蒼天のかけら  第十一章  神籬の遺跡


虹霓神祇官


「……すごいな」

 あれは何の真術だと彼が聞く。苦しそうな呼吸は続いているけれど、余裕が戻ってきた様子である。
 カルデス商人の体力がうらやましい。五つ目の真力が心底うらやましい。自分はまだ無理だと、ぐったりとしながら考える。
 考えている最中に、さらさらと答えが書き込まれた。
「"発揚の陣"。古代真術です。さっき教えてもらいました」
 他者の真術を強化する。
 強化というより倍増といった方が正しい。そんな真術だ。
「神祇官さんに、お礼を言わないといけません」
 伝えて息を抜く。

 息に次いで力も抜いた時、壁際で嗤い声が生まれた。

 ざらざらとした嘲笑が、自分達を戦いの場に引き戻す。
「……いいねぇ。何て美しいのだろう。ごらんよ、私のこの姿」
 自身の焼け爛れた身体を、血みどろの手で触れている男。狂気に飲まれた男は、高い声で壊れた嗤いを出している。
 自分達の側に真円が描かれた。
 ほとんど真力を残していない"淪落の魔導士"が、いびつな真円を重ねる。
「君達も飾ってあげよう……」
 ローグが腕を掲げた。
 彼の真力はまだ残っている。けれど、切れた集中を戻すのは難しい。よれた気力の訴えを受けて、薄い守護を展開する。
 嗤い声が大きくなった。
 真円が輝いて炎の匂いが高く上がり、狂気の声が死を宣告した。

「――死ぬのは、貴様だ」

 中空に描かれた真円から、凍えた真力と冷徹な声が出現する。
 咄嗟に目を瞑った。
 一瞬の後、宣告が宣告に上書きされる。瞼の裏側で、狂気の命が結末を迎えたようだった。



 葬送の場に、気配が二つやってきた。
「……任務識別番号 ○二五三九一四号。完了を確認。報告書は後日提出をお願いします」
 副隊長殿の声がする。
 血臭に動じることもなく、淡々と諳んじている声が、どこか遠い。
「おー、よかった! 間に合ったな。無事で何よりだった」
 大隊長殿の労いが、変にゆがんで聞こえた。
 壁際で真術が展開されている。真術の収束をみてから目を開ける。
 "淪落の魔導士"がいた場所には、血の一滴も残っていなかった。終わりを確認して、全身の緊張を解く。
 呼吸を整えていると、床と中空から先輩番が帰還した。
 中空からの帰還だったせいか、ジョーイは腰を打ってしまったようだ。アナベルに癒しを求めているけれど、彼女は床に座ったまま放心している。
「大隊長、あの二人はきますかね」
「んー……。どうだろうねえ」
 帰還したばかりの博士殿が、二人の会話を聞いて答えを出した。
「ここには来ないかと思います。彼らには『問い』が与えられていないでしょう。神祇官達は、与えるべき相手を選別していたようですから」
 いててと言いつつ、博士殿はアナベルをゆさぶって正気を戻そうと試みている。
「ジョーイ殿。何故おわかりになる」
 副隊長殿の疑問はもっともで、注目は自然とジョーイに集まる。
「皆さんも神祇官に会いましたよね。『問い』を受けたでしょう。何かを与えてもらったのでは? 僕もお会いしました。そして知識を望んだのです。遺跡内で起こったことなら、把握できているみたいですね」
 気がついたらしいアナベルが、悲鳴を出した。
 「人が」「光が」と相棒に訴え、ばたばたと手を動かしている。
「落ち着いて、アナベル。後で情報を整理するから。……二人はすでに遺跡を去っています。『問い』を受けなかった彼等は、選別の対象にありません。あの"出奔者"がこの場にいたのは、神祇官の試練だったようです」
「そうか……。取り逃がしちまったな」
 ぼやきが場に落とされた瞬間、水晶の広間が――虹色に輝いた。

『果ての子達よ』
 朧な人が、一人、二人と形を作る。
 七人が周りを囲むようにあらわれ。……そして八人目が、目の前に姿を見せた。
『覚悟は見届けた』
 八人目は、他の神祇官とは姿が違う。
 首に虹色の装飾をして、自分の前で微笑んでいる。
『望みのものを与えよう』
 自分へと語りかけてきている八人目の神祇官。戸惑いはわずかだった。

「選ばれたのは君だ」

 博士殿が言う。
「"神具"を受け取る資格は、君に与えられた」
「……お、おいおい。お嬢ちゃんにか?」
 大隊長殿の慌てた言葉を、博士殿が肯定する。
「そうです。選別を受けて相応しい者が選ばれました。各々に与えられた力とは別に、虹霓神祇官が力を与えてくださいます。さあ……手を」
 神祇官達の代弁者となったジョーイの言葉に従い、両手を伸ばす。
 周囲の気配が、固唾を呑んで見守っている。
 望みを描くのは、もはや容易かった。

 自分の心は、ここにある。

 虹霓神祇官の口元が、きれいな弧を作る。
 両手の中で虹色がうるうると光っている。溶けるようにあらわれたのは ―― 一本の杖。
 杖は手に触れた途端、身体に吸い込まれて消えた。



 意識が遠のいていく中で「お行きなさい」と言われた気がした。

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