蒼天のかけら 第十一章 神籬の遺跡
大隊長と明かされた任務
高い足音が、バトの感情を見事に表している。
船の実習を彷彿とさせる白い背中には、しっかりと怒気が背負われていた。
四階にある六つの部屋。
その内の一つに、大きな気配を視る。
気配が視える部屋の扉を、長い足が蹴飛ばすようにして開けた。
首を竦めた自分とは対照的に、向こう側にいた二人の人影はぴくりともしなかった。
「こらこらお行儀が悪いぞ。懐かしの懲罰房にでも入るつもりか」
片手を上げ、にかりと笑ったのは謎の高士――ティートーン。
バトは親しげな語りかけを無視し、おもむろに椅子の足を蹴って件の人物を床に転がした。
「いってえ! 男の腰は大事なんだ。もっとやさしく扱え」
使い物にならなくなったらどうしてくれると抗議しているが、その口調には笑いが混じっている。
「使えないくらいで丁度いいのでは」
ティートーンの横に立っている男が突き放した。この人のフードにも赤い刺繍が入っている。
声からして上空で号令を出していた隊員だ。
緊張を思い出した身体をかばうように、彼がまず入室した。
「貴様、何ゆえ里の外にいる」
あれと思ったのは自分だけではなかったようで、ローグの気配が興味深そうに動く。
どことなく親しさを感じる口調だったのだ。
「怒るなよ、お上のご命令だ。指令書が届いた以上は、中身がどうあれ言うこと聞かんと出奔扱いさ。部下に追っかけられるのはごめんだからな」
「こちらの台詞です。貴方を捕まえるのは至難の業でしょうからね。新人だらけの中で、仕事を増やさないでください」
ひどい言われようなのにティートーンは腹を抱えて大笑いした。
笑い続ける男を見下ろしているバトの眉間には、険しい皺がくっきりと刻まれている。
「指令書だと」
地の底から出したような冷徹な声。
これに首を竦めたのも、自分一人だけだった。
「ほれ、書いてあるだろ。疑問、質問、苦情、要望は慧師に上げるといい」
胸元から出してひらひらとかざした指令書には、やはり神鳥の透かしが入っていた。
指令書をバトに渡したティートーンが、こちらを見て手を上げる。
「よっ、お嬢ちゃん。元気してたか」
「お久しぶりです」
へどもどな返事をしたら、前方から強い視線が飛んできた。
そうっと見やれば、黒の眼差しが何か言いたげにつり上がっている。これ以上の誤解は絶対にごめんだったので、大急ぎで提出するべき言葉を整えた。
「ティートーン高士です。クルトさんと聖都に下りた時に会いました。救援だとお聞きしていましたけれど――」
整えたつもりの言葉は不完全。
それもそのはずで、自分もこの人の正体を今日はじめて知ったのだ。
「……見回り部隊の方だったのですね」
床に転がっていた身体を起こして椅子にかけ直したティートーンが、自分達にも座るよう薦めてきた。苛立ちを放ち続けている青銀の真導士に「どうしましょう」と視線で問うたら、手近な椅子を示した。
呼ばれた理由も皆目わからない状態だったので、二人して大人しく席に着く。
「何用だ」
不機嫌の固まりとなったバトは、忌々しげに吐き捨てた。
それでもやはり親しみが残っていて、どうにも不思議に感じる。
「作戦会議。ついでに第五部隊の一件。監督不行届もいいところだった。責任者としての詫びは必要だろう」
第五部隊と聞いて、ローグの気配が硬質なものになる。
「責任者といいますと……」
椅子の上で楽な姿勢をとっている相手は、中空からカップを取り出してローグと自分の前に飛ばしてきた。
カップに茶が注がれていく。真円を通して流れ出てきている茶を、息を詰めて見守る。
「第一部隊隊長、および見回り部隊大隊長。……こいつの肩書きだ」
――大隊長。
バトが言うからには事実なのだろう。
まさか見回り部隊の総責任者だったとは。人は見かけによらないものである。
「なるほど……。これでは独裁と言われても当然でしょうね」
カップに口をつけた黒髪の相棒が、ひどく挑発的な言い方をした。ティートーンの横に立っている隊員の表情が変わる。
まずい気配を感じ取って彼を止めようとしたのだけれど、ローグが続きを口にしてしまう。
「見回り部隊は、里の花形。前任者の在任期間は十年を越していたはず。慧師の同期という理由で、実績も少ない若い高士をあてれば不満が出るのもわかります」
唐突に出てきた"同期"という言葉に、驚きと納得が交錯する。
どうりで親しげなわけだと心で頷き、何故ローグが知っているのかと疑問にも思った。
「ほう、これは手厳しい。しかし事実だ。中央棟で調べたか」
「慧師から許可はいただきましたので」
「聞き及んでいる。詫びの印が茶ですまんな。さすがに酒を飲ませるわけにいかん。噛みついて気が済むなら、好きなだけ牙を立ててくれ」
「いえ、十分です。大変失礼いたしました」
意外な早さで退いたローグの顔を、まじまじと見た。
作られた美麗な笑顔に背筋が冷える。……これはまた、腹黒い。
ティートーンもローグを注視している。
本心は気配を読むまでもないだろう。しかし、掘り起こされずに話はそこで終わった。
「――さて、取り急ぎ情報共有だ。確認するが、兄ちゃんとお嬢ちゃんも同席でいいんだな」
驚きのあまり、ついバトの顔を見る。てっきりティートーンが自分達を呼んだのだと思っていた。
「早くはじめろ」
端的な台詞からは意図が読めず、驚きの波紋だけが胸でゆらぐ。
バトの返答に少しだけ眉を上げた大隊長殿だったが、傍らに立つ男にいいぞと促した。
「まずは現状の確認から入ります。今回の任務は古代遺跡の調査。および実習への同行。優先度は同じです」
手元に真円が描かれ、二枚の紙があらわれる。
難解な文字がずらずらと並んでいたため、両の目はさっそく任務を放棄した。
後でローグに読んでもらおう。
「期間は遺跡の調査が完了するまで。任務の対象地となっている遺跡には国の調査も入ったことがなく、一切の資料がありません。危険度を鑑みて、実習地からも外してあります。よって導士達の実習地は、周辺の村落となります」
周辺の村々で、外勤に充てられた際の動き方。そして陣営の敷き方を習うらしい。
ちなみに長期戦となる見込みなので、気力の保ち方の指導も入るとのこと。今回は普通の実習だと胸を撫で下ろした。
ついに明らかとなった任務内容。
秘密にしなければならないような大捕物かとも思っていたけれど。目新しいくらいで秘密にする必要性は一切感じなかった。
真導士であればあり得そうな任務だと言える。
「遺跡の調査には解読部の者があたる予定です。そのため警護等の補佐を行う必要があります」
「相変わらずだねえ、博士さん方は」
「仕方ないでしょう。彼らは外勤の経験も少ない。警護しなければ知識ごと失いかねない。遺跡には古来の"魔獣"がいることも多く、危険なのですよ」
混ぜ返しておきながら「もういい」とばかりに手を振るティートーンを見て、なんだか緊張感が薄い人だなと思う。
「わかってるよ、グレッグ。それで進捗度はどの程度だ」
「十段階で言えば一です」
「なぬ? おいおい、導士が実習地入りする十日前から準備していただろう。まさか、陣を張って終わっていたってのか」
「その通りです」
はあ、まいったねと額に手をやった上司を、男が恨めしげに睨む。
「……遅い。一体、何をやっていた」
凍えた気配が周囲に散った。
バトの怒りに、グレッグと呼ばれた隊員が向き直る。
「無能と言ってしまえれば楽ですが、面倒な事情が発生しています」