 燠火の四人の気配はこれまた露骨で、戸惑いが蠢き続けている。彼等自身が抵抗していないせいか四人はローグの影響が強い。常時、無意識に"共鳴"している風の四人は、彼とまったく同じ表情のまま立ち尽くしていた。
 イクサもイクサで困ったように眉を下げている。
 友人達の困惑は気配を探らずとも明白。歓迎とはいい難い様相だ。
 それでも「よろしく」と挨拶をしたのは、隣に立つ大先生の存在が大きかっただろう。
 何せ触らぬヤクス大先生は、文句は言わせないという気配をばら撒いている。お嬢様相棒ですらお手上げよと言っているから、もはや止める者はいない。
 そんなこんなで動揺の混乱和えとなった自分達であったが、周囲の混乱はこれで収まらなかった。
 対立まではいかなくとも、ローグとイクサが共闘しないことは周知の事実。それが一晩を境にひっくり返されてしまったのだ。
 あのイクサがついにギャスパル達と対立した。もしくは、首席殿がイクサと方針を共にした。
 こそこそと聞こえてくる声が、頬やら額やらに当たって痛痒い。

 陣営前に集合してからこっち、少しずつ気力を削られている。
 整えたくとも視線が多過ぎて難しい。娘三人で固まって男達を盾にしつつ正師の到着を待つ。
 首を縮めながらこっそり周囲を窺っていたら、よりによってギャスパルとエドガーの視線を捉えてしまい、大急ぎで顔を正面に戻す。問題の二人は揃って苦々しい顔で睨んできている。
 彼らはイクサがローグの下についたと思ったのだろう。ギャスパル達の様子からして、今日の実習は昨日よりも荒れかねない。ぜひとも用心しようと心に決める。
 二人の正師はほどなくしてあらわれた。

 キクリ正師が静かにと合図をし、導士達が嘴(くちばし)を閉じた。
 こほんと空咳をした正師は、隅々にまで届く声で語る。まず最初に伝えられたのは引率高士の交代だった。
 娘達から歓声が上がりかけたため、ナナバ正師が叱って大人しくさせる。
 声の単調さが冷たい印象を強く刻んだ。
 かつて夢で視た姿はかけらも残っていない。その事実がどうにも物悲しかった。
 雛達の不満と混乱を少しでも減らそうとしているのだろう。いつもなら引率の高士から伝達される今日の実習内容が、正師の口から伝えられる。そこまでするなら、正師達がずっと引率をしてくれればいいのにと思ってしまう。
 けれども、抱いた願いは叶わないことなのだ。
 導士を引率させるのは高士側の訓練でもある。
 里で承認されている部隊は数少ない。そのせいで所属を持たない高士の割合は多い。ほとんどが番での活動を基本としているが、集団での活動もあるにはある。
 だが突然、集団での行動を求められても得てして難しい……という諸事情により、実習が組まれている。
 「ああ、嫌だな」という本音を引きずり、親鳥の後について行進する。
 行進して向かった本陣では、まるで嫌な気分を助長するように高士達の間で口論がされていた。
 この時のキクリ正師の表情は何とも言えないものだった。即座に待機の指示を出し、ナナバ正師と仲裁に入る。



「正師、大変そうです……」
 言えば黒髪の相棒は、仏頂面のまま同意だけしてきた。
 待機と言われ最初の内は緊張を残していたけれど、やっぱり徐々にだらけてくる。そうこうする内に座り出す者が生まれ。高士達の口論が長引くにつれ人数を増やし。最後には全員が地べたに腰を下ろした。
「早く帰りたいねー」
 ユーリがうんざりしながら言って、ギャスパル達をちらりと見る。
 彼らは移動中もずっとこちらを睨んでいた。いまも変わらず視線が感じられているので、隙を生まないよう全員が真眼を開いている。
「様子が変ですね……」
 高士達を眺め、ジェダスが心配そうな口ぶりで言う。
「変って、何がだよ」
 座ってしまったがゆえに、眠気が増したのだろう。半目になっているクルトが聞く。
「いえ、口論の様子がね。いくら実習とはいえ任務があるはずです。それにしては動きが鈍い。……でも、動きが鈍い割に大人数ですし」
「人数が多いから揉めてるんじゃないっすか?」
「どうでしょう……。人数が多いなら準備にも時間をかけるのではないかと」
 ジェダスの言葉を受けてだろう。ローグとイクサが同時に口を開き、変な間が生まれた。
 きっと同じようなことを言おうとしたのだ。本人達もそうと認識して、余計気まずくなってしまったに違いない。
 罰の悪そうな顔が、感情を正しく物語っている。
「……確かにね。正師から実習内容は伝えられたけど、まだ任務内容が下りてきていない。普通は任務内容に沿って実習が決まるはずだから、おかしいと言えばおかしいね」
 へそを曲げて貝になってしまったローグに代わり、イクサが言う。
 ジェダスとヤクスが頷き、全員が揉めている集団を見やった。

 本陣前では、十人ほどの高士が輪になって口論を続けている。
 昨日の引率高士の姿もあり、嫌な気分が戻ってくる。正師達の努力も虚しく、口論が激化してきているように思えた。
 距離があるので聞き辛いけれど「責任者」という単語が繰り返されている。
 じっと耳をすませていたら、どうも任務の責任者が決まっていないという話が見えてきた。辞退という言葉もあるので、責任者が辞退してしまったのだとも察した。
 言葉は、任務の指揮。誰がやると続いていく。責任を擦りつけ合うような口論だ。
 どろどろとした口論は、聞いているだけで辛いものがある。
 もういっそ今日も中止にして欲しいと考えた時、見慣れぬローブが自分達の眼前を通過した。

 つい、黒髪の相棒のローブを握ってしまった。
 危険の兆候などなくても、刻まれた恐怖は身体を動かすもの。ふいに緊張を走らせた自分と友人達を、イクサが不思議そうに見ている。
 見慣れぬローブは正師達の説明にも含まれていなかった。
 丈からして高士には違いない。違いないだろうけども異色と言えた。口論の輪を遠巻きに見ていた高士達からもざわめきが起きる。ざわめきと視線をかき分けて、異色の真導士達が口論の輪へ向かっていく。
 その数、八名。
 不揃いな仮面で顔を隠しているから人相は不明。
 仮面の真導士達の存在に、正師達が気づく。気づいた途端、二人の表情が抜け落ちたようにも見えた。

「責任者は何処か」
 フードに入れられた金の刺繍が、日の光を弾いてきつい輝きを出している。
 高士の一人が曖昧に答えて、正師達の顔色をそっと窺った。
「……再度、お聞きしよう。責任者は何処か。此度の実習について問い合わせたい旨がある」
「責任者は不在である。問い合わせなれば私が受けよう」
 前に出たのはナナバ正師だ。
 輪になっていた高士達から安堵の吐息が漏れた。正師相手ならばと思ったのだろう。
 しかしナナバ正師の後ろで、キクリ正師が表情を固めている。二人の正師の表情は、安堵から遠く離れたところにあった。
「不在とは」
「任務地に赴いている。呼び戻すことは不可能ゆえ、私が代わって対応しよう」
 風が通り抜けた。
 砂埃が舞って、視界をわずかに鈍らせる。
「実習責任者は正師ではありますまい。某は責任者との対話を希望している。此度の任務の有様について問い合わせたい。必要であれば任務地に赴こう。所在をお教えいただけますかな」
「任務に関わる事項ゆえ、口外致しかねる。言伝なれば承ろう。遠慮せず申されるがいい」
 頑なな返答は、拒否と受け取られてもおかしくはない。

「……伝えずとも結構。我々は任務と実習の中止について、勧告に参った」
 キクリ正師の表情が、厳しいものに変わる。
「昨日より様子を見させてもらっていた。結論から言わせていただこう。此度の実習には学びの要素もなく、雛で憂さを晴らすような行いがあった。協定により、"第三の地 サガノトス"に限っては慧師の権限と自治を認めている。だが慧師の真円を一歩でも出れば、そこはドルトラント。国王陛下の御許にて醜悪な行いが成される。……由々しきことである」
 輪の中にいた昨日の引率高士の顔から、血の色が消える。
 いい気味だと素直に思えないのは、親鳥達の顔に険しいものが浮いているからだ。乗り気ではなかった実習だけれど、想像もしていなかった方角から暗雲がただよってきたようである。
「自らの同胞にすら血が通った行いができぬというなら、民への対応は想像するに余りある。辺境ならと思っておられるならば考えを改められよ。数の大小ではない。民がそこにいるという事実こそが重要。そなた達には任務を遂行する技量も、民への配慮を行う器も見受けられぬ。即刻陣営を放棄し、里へ帰還するよう勧告いたす」
 言い切った金の真導士が、手を上げて合図を出した。

 合図と同時に描かれた真円。
 導士全員がすっぽりと囲まれ、娘達から悲鳴が上がった。
「雛達には手出し無用に願おう。貴官らの権限を超越する。即刻真円を弾き、解放しなさい」
 キクリ正師が強く宣言し、真術を展開している三人に向かう。
 しかし、控えていた二人が正師の進路を塞いだ。正師より位が低いはずの金の真導士達は、言葉に従う様子もない。
 彼らが親鳥とは敵対的なことを確認し、真円の中で雛達が暴れる。
 思い思いに攻撃を繰り出し、真円を突破しようと試みている。されど、展開されている真術はびくともしない。
 諦めずに攻撃を続けているが円はゆがみすら見せず、力強く大地に描かれてたまま。
「……キクリ正師の言葉が聞こえませんでしたかな。導士の処遇については正師に裁量権がある。我々の許可もなく雛達を移動されては困ります」
 ナナバ正師の言葉を受けても、周囲にある真円は弾かれる気配は皆無だった。
 金の真導士達と正師達の交渉が膠着したように思えた時。

 特有の気配をまとった一陣の風が盛大に砂埃を上げながら襲来し、自分達を囲う真円を弾いた。

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