蒼天のかけら  第十一章  神籬の遺跡


未踏の遺跡


「遺跡に入れないだあ?」
 グレッグの説明に、ティートーンが素っ頓狂な声を出した。

 今回の目的地である未踏の遺跡。
 国の調査すら入ったことがないのは、それなりに理由があったようだ。
「はい。周辺の捜索を隈なく行い。しかし残念ながら入口らしきものの発見には至らず……とあります。念のため、我が隊の者を派遣しましたが結果は同じです」
 報告の中から同行の高士達への不信が頭を出した。共感したことで、淡々と報告を続ける隊員に小さな親しみを覚えた。
「本当に遺跡はあるんだろうな」
「確実に。行ってみれば遺跡が眠っているのはすぐにわかるそうです。そもそも遺跡全体が巨大な"真穴"の上にあり、何かがあることは以前より知られていました」
「調査が入らなかったってのは嘘で、調査に入れなかった、だな。……前任者の職務返上の原因はこれか。解読部の派遣は?」
「はい、こちらも成果なしです。一部、遺跡らしき壁が露出している箇所があり、調査を行わせたところ結果は不明と」
「何のための解読部だ……」
「壁に古代文字の記述がないのですよ。壁画にも入口に繋がるような情報はありません」
「他に手がかりは」
 いい加減、上司らしい風情を出してきたティートーンの眉根にも、皺が見えてきた。
 男達の会合は難しい。
 任務についての会合ならなおさらで、最後までついていけるかと不安になってくる。
「あるにはあります……」
 はきはきと答えていたグレッグが、ここではじめて言葉を詰まらせた。
「周辺の村落と言っても辺境の地ですので、もとより人の移住が進んでいました。近年は獣や賊の被害も多発しており、民を案じた国王の命で一斉移動が行われたばかり。実習地を設定したのも、村落がすべて無人化しているからです。古くから住む人々が散ってしまったため、手がかりが少なくなっています。捜索の手を伸ばし、ようやく手がかりと思しき人物の発見にいたりました」
 グレッグの報告から、手がかりはその人物が唯一であると理解した。
「これが難点なのです」
「非協力的ということか」
「……はい。遺跡も知らぬ。入口と言われても何もわからぬと」

 沈黙が下りた。
 ティートーンが自身のこめかみに指をあてて、時々叩いている。バトも虚空を眺めて考えにふけっているようだ。居心地の悪くなった場で、疑問を呈するのは難しい。
 聞きたいことがあったけれど、簡単には聞けぬ雰囲気となってしまった。
「一つお聞きしてもよろしいですか」
 重い雰囲気を壊したのは慣れ親しんだ低い声。こんな時でもカルデス商人はお構いなしである。
「真術を使って聞き出すことは」
「不可能だ」
 お構いなしの発言だったせいだろう。いともあっさりと切り捨てられた。
 早々に切り捨てられたのを哀れと思ったのか。致し方ないと気配を出したティートーンが、部下の後を引き取って続ける。
「真術を使えば国と揉める。仮面をした真導士達がいただろう」
 言われて思い出すのは金の刺繍が入ったフードと、それぞれに違う形の仮面をしていた真導士達。
「あれは国側についている真導士だ」
 真導士は中立であらねばならず。国に傾き過ぎても、離れ過ぎてもいけないのだという。特に力の均衡には気をつかっており、国側にも里の真導士を提供することで中立を示しているらしい。
「先般の大移動には国王が関わってきている。そんな土地に真導士の里が調査を申請したんだ。国王への忠義厚い連中なら、首を突っ込んでくるさ」

 そもそも国側に提供される真導士は、貴族や騎士の出がほとんど。
 里か国かと問われれば、国を取る者ばかりが集まっているのだそうで。同じ里の真導士だといっても、考えに大きな隔たりがある。
 そして、彼等自身にも血筋や階級の隔たりがある。任務に支障を来たす可能性を排除するため、あのような仮面をつけているのだそう。
 聞けば聞くほど、ややこしい相手だと気持ちが淀む。

 ティートーンの言に、部下から重々しい同意が出された。
「その通りです。如何ともし難い理由とはいえ、民の心痛はいかばかりかと……。国王陛下がいまだ気にかけておられるらしいのですよ。特に手がかりとなっている人物は高齢でして。発見して早々に、決して手荒な真似はしてくれるなと、釘を刺されたようです」
 バトから盛大な舌打ちが出された。
 いつも通りだなと思い、疲れた頭の緊張がゆるむ。疲れのせいで感覚が変になってきている。
 何も舌打ちで落ち着かなくてもいいではないか。
「つまり、真術は使えないと」
「ああ、使えばすぐにばれる。そんでもって国王を経由して里に苦情が行く。苦情だけで済めばいいけどな、下手すると調査の許可が取り消される」
 言われたことを咀嚼しているのか。
 顎を二度ほど擦って、彼はとんでもないことを言い出した。

「では、里へ帰還するのにもっとも早い手段は、調査許可の取り消しということですね」

 この発言には大隊長殿も驚かされたようで、言葉を失っている。
 グレッグに至っては、口を半開きにして彼を見ていた。
「ローグ、何を言い出すのですか……」
 しかしカルデス商人は一歩を退かず、当然とばかりに持論を展開する。
「そもそもが無茶な話だ。危険度が高い任務地に、統制の取れていない高士連中。あげくに導士五十人の世話。いくらなんでも同時にしようとするのがおかしい」
 場の緊張感をものともせずに、突拍子もないことを大いに語る。
 説得力があるように感じるから、なおのことタチが悪いというもの。
「自白用の輝尚石があるなら、俺が使ってもいい。正師も雛の悪戯ならよく起こると言っていた。導士が仕出かしたことなら、そこまでのお咎めもないだろう。真導士だって国王から見れば民草だからな。よってたかって半人前に処罰を加えようとすれば、温情くらいもらえるさ」
 あまりの言いように、口が塞げなくなった。
 大胆不敵にもほどがある。
「何を言うか! 処罰を逃れられても許可の取り消しとあれば、任務の遂行が不可能となる。里が何年かけて調査許可を取りつけたと思っているのだ」
 グレッグが看過できぬと声を荒げた。
「不可能になった方がいいのでは、と申しております。雛の安全確保も重要任務なのでしょう。巣の中にいた方が圧倒的に安全かと思います。今回は全員で帰還し、改めて許可を得た後、少数精鋭で存分に調査をすればいいでしょう」
 ところが黒髪の相棒は持論を曲げようとしない。
 真っ直ぐ過ぎて、こういう時は心底はらはらさせられる。
「お前っ――!」
「グレッグ」
 部下を目線で制し、大隊長殿が場を掌握する。
 こうしてみると大隊長だと思えるから、自分はとてもお手軽にできている。
「ローグレストだったか。確かにお前の考えも一理ある。一理あるが、事はそう簡単ではないのだ」
 そう言って、ティートーンが真円を描く。
 手元にやってきたのは、またもや難解な文字達の群れ。放棄しそうになった目をどうにか宥め、大きく書かれている文字だけでもとがんばって、あっという間に目を回した。
 ……駄目だ。一文も読めない。
「す、すみません。何と書かれていますか」
 恥ずかしいけれど、しおしおと助けを求めた。
 このままでは文字の群れに負けてしまいそうだ。渋い顔となったグレッグの視線が痛い。余計に恥ずかしさが増したけれど、甘んじて受け入れる。

 しばらくの沈黙の後、斜め前から冷たい救済がやってくる。
「遺跡にまつわる本命の指令書がこちらだ。他の連中が持っているのは表向きのもの。内容が異なっているゆえ他言はするな。存在も部屋を出たら忘れろ」
 冷たい声を耳に入れつつ、横で気配の変化があったので相棒の顔を窺う。さっきよりも張り詰めた表情のローグは、一心不乱に文字を追っていた。
「ドルトラントには未調査の遺跡も、未発見の遺跡も無数にある。古代真術が眠っている遺跡もめずらしくはない。しかし、この遺跡には優先しなければならぬ理由がある」
 斜め前で足を組み、虚空を眺めたままバトが語る。
「里の東側にある遺跡。お前達が"生贄の祭壇"と呼んでいる場所よりも、強大な力が封印されているのだ」
 すっと大気が冷えた。
 青銀の瞳の上で、あの光が強く強く輝いている。
 あくまで現時点では仮説だと強調して、ティートーンがローグの視線を捉えた。
「博士さん方が何年も粘り強く要望を上げてきたのにも、やはり理由がある。ここの遺跡には強大な力が封印されている。しかしだ。いまのところ邪悪の封印は確認されていない。本来の聖地ってもんには、邪悪が封印されることはないんだと。生贄の祭壇が造られるより遥か昔の、ごく純粋な聖地だった可能性が高い。この仮説が正しければ、遺跡には必ずお宝が眠っている」
 宝と復唱したローグ。
 彼が話を飲んだのを確認し頷いたティートーンが、わずかに気配を高ぶらせて言った。
「"神具"と呼ばれるお宝だ。こいつがあれば祭壇に眠る奴さんに、いま以上の封印をかけられるやもしれん。調査の中止、延期は不可能と思え。そして絶対の任務遂行が求められているんだ」



 期限は"風渡りの日"が来る前まで。
 サガノトスの未来が、この任務にかかっている。

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