蒼天のかけら 第十一章 神籬の遺跡
重い口
ローグと村長と一緒に会議室へと入室した。
部屋にいたのは思っていた通りの人影。
大隊長殿と副隊長殿。それから険が取れた様子の青銀の真導士と、キクリ正師。
「サキがお世話になっていたとはいざ知らず。御礼が遅くなりましたことお詫びいたします」
村長は、部屋に入ってすぐ大隊長殿に頭を下げた。
伝えていなかったから仕方ないけれど、ティートーンにはあまりお世話になっていない。偉そうに座っているから勘違いしてしまったのだろう。できれば正師にと思えど、間に入るのもよろしくない。
残念な気分の中で「もう少しだけ右です」と念じる。自分もなかなか往生際が悪い。
「我々の方からも詫びをいたそう。同胞に繋がりをお持ちとは、ご無礼つかまつった。まだ修行が足りぬようだ。いたずらに再会を先延ばしさせてしまった。……本来、真導士の活動は表に出ぬものだが、同胞の養父ならば問題ない。しばらく滞在できるよう手配いたした。積もる話もありましょう。どうぞごゆるりとされていくがいい」
大隊長殿の大物振りは、板についている感がある。
けれど、副隊長殿とキクリ正師がにやけているから台無しだ。青銀の真導士が嫌そうに見てることもあり、つい一緒ににやけそうになる。
今朝の緊張とは一変して、部屋の中には居心地のよい大気が流れている。
フードはしていても全員が真眼を閉じてくれていた。村長への心配りだ。胸の端で小さな歓喜を躍らせる。
「お気遣い痛み入ります」
「なんの、なんの。……いや、まさかお嬢ちゃんが東の出身だとは。言ってくれりゃあいいのに」
「故郷に戻っていることは知りませんでしたもの。実習地名くらいは教えていただきたかったです」
むうと膨れたら、村長にこれと怒られた。懐かしくてうれしくて頬と胸に熱が灯る。
見失ったと思っていた繋がりは、自分と村長の間でしっかりと結び直されていた。
「今年の雛は元気だ。身がいくつあっても足りん」
「大隊長。サキは大人しく、雛の中でも行儀がいいですよ。そう思うであろうローグレストよ」
振ってきた正師に、ローグがもちろんですと答えた。
わざとらしいようにも思った。でも、話の最中は、もじもじと身を捩ってどうにか我慢した。視界の端で「大人しいだと」といった表情も見えたけれど、きっちりと我慢した。
村長には安心してもらいたい。「サキは大丈夫だ」と思っていて欲しいのだ。
「さて、オーベン殿。どうぞお掛けになってください。二人も席に着け。長くなるからな」
ティートーンが言うとグレッグが真円を描き、椅子と机を構築した。
蠱惑の真導士は便利だなと眺め、着席してからあれと思った。
「ティートーン高士。先日のお話にあった遺跡の手がかりというのは、村長のことで間違いないのですか」
「おう、そうだ。毎日および立てしておいて、人違いとあったら間抜け過ぎるだろう」
この回答を受けて、頭が困惑にざぶりと漬かる。
「うちの村の近くにある遺跡ですよね……」
重ねた問いに、また副隊長殿が渋い顔をはじめる。
「その通りだが」
困惑の壺に漬かった頭をぐるぐると回し、とうとう疑問を口にした。
「遺跡なんて……どこにもありませんでしたよ?」
真横で黒が見開かれたようだった。
「どこにもか」
「ええ、本当に小さな村なんです。聖都とは比べものにならないくらいの。集落の周りは平原ですし……」
目の中に、情景が蘇る。
見渡す限りの平原と、元気に走っている馬と、草を食んでいる羊。十頭に満たなかったけれど牛もいた。
子が生まれそうになれば村が総出になるのだ。体力が落ちたと口々に言いながら、生まれるまで順番に面倒を見る。
そう、旦那さんが腰を痛めたのも牛の出産のせいだった。
「お嬢ちゃんの真眼は慧師に開いてもらったものか」
脈絡のない問いに、ぱちりぱちりと瞬きをした。
村の情景を記憶に仕舞いなおして、真導士の会合へと戻る。
「ええ」
「そいつは運がよかった。お嬢ちゃんは"真穴"にはあまり行かなかったんだな。"真穴"の近くに住んでいれば、真眼が開いてもおかしくはないんだ」
困惑に水が継ぎ足され、変化をはじめる。
困惑が混乱に変わっていく間、ローグが諸々の言葉を村長に伝えている。いきなり"真穴"だの真眼だのと言われても、村長だって困るだろうと汲んでくれたようだ。説明が終わった頃、自分はすでに混乱の中で溺れていた。
手が届くところまで救いの糸を垂らしたのは、意外にも村長だった。
「左様で。この子は確かに……おいそれと"真穴"には近づきませなんだ」
大隊長殿の目の色が変わる。
左右に控えている部下と元部下の表情も、一段と引き締まった。
村長が――唯一の手がかりが、ついに重い口を開いたのだ。
「村に残った子供はこの子だけでした。爺婆だけの村に孫が一人でいるようなもの。貧しい村ですので飾り立ててやれませんでしたが、村中から目を掛けられて育ちました」
村長の和やかな声が、耳に沁みる。
「心配でね……。怪我でもしたら馬を出さねばなりませぬ。医者まで辿りつけずに華魂樹へと帰った子供の数は多い。都では想像ができますまい。だから危ない場所だと口を酸っぱくして教えて、遊びに行かせることはありませんでしたな」
危ない場所。
一人で行ってはいけないよと言われていた場所。
反抗することなど思いつきもしなかった自分が、行かないと決めていた場所。
思い当たるのは一つだけだった。
「まさか、お山ですか?」
うんと頷いた村長は、そっと自分の手を取り、しわしわの手で撫で出した。
「お山に"真穴"があるのですか……」
呆然とした。
伝説とも幻とも呼ばれる真導士の世界が、自分の故郷に繋がっているとは夢想だにしなかった。
「違うぞ、お嬢ちゃん。お嬢ちゃんが知っている山に"真穴"があるんじゃない。山全体が"真穴"なんだ」
今度こそあんぐりと口を開けた。
「大き……過ぎませんか」
「そりゃもう馬鹿でかい。しかもだ。"真穴"すべてに遺跡が眠っている。意味がわかるか?」
知りたくないように思った。
それでも拒絶は許されなかった。
「つまり、遺跡を隠すために上から山が被さっている。途方もねえ話だろ。遺跡を支えた上で山一つ生み出すなんざ、一体どんな真術だったんだろうな」
恐ろしい力だと言ったティートーンの目には、挑戦的な光が宿っている。
光の先に見ているのは、サガノトスの未来だろう。
サガノトスの未来と故郷の過去が、いま交ざり合った。
春を迎えたあの日に途切れたはずの時間が、無遠慮に縫い合わされて一つになる。
すべては最初から。
人はこれを宿命と呼ぶのだろう。