蒼天のかけら  第十一章  神籬の遺跡


行方不明者発見


 もう夜がきた。
 今日は、一日がとても早かった。

 窓の外では、虫が新曲の演奏会を開いている。涼しい風が木立をゆらし、まるで拍手してるようだった。
 自分はいま文字と格闘をしている。
 日記を書いているのだ。
 チャドから薦められて、今夜からはじめた。
 急にどうしたとローグに聞かれたけれど、何のことはない。二人に手紙を書きたいだけだ。
 日記を書けば文字の練習にもなるし。いざ手紙を書こうとした時、すぐに思い出せる。目標ができるとやる気が違う。
 いまは言葉をいくつ書いても全然苦にならない。やっぱり自分は、かなりお手軽にできている。
 日記と言ってもいきなり文章にすると難しい。だから最初は言葉だけ書いておけばいい。言葉が残っていれば記憶を繋げることもできるし、文を作るのもうんと楽になる。
 チャドの助言は的確だ。
 今度、お礼にウサギの餌を持って行こう。

 まずは、実習期間中の言葉を書いてみる。難しい話も習ったから、頭に残っている内に書かなければ。
 あの時はああで。この時はこうで。あと面倒な光輝隊がきて、見回り部隊がにやにやしてて。
 ……そうだ、ローグが二重真円を描いたのだ。
 まったくもってうらやましい。どんなに努力しても、彼はひょいひょいと先を行ってしまう。
 自分も修行をがんばろう。彼の背中が見える場所にいたい。
 あとは――。
 次の言葉を書こうとして、手が止まる。
 書けない言葉ではない。変なことに気がついたのだ。
 あの時は夢中で気づく余裕もなかったけれど、いまになって変だと思う。

 何で、ローグはあの時……。

(まさか……?)
 考えに考えて閃いた。
 その気づきは、いたずら小僧を発見した時と非常に近い。
 気づいた自分はすぐに行動へと移った。ペン先を拭いインク壷に蓋をして、ぱたぱたと寝支度を整える。
 今日は寝よう。
 明日の朝、寝坊することは許されない。答え合わせをする必要がある。
 早々に寝床に入り、ジュジュをお腹に乗せて、眠れ、眠れときつく念じる。はっきり言って、念じる必要はあまりなかった。
 まだまだ疲れていた身体は、寝床の祝福を喜んで受け入れてくれたのだ。



 サガノトスの夜が明けた。
 起きた時、ローグの姿はもう家の中にはなかった。
 彼は今日も、順調に行方不明者となっている。
 でも、焦りはしなかった。昨夜、唐突に降ってきた確信は、いまも真眼の中にある。
 とりあえず出掛ける支度をした。髪を整えて、棚から新しいローブを出して羽織る。それから鏡台に置いていたものを手にして、ポケットに仕舞った。
 ジュジュに留守番を頼んで、家を出る。
 今日もよく晴れた。
 夏は長雨もあったから、何日も晴れが続くだけで気分がいい。
 外に出たら二つの気配が動いた。お目付け役も大変だと思いつつ、そちらに足を向けた。
 向かう先はモンテレオ湖……とは全然違う方向。
 途中までは道を歩き、道がなくなってからは草を踏みしめて歩く。真眼を開いているいま、大体の方角はわかっている。
 それに強く勘が働いていた。まずこの方角で合っている。
 さくさくと草を踏みしめていく内に、後方からついてきていた気配が消えた。ここまでくれば理由は言わずもがなだ。
 何せ強く真力が香っている。
 真力は触れれば触れるほど、感知しやすくなる。ただでさえ真力が高く、特徴もはっきりしているその気配。
 この真眼はもはや誤魔化せない。
 意気軒昂となった自分は真眼を閉じて気配を消しながら、ひたすらに足を進める。
 目的地はすぐそこだ。

 雑木林の向こう。やや開けた場所に見慣れた黒がある。
 ここまでくれば逃げられまい。そう考えて名前を呼ぶ。
「おはようございます、ローグ」
 この時の彼の顔は、とんでもない形をしていた。夜の墓場で死者とはち合ってしまったような。
 それこそ人を邪神扱いしているような顔で、こちらを振り返った。
「……サ、サキ」
 どうしてここに。
 普段だったら強くはっきりとした口調なのに。この時ばかりはティピアのほそほそ声のよう。
 朝の散歩です、と答えてじりじりと距離を縮める。
「……ねえ、ローグ。これは一体どういうことなのですか?」
 完全に狼狽しているカルデス商人を、一歩、また一歩と追い詰める。
 答えが合っていたのはいいけれど、こうなった原因がわからなかった。でも、それはそれで構わない。
 説明は彼等の口から聞けばいい。
 狼狽した挙句、大地にへたり込んだ黒の向こう。冴えた色が、呆れたような顔をしてこちらを見ている。
「二人してこんなに朝早くから何をしているのですか。もう誤魔化しは効きませんからね、ローグ。――バトさん」
 唸りながら頭を抱えたローグ。
 何も言えなくなった彼の代わりに、青銀の真導士の口から溜息が出された。
「お前は本当に……どう動くかわからんな」



「説明してください」
 どういうことなのか。二人揃って何をしているのか。
 行方不明病の根治を目指してローグに詰め寄っていた。いまだかつてないほど弱気になった黒髪の相棒は、もごもごと歯切れ悪く何かを言っていた。それが酷くもどかしく、きちんと最初から説明してくれと言ったところで、何故か青銀の真導士に誘拐された。
 バトには人攫い癖でもあるのだろうか。
 自分を小脇に抱えたバトは「引き取りたければ抜けてこい」と、意味不明な指示を出して転送で飛んだ。
 飛んだ先はサガノトス上空。
 もはや天上の世界に近い場所で、今日も盛大に吠え盛る。
「二人して人を騙して……。あんまりです!」
「騙してはおらぬだろう」
 うるさい奴めと言われ、何だか急に悔しくなってきた。
 旋風の中でふわふわと浮遊しながら、そっぽを向く。
「……もういいです。わたし里抜けしますから」
「お前な」
「追ってきても無駄です。"青の奇跡"でも"神具"でも、使えるものは全部使って逃げますもの。バトさんの気配なら、どこからきても感知できます。わたしの勘を侮らないでくださいね」
 こうなったら徹底的に困らせてやる。
 そう考えて、思いついた悪いことをつらつらと並べる。

 面倒そうに聞いていたバトは、また大げさな溜息を一つ出してからようやく口を開いた。

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