蒼天のかけら  第十一章  神籬の遺跡


どんでん返し


「間違いはございません。かの導士は大火で郷里を失くし、養い親の言葉に従って単身聖都に出てきたと申しておりました。そもそも当人達が再会を喜び、涙を流し合っているというのに疑うべきことがあるとは思えません」
 愚か者共の相手は、見ているだけで骨が折れる。
 いまさら謀略があったと無意味な主張をして、何を得ようというのか。
「導士の養父にあたる人物ならばサガノトスに招くことも可能。つまりは同胞とも呼ぶべき方です。サガノトスの同胞相手に誰が非道な行いをすると」
「しかし、正師――」
「ご心配には及びません。かの翁の世話は我々がいたしましょう。久方ぶりの再会です。今宵は泊まっていかれるようお伝えしております。空き部屋はいくらでも造れますゆえ、お任せいただきたい」
 不満げな光輝隊を一蹴し出口はあちらと示した正師は、扉の沈黙を確認してから笑顔の面を落とした。

「見事、見事。さっすがキクリ正師ですな!」
「……やめていただけますか、大隊長」
 気持ち悪いと苦情を出した若い正師の横で、世話係が頷いている。
「おいおい、位で言えばお前が上だ。もっと偉そうにしておけ」
 それにしても、と。
 卓に足を乗せた同期が、締まらない顔で言う。
「驚きのどんでん返しだったな。まぐれ当たりもいいところだ」
 まさしく奇想天外の極みだった。
 どのような目を出すかわからぬのは承知していたが、こうまで酷いとは。
「こりゃ、とんでもない勝負になるぞ」
「……勘弁して欲しいですな。予想が立てられない」
 懐かしき顔と声をした男は、あの犬の珍妙さが理解できていない様子。
 無理もないことではある。
「かまわんさ。結果として流れがきた。急流だとしても振り落とされるなよ。これ以上の機会はないと思え」
 部下を叱咤している同期は、締まらない顔のまま抜けた笑いをする。
「一段落したら、お嬢ちゃんごと呼び出すよう手配しておけ」
「はい」
「あ、ついでに兄ちゃんもだ。呼ばないと恨む気質だぞ。絶対に呼べよ」
「……了解しました」
 部下が去ったのを見送った同期は、ローブの下から折れ曲がった報告書を取り出した。他の隊員が持ってきた報告書には、今日までにわかった遺跡の概要が記載されている。
 同じものがもう一枚手元にある。
 いま一度と見る気が起きぬのは、次の逆転劇が想定されるからだ。あの馬鹿犬ならやりかねん。

「大隊長、どうかお手柔らかに願います」
「あん? 何を言うキクリ……じゃねえな、キクリ正師」
「いまはキクリで結構です。サキは、まだ十五の娘。郷里を失った傷心も癒えておりませんでしょう。あまり手荒にしてくださいますな」
「お前まで光輝の阿呆共と、同じことを言うんじゃねえって」
 食卓に乗せていた足を床に下ろしたティートーンが、翡翠を濃くしてかつての部下に向かう。
「雛だと言って、大事に大事に守るのは里の責務。責務とは里の都合のことだ。里の都合が通じる相手でなければ無意味だろうよ。……昔あったことは覚えているよな。お前は里で育ったんだから」
 長い羽の男が目を伏せた。
 出自を思えば、あの時期に里にいてもおかしくはない。
「五つ目の真導士もそうだが、"青の奇跡"なんてものが出てきた。今年に限ってだ。たまたまと見るか、巡り合わせと見るかは好きにしろ。だがな、これはサガノトスをかけた大博打だ。使えるものならすべて使う。使ってやらずにどうする」
 右手をランプに掲げる動きを目で追う。
「使われず残され。ああ、よかった傷がないと喜ばれても、それが幸福とは限らん」
 駒を持っているような手つきのまま天空を刺し睨む同期は、荒れた気配を真眼から放つ。
「そういうもんだ」

 静寂が下りる。
「……お」
 生み出した静寂を、自ら壊しにかかるのはこいつならではだ。
「馬車が戻ってきたぞ」
「何ですって――」
 窓の下には、村長とやらの付き添いを乗せて戻った馬車がある。
 事情があり泊まらせる旨を、居住地へ伝えに行ったはず。
 よもや光輝隊の横槍かと正師が飛びかけた時、馬車の扉が開かれやたら恰幅のいい男が滑り出てきた。
 出てきた男は真導士ではない。
 そして明らかに横槍でもないと、右手に持っているものが証明している。
 犬の名を叫び、一目散に施設へと入った男についても想定外。光景を見届けてから椅子に深く腰掛け、しばしの休息を得ることにした。

 今度はどのような目を出すつもりやら。鎖の用意はしていたものの、食い千切りかねんなと嘆息をもらす。
 奇想天外にも程度があろう。まったくもって手がかかる飼い犬だ。

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