蒼天のかけら  第十一章  神籬の遺跡


総責任者


 ヤクスが「まさか」とつぶやいた。
 つぶやいたのはヤクスだけだった。でも、友人達のほとんどが同じ言葉を胸中に浮かべたことだろう。

「何者か」
 金の真導士から誰何が飛ぶ。
 知らず、ごくりと喉が鳴った。この後の展開が想像ができてしまったのだ。
 数拍の間を置き、きっとくると思っていた舌打ちが砂埃の向こうから聞こえた。
「――名乗る意味でもあるのか」
 不機嫌極まりない声が、周囲を凍りつかせるような真力と一緒に近づいてくる。
 鬱陶しいとでも思ったのだろう。舞っていた砂埃を風で飛ばし、青銀の真導士が姿を見せた。
 「どうしてここに」と疑問をただよわせている友人達。しかし、疑問だけで済んでいるならまだいい方だ。
 バトと接点を持たない同期達の気配は、強烈な真力を受けたせいで完全に怯えてしまっている。泣いていた娘達でさえ、涙を引っ込めてバトを注視している。涙を流す余裕すらも失ってしまったのだろう。
「……貴殿が責任者か」
 質問は、冷笑でもって黙殺された。
「雛いびりを理由に、雛いびりを行うとは。……悪趣味にもほどがある」
 ナナバ正師から小さな咎めが出された。しかし青銀の真導士は受け取りもしない。
 金の真導士達が雛達から離れ、一人歩を進めてきたバトを囲む。
 その隙を縫うように、キクリ正師が雛達の側まで後退してきた。親鳥の背にかばわれて多少の余裕を取り戻したものの、同期達は物音一つ立てずに固まっている。
「責任者ではないようだな。責任者でなければ話す必要もない。退がられよ」
「貴様が退がれ。調査許可は取ってある。文句があるなら国王に直接言えばよかろう」
「何……」
 冷たい気配を感じ、背中に冷や汗が流れる。
 金の真導士達の目的よりも、青銀の真導士の怒りが心配だ。
「貴殿は国王陛下を愚弄するつもりか」
「愚弄しているのはどちらだ。この地への調査許可は国王の名によって保障されている。それを貴様の独断で撤回できるのか」
 金の真導士が、初めて言葉を詰まらせた。
 そして青銀の真導士の口元に冷笑が浮かぶ。弱点を見せた獲物を前にして、気配の温度がさらに下がった。
「必要があれば報告を上げ、裁可を得ればいい。よもや国王の許可を無断で取り消そうと考えてはおるまいな。それこそ忠義のほどが知れるというものだ」
 金の真導士達から、攻撃の意思がほとばしった。
 各々の真眼が見開かれ、まばゆく輝いている。
 キクリ正師が自分達を取り囲み、大きな結界を展開した。二重真円を描き、わずか悩んでから三重にまで補強する。
 もしもの場合を想定したのだろう。
 正師の動きに合わせて守りの中で身構えた。安全だとは思う。思うけれど荒れる気配の中心にバトがいる。
 守りが完全だという保障はない。
 口論の輪は、いつの間にか瓦解していた。
 そこにあるのは金の真導士達によって作られた――矜持の輪。
 ただ一人で矜持を切りつけている青銀の真導士は、囲まれながらも皮肉な笑みを濃くした。
 金の集団をまとめている様子の真導士が、腕を高く掲げる。いまにも振り下ろされそうな右腕を誰もが注目し、息を止めた。
 緊張の糸が強く張られた本陣前。
 耐え難い無音の中、自分の右手を冷えた左手で強く握った。



「――総員、集合!」
 唐突な号令が天から降ってきた。
 号令がかかるや否や、頭上にいくつもの強い気配が生まれる。間隔をきっちり測ったようにあらわれた気配達は、空中で円陣を描き、風と共に降り立つ。
 それと同時に、固唾を呑んで状況を見守っていた周囲の高士達から、歓声のようなものが出された。
 ローブをはためかせて着地した彼等は腕を後ろに組み、金の真導士達を囲んで立つ。揃いのローブの意味は導士でも知っている。知っているからこそ同期達からも声が上がり、ざわめきが生まれた。
 その色に目が吸い寄せられる。
 集中し過ぎたのだろう。くらりと身体が傾き、後ろに立っていた相棒に支えられた。
「気をつけ。休め!」
 号令を出している男は、上空で舞いながら金の集団を見下ろしている。
 逆光になってしまって人相はわからない。けれど揃いとなっている刺繍の色は、日の光の中でくっきりと浮いている。

 剛勇を象徴する赤――見回り部隊だ。

「おいおい、こんないい天気なのに喧嘩か?」
 背中の方から声が聞こえた。
 その声が聞いた覚えのあるものだったから確信を求めて視線を探し、びっくりした表情で口を開けているユーリと目が合った。
 彼女の様子を見やって、さらに確信を深めるべく赤毛の友人を探す。
 残念ながら視線は絡まなかった。しかし、後方からやってくる人物を見て「げっ」と言ったので確信はしっかり深まった。
「やめときなって。喧嘩よりも昼寝の方がいいだろうよ」
 声と足音が円陣に近づいてきた。
 足音の主の背中には、大きく神鳥の刺繍が入れられている。一人だけ派手派手しいローブをまとった人物はキクリ正師に対して片手を上げ、軽い挨拶をした。
「おやまあ、めずらしい……。高貴なご身分の皆様が、どうして任務地なんかにいるんだろうねえ」
 人物が到着すると同時に号令が走り、見回り部隊の円陣が割れる。
 道を得た人物は何のこだわりも見せず、円陣の中心――金の真導士と青銀の真導士の間に入り込む。

「貴殿は何者か」
 またもや飛んできた誰何。
 飄々と現れた人物は、今日の夕食を伝えるかのような口調でこう言った。
「任務の総責任者だ。用があればオレを通してもらおう」
 発言を受けて、クルトから小さな奇声が上がった。
 ユーリもユーリで、手で口を覆った状態のまま呼吸を止めている。自分達の驚きは他の誰とも共有できない。
 だから三人だけで驚いて心臓を騒がせる。伝えようなどありはしない。こんな巡り合わせ、誰が想像できたというのか。
「偽りは通用せぬぞ……」
「偽りなどありはせんよ。背中の神鳥に誓ってもいい。……さて、この任務地でいったい何をしていたのか説明いただこう。雛いびりだとか国王への反意だとか、物騒な話もいいところだ」
 気色ばんだ相手は、やってきた人物に向かって違うと否定をする。
 その人物は勢い込んだ返答に対し、ポケットに手を入れたまま肩を竦めた。
 本当かと言いたそうな動きだった。
「違うならば違う旨の説明をいただこう。確かにここはサガノトスの外。……しかし国王の許可の下、里の陣営が張られている以上は慧師の治めし土地となる」
 ローブの奥から、真力の光が漏れている。
 合わせるように赤の円陣からも真力が漏れた。強い真力が金達を飲み込んで、ゆるく渦を巻いている。
「慧師の支配下にある場所で、荒事を起こさないでもらいたい。場合によっては、あんた方を捕縛せにゃならん」
 金の真導士達から、怯みのような気配が視えた。
「質問があれば、質問状を提出いただこうか。無論、国王陛下の封蝋と署名付きでだ。まさか否やとは申しませんな」
 見回り部隊は総勢二十はいる。
 人数でも不利におかれた彼等に、残された道はたったの一本だけ。
 緊迫の状況は、金の真導士達の退却によって終わりを迎えた。



 金の真導士達が去り、本陣前にようやく平穏が訪れる。
 赤い神鳥を背負った問題の人物は、よりによって青銀の真導士に何がしかを語りかけた挙句、徹底的な拒絶にあっていた。
 内容のほどは知れない。ただ、バトの苛立ちが高まったことだけは確かだ。苛立ちを高めた青銀の真導士はすぐさま赤の円陣から離れ、転送で飛んで姿を消す。
 姿と気配は消えたけれど、たぶん近くにはいるだろう。
 "鼠狩り"と渾名されているバトが"鼠狩り"以外で担う任務と言えば、基本的に自分絡み。
 一応、先日の苦言をいただいてからは大人しくしていたのだけれど……。また、何かやってしまったのだろうか。

 青銀の真導士に拒絶された当の本人はと言えば。どこが面白かったのかひとしきり笑った後、隊員達に「仲良くしてやれ」といい置いて場を去った。
 赤の神鳥と共に去っていった見回り部隊は約半数。
 残りの半数は導士達の方を向き、一列に並んだままとなっている。
 揃えられた列と動きは、導士達の気力を直立させる効果があったようだ。誰が言うでもなく全員が立ち上がり、決められた列に並び直す。
 雛が並んだのを確認したキクリ正師から、実習内容の変更が告げられる。
「諸君。心して聞くように。本日の実習だが、見回り部隊の先輩方から直々に指導いただける運びとなった」
 方々から雛の鳴き声が上がり、キクリ正師がせっせと静めて回る。
 親鳥と雛のやり取りの間中、見回り部隊の隊員達がにやけた笑いを浮かべていた。懐かしいなとも、元気だなとも取れる笑いからは嫌な気配を感じなかったので、ようやく緊張が抜ける。
「手合わせを願うのもよし。真術の実演を願うのもよし。せっかくの機会ゆえ存分に習い、存分に学びなさい」



 急遽はじまった、まともな実習。
 小班に分けられ、隊員に真術の手ほどきを受ける。
 実習は昼を挟みながら夕方まで続けられた。時折、交代もあったけれど、基本的に十名の隊員達で雛の相手をする。
 同期の面々は憧れと、とんがってしまった矜持でもって隊員達に挑んでいく。
 特に"三の鐘の部"は力を入れて実習に取り組んでいた。しかし、全力で向かっていく彼らに対し、隊員達はあからさまに手を抜いて対応する。
 力の差は歴然としていた。
 手合わせを重ねるごとに、"三の鐘の部"でただよっていた優劣へのこだわりが、弱く頼りないものに変化していく。
 尖っていた爪が削られ、丸くなるにつれ。表情からも険しいものがほろほろと落ちて消える。
 矜持と思っていたものが実はおごりだったと気づいた彼ら。その勢いはいつしか日の傾きと足並みを揃え、夜が忍びながらやってきた頃には大地へと倒れ伏していた。
 日が暮れたのを見計らい、親鳥が迎えにくる。
 親鳥の後ろについて陣営へと帰る列からは、常々感じていた慢心の気配がさっぱりと消されていた。
 きれいに澄んだ大気を浴びて、実に清々しい気分で陣営へと戻る。

 陣営前で解散した途端、食堂が満席となった。
 今日は一日中動き回ったから、お腹の空きが早い。ローグと共に家路を急ぎ。昨日の残り物を食べて小腹を満たし、軽めの夕食とした。
 何となく予感があった。
 きっとローグも感じている。その証拠にローブはまだ羽織ったままだ。
 話し合いたいこともあったけれど、手付かずの状態で放っている。
 いまは休息が必要だ。
 この後やってくるであろう高波を乗り越えるために、いまは身体を休めるのが重要なのだと勘が騒ぎ立てている。
 急な方向転換ばかりを続けている合同実習。
 ジェダスが。そしてイクサが不思議に思っていたことへの答えが、じきにもたらされる。
 長椅子でローグと手を繋ぎ、ひたすらに待つ。待ちに徹しながらも実習中に拾い集めた事柄を、頭の中で順番に並べる。

 目的不明の任務。
 責任者の辞退と、高士達の荒みよう。
 見知らぬ金の真導士達と、よく知っている青銀の真導士。そして見回り部隊。

 訪れは前触れもなくやってきた。
 扉から来訪を告げる音がする。
 ふうと息を吐いて立ち上がった黒髪の相棒。読んでいた本にしおりを挟み、脇机に置いてから扉へ赴く。
 広い背中の後について歩き、二人で一緒に来訪者の色を確認する。
 背中越しに見た扉の向こうには、勘が告げていた通り青銀が輝いていた。気配が荒ぶったままのバトは、自分とローグに短い命令を発する。

「ついてこい」

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