蒼天のかけら  第十一章  神籬の遺跡


まぶしい背中


「――集約します」

 ボナツ村の陣営で、出立前と同じように円陣を組んでいる。
 変化と言えば、蜜色の相棒が腕の中で寝こけていることくらい。
 大いなる力を受け取った影響だという。
 神祇官の試練を抜けて、虹霓神祇官に選ばれた彼女には"神具"が与えられた。
 身の内に溶け込んだ"神具"の影響で、いまはぐっすりと眠っている。彼女自身の真力が回復すれば目を覚ますだろうと、ジョーイから確約されていた。

 各々に与えられた『問い』。
 それは強い意志を確認するためのものだった。
 儘ならない彼女は他者の考えに左右されることもなく、またしても己が道を行った。グレッグあたりは納得がいっていないようだ。しかし、慧師の腹心である二人からは諦念が覗いている。
 "神具"の受け取り手となった彼女の寝顔には、うっすらと笑みが乗っていた。誰よりも奔放なサキには、里の思惑など関係がない。
 つまり、そういうことだ。

「神祇官の『問い』を受け、それぞれに相応しいものが与えられました。持って帰ってきた術具に"女神の涙"が嵌っています。間違いなく古代術具です。"神具"ではありません。けれど強い力を有している」
 言われてジョーイ以外の面々が、手の内のものを見た。
 大隊長の手には、白銀を基礎とした額飾り。副隊長が持つのは耳飾り。
 あの男には"女神の涙"が浮いている水晶。
 アナベルの手には、金の鏡。
 ジョーイは、遺跡で言っていたように知識だけを得た。
 欲がないことだ。知識の探求者とはそういった人種であるらしい。相容れない考えだったが、ある種の尊敬を覚えた。自分にはひっくり返っても真似ができない。
「どのような作用を持っているのか、一つもわからんのか」
 古代術具ともなれば、高士連中でも判別が不可能な様子。副隊長はしきりと術具の効果を知りたがっていて、同じような質問をしてばかりいる。
 どうもこの男、思っていたよりも年若いようだ。油断した時に見せる表情が、実年齢側だろう。
 どういった事情かは知らない。
 けれど、この人事でよく部隊を統率できるなと思った。部隊の頭が若造では、ついてこない輩も出てくるはず。
 実力でねじ伏せたにしろ、懐柔したにしろ。大隊長は曲者中の曲者であるらしい。
「わたし達が受けた物はとっても術具らしいんだけど……。ローグレスト君がもらった物は謎よね」
 アナベルが言っていることはもっともだった。
 他の連中の術具はわかる。術具らしい術具だ。しかし、自分が受けた代物は――。

「……何で首輪?」

 心中にあった疑問を、アナベルがそのまま口にする。
 聞きたいのはこちらの方だ。
「うーん、全然想像がつかないけど。神祇官達は読心術を使えたみたいだからね。僕達の心と過去を読んで、最適なものを選んでくれたと思う。いまは意味不明でも大事に持っておくといい。君にとっていつか必要となるものだ」
 たぶんね、と弱気な文句が付け加えられた。気持ちはわからないでもない。首輪なんて何に使えばいいのやら。
 そう考えたところで閃きがきた。
 右手に持っていた首輪を、左腕を枕にして寝こけている彼女に近づける。
「それ、怒ると思うわよ……?」
 アナベルの忠告で我に返った。
 大隊長の高笑いが陣営に渡る。つられて笑い、やはり違うかと肩を落とす。
 波乱の調査任務は、こうして幕を閉じた。
 つられ笑いに満ちた陣営で、眠る彼女が擦り寄ってくる。その様が、どうしても猫のようにしか見えなくて、首輪の存在意義を再度考える。
 ……まあ、首輪如きで思い通りになるはずもない。
 蜜色の猫は「うるさいです」と言っているような仕草で眠り続ける。声なき苦情を受けつつも帰還準備を進めた。
 最後に村を一目見せたいと思ったけれど、これも儘ならず。眠りっぱなしのまま、本陣に帰還することと相成った。



 本陣に帰還したらすぐに、村長と店主が呼ばれた。駆けつけた二人は眠り続ける彼女を見て、女神への感謝を口にする。
 次いで大隊長の手を握り、深くお辞儀をした。さすがの大隊長も、この時は真面目な顔つきになった。
 しばらくしてキクリ正師がやってくる。
 大隊長から正師に正式な引渡しが行われ、自分達は導士の陣営へと帰還する。
 高士達には報告書の作成が残っているらしい。わずらわしい話から解放された。導士の身分は時にありがたい。
 実習は、今日をもって終わりとなったそうだ。
 他の連中は明日の朝、一足先に里へ帰る予定だという。
 自分とサキ。それから友人達はもう半日だけ猶予を与えられた。功労者であるサキと村長への配慮だ。積もる話もあるだろうと、滞在期間を延ばしてくれたらしい。目が覚めたら伝えよう。きっと喜ぶ。
 その笑顔くらい、一人占めさせてもらおう。

 サキを寝床に横たえる。
 目を離せば、すぐにどこかへ行ってしまう。追いかけてつかまえてと繰り返し、もう何度目だろう。
 いまだ笑みをたたえている寝顔は、いとけないとすら思えた。
 添え髪を梳いて、涼やかな感触を確かめる。
 あの時、吸いつくように重ねられた真術を、真眼が覚えてしまった。昂りを感じた額は、鈍く脈打ったままになっている。
 今夜は別々に寝よう。
 高揚感が治まるまで離れていようと思えども、上手くいくかと不安になる。
 近づけば離れて、距離をおけば追いかけてくる。寂しがって鳴き声を上げるから参ってしまう。
(……なあ、もう少しだけ待っていてくれ)
 あとちょっとだけ時間をと、眠る彼女に頼み込む。
 今日起きた光景を、脳裏に描く。
 虹の光を受け取った彼女。その背中は、まるで朝日を受けて輝いているようだった。
 道なき道を切り開き、泣きべそをかいても止まることはない。
 小さく細い背中が手の届く場所にあってくれるよう、ひたすらに願う。追いつけないと彼女は言うけれど、それは一体どちらの方だろう。
 せめて進もう。
 力を蓄えて、彼女と一緒に大地を行く。これ以上の誉れがあるものか。



 宿命の道はいらない。自分には必要ない。
 彼女さえいれば、どこまでも進んでいけるだろう。

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