蒼天のかけら  第十一章  神籬の遺跡


丁々発止


 長い会合が終わり、解放されたのは夜中といって申し分ない時刻だった。

 すでに頭の中は、こんがらがった毛玉状態。
 もはや自力での脱出が不可能だったので、寝床でローグに解してもらっている最中である。
 あたたかい腕を枕にして、しばらくぶりのぬくもりに包まれる。
 話した内容は覚えているようで覚えきれておらず。彼が簡潔にまとめてくれなければ、今夜は指令書の悪夢を見ていただろう。

「四人だけ……」
「ああ、記載があった四人は頭に入れておいた。里の役職名簿までは見ていなかったな。まったく大隊長とは恐れ入る。慧師の近場だけで役職を固めていれば批判だって出る。まあ、あの様子なら承知の上だろう」
 十二年前の導士の生き残り。
 始終腹を立てていたようだけれど、青銀の真導士にとっても信頼に足る人物ということだろうか。
「今回の実習は大事だ。長期戦は覚悟しておこう」
「大事なのでしょうか」
「慧師の腹心が二人も出張ってきている。キクリ正師、ナナバ正師を含めると四人だ。隊長がいるとすれば、日中いた見回り部隊の面々はもちろん第一部隊だろう。里きっての精鋭部隊もお出ましなら、任務遂行まで徹底的にやるだろうさ」
 心に影が忍び込もうとしてきたので、彼の夜着に縋りついた。
「危険ではないですか。サガノトスなら慧師の真円に守られています。けれど、実習地では守りを固めきれない……」
 "森の真導士"も"霧の真導士"も。例の元隊員だって未発見の最中、巣の外に出されてしまった。
 十二年前と同じように、導士達は不満と不安にかられながら日々を過ごしている。いま守りもない場所に放り出されては、それこそ敵の思う壺ではないのか。
「まずは、警戒を怠らないこと。あとは気力を保つ努力だ。あいつらには明日にでも伝えよう」
「はい……」
 ランプの灯りが、わずかに落とされた。
 部屋が暗くなって心細さが増す。
「慧師が博打うちとは知らなかったな」
 呆れ半分の感想を耳に入れ、頬を撫でてきた手を受け入れる。
「博打……?」
「ああ、博打も博打。大博打だ。里の構造を見ても、正師達の兼任ぶりから見ても、慧師の腹心は数が少ない。例の番が潜伏している中で、自身の守りをあえて薄くした」
 里で暗躍する者からしたら、もっとも邪魔な相手は慧師だ。
 その慧師の守りを減らし、遺跡の調査と導士の護衛に配分を回した。
 彼はそう言いたいらしい。
「……下手を打てば頭を取られ、冬を待たずに里が瓦解する。慧師の場合ただの献身ではないだろう。命を差し出して雛を守ると言えば聞こえがいい。だが頭を取られれば、守ろうとしたもの以上の犠牲が出ることもある。自己犠牲やら博愛だけで里の長が務まるとは思えない」
 ゆっくりと頬の上を滑っている手の平から、熱を感じた。
 糸を解されていくのが心地よくて、身体がゆるゆると弛緩していく。
「一気に頭を取りに行くのか。巣の外に出た雛達を襲うつもりなのか。はたまた遺跡にあるというお宝を狙うのか。いまのところは三択だ。奴等からすれば好機。動かない手はないだろう。もちろん里側は罠を張っているし、奴等とて理解しているはず。罠があると知っていて、それでも狙うのはどこか。まったく、餌としてぶら下げられているのは気分が悪い」
 なあ……と、耳に声を落としてくる。
 熱のこもった響きを受けて、背中がぞくりとなる。
 指が夜着の襟に縋る。その動きが彼から満足そうな吐息を引き出した。
「もう、真剣な話をしているのに……」
 文句をつけたら近場で笑いの振動が生まれた。こんなに近くにいると実感が湧いて、恋しさが増す。
「俺も真剣だ。一番美味そうな匂いを出しているのはサキだからな。こっちとしては気が気じゃない。……この局面で慧師が派遣してきたなら大隊長は安全な相手だ。実習の名目もあるから、つかず離れずでいよう。手がかりから協力が得られない内は進捗もないだろう。今回の実習は長引く。気力の保持を優先にするから、サキもそのつもりでいてくれ」
 背中に回ってきた骨ばった手から、ぬくもりを吸う。
「家を配備されたのも、気力を保つためですかね」
「だろう。家が一番落ち着くからな。……でも、一緒に寝るのは実習中だけだぞ」
 うれしくない話が出てきたので、夜着に深く埋もれて目を閉じた。
 一言、二言交わして眠りに落ちる。
 その夜、夢を見た。朝起きた時には忘れてしまった夢の余韻は、懐かしさと寂しさによく似ていた。



 次の日から、間延びしたような実習が延々と続けられることになる。
 座学を行う日もあり。高士の実演を行う日もあり。見回り部隊と高士達との模擬試合を見せられることもあった。
 しかし、一度として任務地に行くことはなく毎日が過ぎる。
 そうやって過ごしていく中で、高士達の名前とだいたいの傾向。そしてグレッグが第一部隊の副隊長であり、ティートーンとは番であることを知った。
 見回り部隊の到着で緊張感を取り戻したにも関わらず、陣の中は荒れ模様を濃くしていく。
 高士達の不仲。任務を進められぬもどかしさ。
 金の真導士達 ―― 通称『光輝隊』の監視。それらによって蓄積された憤怒が、いつしか導士達にも伝染しはじめる。
 乱闘までは発展せずに済んでいるが、口論は日常の光景となった。ギャスパル達はもちろんのこと。他の同期達にも明確な荒みが見えてきたある日、本陣への召集がかかった。



 とてもよく晴れた朝だった。
 まさに小春日和といった大気のおかげで、荒んだ気配がわずかに静められている。
 自分達が着いた時には、見回り部隊を含むすべての高士達が集められていた。もちろん光輝隊も監視目的で集っていて、物々しい雰囲気となっている。
 本陣には、高士達の宿泊施設が分散して建てられていた。距離を置いて建てられている施設に、埋められない溝を感じてしまう。
 施設郡の中央に堅牢な建物がある。
 赤い刺繍の旗が掲げられているので、見回り部隊の施設だろう。
 建物の大扉前には、大隊長殿と副隊長殿がいた。
 視線をつつっと横にずらせば、青銀の真導士が不機嫌そうに腕を組んで立っている。壁を背もたれにして楽な姿勢を取ってはいても、凍えそうな気配を存分に放出しているものだから近くには誰もいない。遠巻きにぽつぽつと立っている高士達も、絶対に気配の主を見ようとはしない。
 怖くてとても見られないのだ。気持ちはよくわかる。
 進捗がないまま時を無駄にしている。そこに苛立っていると思いきや、どうも他の原因がありそうだった。
 そう思ったのは、本陣前に集結して前方に立ち並んでから。もっと正確に言えば、大扉の前に立っている大隊長殿と、光輝隊の真導士との言い争いが聞こえてきてからだ。

「ティートーン殿。ご説明いただきたい。これは一体どういった所業ですかな」
「所業とは言葉が過ぎる。少々誤解があるようだ」
「誤解ですと。この有様のどこに誤解があるのか、弁明があるならば申されよ」
 この有様と指し示された自分達。
 指示されるがままに列を成して並んでいるだけなのに、光輝隊にとってはとんでもない所業であるようだ。
「導士の実習だ。貴官にも覚えがあるだろう」
「どこが実習か! 決して手荒に扱ってくださるなとお願いいたしました。かの翁は、連日の聴取で疲れを見せております。その上、人数で脅しをかけるような真似……誠に許しがたき所業。民を思う国王陛下のお気持ちを、踏みにじられるおつもりか」
「そう、それこそ誤解だと申している。ただ立っているだけだ。手荒に扱いようがない。人数で脅すなど思ってもみないこと。今年は当たり年ゆえ雛の数が多い。たまたま豊作だっただけですので誤解なきよう。民との関わりがある実習は数少ない。雛達には得がたい機会となるだろう」

 光輝隊の隊員は、ティートーンの言い様にいっそう気配を荒らした。
 何しろ言っていることは屁理屈だ。導士の自分ですらわかるなら、光輝隊にだってばれている。

「数の暴力だと申している。実習も結構。しかし、翁の負荷ともなりましょう。せめて数を減らしていただこうか」
「これは無茶をおっしゃられる。何度も言いますがな、今年は豊作ゆえ雛の数が多いのです。数を減らすと簡単に言うが、どう選ぶというのか。合同実習で贔屓が出るのは不公平というもの。貴官は平等という言葉をご存知か」
 大隊長殿の芝居がかった発言を聞いて、見回り部隊の隊員達がにやけている。
 キクリ正師すら、元上司に対して苦笑いを浮かべている。
 複雑な顔をしているのはナナバ正師だけ。十二年前の導士も担当していた正師は、教え子の有様に思うところがあったのだろう。
「口を開けて腹が減ったと鳴く雛に、せっせと餌を運んでいるだけだ。もちろんすべての雛が育ち盛り、餌は平等に与えねばいかん。この雛だけ、あの雛だけとやっていては、飢える雛が出てしまう。一時とはいえ、実習に同行している間は親鳥。親が子を思って何が悪いというのか」

 光輝隊の気配が荒れ狂うと同時に、見回り部隊がどっと笑う。「大隊長に育てられたら嘴から性根が曲がる」と揶揄すら上がった。
 他の高士達からも失笑が出ている。
 その笑いは、光輝隊がやり込められている様を楽しんでいた。よっぽど腹に据えかねていたらしい。

「数の暴力とは心外。雛とはいえ我々の同胞。それを極悪非道な輩のように扱うとは、貴官には兄としての情がない。よくごらんあれ。事実、大人しく立っているだけだろう。うら若き娘もいるというのに何とも粗雑な物言い。同じ男としても情けない。せめてというなら、今宵は詫びの印として花の絨毯でも敷かれてはいかがか」
 丁々発止のお芝居は、ここで終わりを迎えた。
 光輝隊が歯噛みしながら退いたのもあるけれど、遠くから馬車の音が聞こえてきたためだ。
 退きながら「問題があれば、即時中止とさせていただく」と言ったのは、ぎりぎりの矜持だったのだろう。

 退いた光輝隊の背に向かって「あっかんべえ」と舌を出した大隊長殿に、第一部隊から拍手喝采が起こる。
 尊敬されているかは謎だけれど、仲は大変よろしいようである。

Next  >>


Back  |  NovelTop  |  SiteTop
inserted by FC2 system