蒼天のかけら  第十二章  譎詐の森


双子遺跡


 友人達と別れ、ヤクスと二人で会合に臨む。
 会合が苦手なサキは、安全な場所に退避している。"神具"の持ち手だから目立っても駄目、危険も駄目で行動範囲が狭められている。窮屈そうたが、いまは我慢してもらおう。
 準備に割ける時間は残り一日だけ。だというのに課題は山積みだった。
 もっとも大きな課題。それは遺跡に眠る封印。すべてを食らいつくす邪悪の存在だ。



 ――輝尚石を想像すればわかりやすい。
 ジョーイは手にしていた筒の術具を置き、水晶を手にした。

「真術の展開に必須とされているのは、真力、精霊、気力……意志と表現した方が伝わりやすいでしょうか」
 このような真術を展開するのだ。
 決意に基づく力が、真術の形を作り出す。しかし、術具に籠めるなら追加すべきことがある。
「術具となった後は真導士の手から離れる。特に輝尚石は、真術の恩恵を民に与えるための術具。だからこそ真術の扱いを知らぬ民でも展開できるよう、条件を組み込む」
 輝尚石を使うには三度の刺激が必要。止めるには二度の刺激を与える。
 定められた条件は、他の里で造られた輝尚石でも同じ。
「この四つの要素と器があればいい」
 理屈がわかっていればいくらでも応用ができてしまう。

「例えばこれも……応用の一つと言えるでしょう」
 取り出したのは、外勤の高士が回収したという問題の一品。"血晶"と呼ばれる呪いの術具――"魔獣"の卵だ。

「真力の代わりに"邪神の血"を。精霊の代わりに"呪い"を。そして気力の代わりに獣の骸を籠めてある」
 伝承によれば"邪神の血"は十日の間、一度もやむことなく降り注いだという。
 大地の奥に眠っていることが多く、もしも掘り当てたら勢いよく染み出してくる。その血に汚された場所は不毛の大地となってしまう。過去、そのような経緯を辿った土地は、いまでも"忌み地"と称されている。
「想像ですけどね。誰かが"魔獣"を造ろうと発想したわけではないと思うのです」
 "忌み地"は、必ずごみ捨て場になる。
 そこに"呪い"が捨てられても、獣の骸が捨てられていても当然だ。女神の大地に不似合いな品々が"忌み地"に集められ、自然と"魔獣"が誕生した。
 そして過去にいた誰かがその瞬間を目撃し、望んだのだ……と。

「人は獣を飼います。同じように"魔獣"を飼いたいと望んだとて不思議じゃない。そう思いませんか」

 神聖時代以降、女神の大地では平穏の訪れが途絶えている。
 代わって常につきまとうのは戦乱の影。
 身を守るために。敵を殲滅するためにと、より強い力を欲したはず。

 遺跡の起源は、想像の域の話となる。
 抗うためか。侵略するためか。それとも、ただの好奇心だったのか。いつかあった戦乱の時代に恐ろしい試みがはじまった。
「実験だったのだろうと思います」
 神聖時代から生華時代まで。各時代の遺跡に必ずそれらしい言葉が刻まれている。永年、人が恐れ続けてきた存在。どの時代においても為政者に畏怖されてきた災い。
 それを使おうと考えた者が出てしまった。
「いつの時代にも"邪神の骨"についての記録があります。いまでは知らない民も増えてきましたけど、かつては"魔獣"よりも有名な厄災でした」
 戦いに敗れた邪神は、自身の命を大地中に撒いた。パルシュナの願いを絶とうとして、大地を"怨念"で汚したのだという。
 "邪神の血"は低地に溜まった。だから場所の特定はしやすい。しかし骨は、どこに眠っているか予測不可能とされている。それゆえ金や銀などの貴重な鉱石を求めた人々が思いがけず掘り起こしてしまい、たびたび悲劇を生んできた。
「"魔獣"よりも強力な……。いえ、強大な力を持つものを造る。決意した彼らは選択しました。特に難しい発想ではありません。獣の骨をそのまま"邪神の骨"に替えただけですからね」

 彼らの実験は成功した。

「でも実験は、失敗でもあったのです」
 誕生し、すぐに朽ち果てたとの記録が、ある程度の時をおいて繰り返し刻まれている。
 造り出された存在は、強大な力を有するがゆえに多くの糧を必要とした。
 子供より大人の方が食べる量が多い。理屈はまったく同じだと言って、ジョーイが疲れたような吐息を出す。
「サキちゃんの証言は、解読部にとって貴重なものでした」
 彼女が"眠り病"を発症した際に視た、生贄の夢。時を超えて幾度も行われるおぞましい宴の夢は、予想外の知識をもたらしていたようだ。
 東の遺跡には、生贄を捧げるための祭壇がいくつもあるらしい。その場所を解読部では"食卓"と呼んでいる。
「造り出した命を存在させるには、それこそ多量の糧を供給し続ける必要がありました」

 忌むべき邪悪の糧――それは"呪い"だ。

「調べれば調べるほど。背筋が寒くなっていくんですよ」
 遺跡を発案した者の見事な戦略と、深い悪意に圧倒されるのだという。
「"リスティア山"の遺跡とは真逆です。わざと広く知られるようにしたのでしょう」
 ただし不完全な形で、だ。
 王族は守護者であり、破壊者でもある。ゆえに生華時代に生まれた権力者は、長い時間の中で入れ替わることもめずらしくなかった。王と呼ばれた者が奴隷に落とされる。もしくは奴隷とされていた者が力を得て王となる。
 大地の歴史は、とても複雑に編まれてきた。
 そのように編まれることを前提として、遺跡は構築されているのだ。
「"遺跡で女を捧げれば、王族をも凌ぐ力を得られる"……記録に残っているのはこの文言だけです」
 広く知られていた噂と、見つけやすいように隠された祭壇。
 勘違いを発生させるにはこれで十分だった。あとは放っておけばいい。力を望んだ者達が、せっせと食事を運んでくる。

 ――あえてつけ加えるなら、食事を供給させ続ける仕組みくらい。

「君達が入った鏡の祭壇。あの"食卓"がまさしくそれだ」
 いくら噂を広めても、無数の生贄を捧げたとしても。偽りだと知られれば誰も食事を運ばなくなる。
「だから、少しだけ当たりを混ぜてある。あの"食卓"は、数少ない当たりの一つ」
 例えるなら覗き窓のような場所。
 本物の"封印の間"を知られずに封印への干渉ができる、限られた場所だった。
「怒り、憎しみ、恨み……誰かを傷つけようという思念。そして十五を迎えた天水の血。眠る者を活性化させ、覗き窓の封印を解くにはぴったりのご馳走だ」
 サキが夢で視たと言っていた娘。
 ただ一人、すべてを知っていた様子の娘は、起源となった者の一族だろう。
「娘はその場が"封印の間"に通じる"食卓"だと知っていた。対の遺跡へと封印した知識を、一族の中でも口承していたのでしょうね」

 金の仮面騒動の際、わずかな間だけ邪悪がよみがえった。
 それがサキが視た夢との相違であり、真実をあぶり出す手がかりともなった。いま邪悪が完全に蘇らなかったのは条件が欠けていたからだ――と。

「"封印の間"の特定は」
 大隊長の質問に、ジョーイが申し訳ないと返した。このやり取りを聞いて、部屋に小さな落胆が落ちたようだった。
「部隊長以下十五名で、引き続き調査中です。まだ場所がつかめていません。どうもかなり深い場所にあるようで難航しています。ですが、必ずや行き着きますとも。何しろ覗き窓が判明しましたからね。あそこから辿っていけば嫌でも見つかります」
 引いた当たりが意外な形で役立った。
 奴らにとって、これも誤算に入るだろう。

「課題は場所の発見だけではなかろう」

 男に視線が集った。
 盗み見たキクリ正師の顔にも、少なからず緊張が出ている。そして副隊長にも同じような緊張が見える。この話題を飲み込めていないのは、自分と隣にいるヤクスくらいのようだ。
「彼奴等は封印を解く気でいる。十二年前に蘇らせかけた邪悪をだ。あの姿と力を見てまた同じ行いをしようというなら、必ず手を持っている」

 ――封印を解いた後、邪悪を思い通りに操る方策がある。

 男の発言を、ジョーイが肯定した。
「……ええ。彼等はその方策をすでに得ているでしょう」
 潜伏中の一派は、水滴の波紋ほどのゆらぎも見せずにいる。
「悔しいですが、我が隊は遅れをとったようです。生華時代の遺跡が扱いづらいのはこういったところですね。遺跡と同じ場所に、知識を埋めておいてくれない」
 生華時代の遺跡は双子遺跡とも呼ばれる。
 そう呼ばれるようになったのは、この特性が原因なのだとか。
 東の遺跡を扱うための知識は、また別の遺跡に眠っている。そして対となっている遺跡は、奴らの手によって暴かれてしまったと考えるべきだという。
 聞けば、奴らが高士となってから遺跡の盗掘報告が増えていたらしい。この時期に潜伏し続けているなら、もはや準備が整っているとの証左だろう。

「一派の目的や背後関係は、いまだ不明です」
 副隊長の報告に、大隊長がもういいさと首を振った。
「邪悪をよみがえらせて思うがままに操る。そんな目論みがあるならサガノトスは必ず奴らの壁となる。危なっかしい存在を、この国に放つわけにゃいかんからな。敵対は予定調和だ」
 そう言ってから、キクリ正師に方針を問う。
 聞かれた正師は、自分達を気にしながらも口を開いた。
「邪悪復活の阻止が最優先。ゆえに導士の警護を強化してあります。特に天水の所在は、正師側で常時確認を行っています」
 とうとう明日にまで迫った"風渡りの日"。
 すでに座学の中止が決定している。今夜中に外出禁止令も出される予定だ。自分達も夕方までに準備を終え、家に帰るよう言われている。
「……そうか。お嬢ちゃんはいまどこにいる」
 疲労を滲ませている高士と目が合った。
「ジョーイ高士の家にいます」
 家に一人でいるより、誰かと居てもらった方がいい。会議中に異変があれば、アナベルが知らせを寄こしてくれる。
「日が落ちたら私が迎えに行こう。早めに準備を済ませておくのだぞ」
「はい。正師が来る前には必ず」
 昼に一度帰るのは家にいるよう見せかけるため。その後は、中央棟のキクリ正師の部屋で保護される。
 他の導士達は、基本的にそれぞれの家で保護する。日をまたぐ頃には家に新たな真術がかかり、"風渡りの日"が過ぎるまで外からも内からも扉が開かなくなる。
 全員を中央棟で保護しないのには訳があった。
 事が起これば、中央棟が主戦場となるからだ。"神具"は切り札でもあるので、自分とサキだけは中央棟にいる必要がある。

 そしてもう一つの理由は――。

「ギャスパルと言ったか……。かの雛の動きは」
 荒れの原因となっていた"三の鐘の部"。
 その中心にいる男は、どこかで一派と繋がっている。
「今日までに一派との接触はありません。もはや必要ないということかもしれませんな。彼等は今夜中に中央棟へと移送する予定です」
 ぎりぎりまで一派との接触を待つ。
 "封印の間"の位置は、どのような手を使っても特定しておきたい。
 今日中にすべてが済めばそれが最善だからだ。接触がないようなら泳がすのをやめ、中央棟の懲罰房行きとする。
 懲罰房は特別な場所だ。慧師の禁術が敷かれているから、抜け出すことは不可能。
 だが、懲罰房の記録は"空白の地"とも共有される。そのため真導士としての瑕疵ともなる。できるなら傷をつけずに済ませてやりたい。それが親鳥の心であるようだ。

「高士側はどうだ」
「内通者と思しき者はすべて監視下に。動きがあれば即座に捕縛するよう伝達済みです。ドミニク、セルゲイ両名の所在はいまだ不明。ジーノと共に潜伏しているものと思われ、引き続きの捜索を行っています」
 報告を受けて、キクリ正師があからさまに肩を落とした。
「セルゲイ……。何と愚かなことを」
 親鳥の落胆は深い。どのような言葉をかければいいかと悩み、ヤクスと顔を見合わせる。
 途端、ずずーっと音が響いた。
 呑気な風情で茶を飲んだ人が、眼鏡を曇らせながらけろりと言ってのける。
「正師の指導が悪かったんじゃないですよ。遅かれ早かれセルゲイは問題を起こしていたでしょうから」
 親鳥は苦悩を深めつつ、唸り声を出す。
「ジョーイよ、お前という奴は……」
 情のかけらも見えぬ言葉だったから、当然の反応だ。
 人柄のよさで誤魔化されがちだけれども、ジョーイはかなり癖が強い。
 知識の徒であるためだろう。一歩離れた場所から物事を眺めている。
 そのせいかどんな話をしていても、どこか他人事のように話す。外見との落差が激しいから、言葉がより薄情に聞こえる。
「同期の誼だ。あまり言ってやるな」
「ただ同じ年に生まれた。それだけだと同情の理由としては弱いですね。彼の性格は立て直せません。真っ直ぐに育てたかったというなら、過去へさかのぼる真術を開発するのがいい。赤子に戻ったところで可愛いと思えるかは不明ですけど」
 言ってから、またずずーっと茶をすする。
 呑気さはそのままに。だが口調がいつもより厳しい。いくら元相棒と言えど……。いや、元相棒だからこそ思うところがあったのだろう。

 再び出てきた唸り声。
 深い悩みの響きと共に、"二の鐘"が鳴った。最後の会議は思っていたよりも早く終わってしまった。
「……時間か。ローグレストとヤクスはもう帰りなさい。あくまでも――」
「普段通りに、ですよね。わかってますよ、キクリ正師」
 何度も同じことを聞かされて、さすがのヤクスも我慢ができなかったようだ。
「僕も一旦失礼します。家に戻って資料を整えてきますので」
「……ああ、ジョーイ殿。長々と拘束してしまって申し訳ないが、午後もよろしくお願いしたい」
「ええ、もちろんですとも」
 ジョーイが請け負い、三人並んで正師の居室を辞する。この仰々しい面子での集まりも今回が最後となる。後は、会議の内容を友人達に伝えるだけ。



 あと少しだ、がんばろう。

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