蒼天のかけら  第十二章  譎詐の森


牢獄にて


 先頭に立つのは長い羽の年若い男。中央棟の地下にある牢獄は、迷路状に構築されていた。
 最奥は地下三階。唯一の扉を開く権限は、里の上層にのみ与えられている。
 扉が開く。
 あらわれたのは長い階段。
 これ以降は禁術が展開されている。里の中で唯一、真術が通じぬ領域。奥に、サガノトスにおける大罪人が拘置されている。

 重い音が轟き、空間が封鎖された。
「様子は」
「……さっぱりです」
 この封鎖された場は機密のやりとりに都合がいい。
 ティートーンが真っ先に聞いたのは女の現状だった。女を里に移送し、慧師が下問を行えば一気に片をつけられる。冬を待たずして解決するとの考えは楽観的過ぎたようだ。

 禁術が効かない。

 連絡を受けた時、はじめは冗談かと思った。
 慧師は絶対の存在。
 そう言われるのは禁術があるからこそ。慧師の禁術が効かないなど考えられぬ事態だった。
 禁術が効かないとくれば自白を得るしかなくなる。罪の意識でゆさぶることができぬ相手なら、残された方策はたった一つ。
「そんで、"空白の地"から返答は来たのか?」
「ええ、昨夜届きました」
 返答は否。
 身体的苦痛を与えての自白強要。これを許可する緊急性が認められない。もしも緊急性があるならば、その旨を詳細に報告せよとつき放されたようだ。
「やはり古代遺跡の盗掘。および古代真術による特殊状況だけでは難しいようです」
「案の定……だな」
 事が起こる前にと焦っているのは"第三の地 サガノトス"だけ。
 十二年前の一件にからんでいると考えているのもそう。かき集めた事実を報告すれば、許可が出るやもしれぬ。
 しかし――。
「許可取得は断念しました。現状を他の里に知られぬ方がいい。シュタイン慧師はそのようにお考えのようです」
 女に禁術が効かぬのは、古代真術の影響によるもの。
 仮説通りなら問題ない。
 だが、もし違うとなれば。他言することによりサガノトスにさらなる危機を招きかねん。

 階段の次にあらわれたのは回廊。
 その短い回廊の果てに、分厚い扉がある。扉の前に立った正師は定められた手順を踏み、牢獄を押し開く。
 場には慧師の気配が強く満ちていた。水晶の床の上、禁術の円が幾重にも重なって独特の模様を織りなしている。
 五角に造られた水晶の牢獄。その中央に女はいた。
「……また尋問? それとも今日は拷問かしら」
 ふてぶてしい台詞にかすかな疲労が滲んでいる。

「残念ながらどちらも違う。罪状の追加があった。一応、告知する規則になってるんでな」
 同期が口にしたのは、船の実習で起きた一連の出来事。
 鼠の巣でもあった例の島。かの島の地下に真術の実験施設があった。
「海中で残留物の捜索を行ったところ、輝尚石の破片を回収した」
 破片の大きさから、施設中央に据えられていた巨大水晶のものと推測される。
「つまり"邪神の骨"を覆っていた水晶だ。そんな問題の水晶からあんたの真力が摘出された」
「だから? 私は片生討伐の任務に就いていた。現場に真力が残ることだってあるわよ」
「そいつは無理だな」
 籠められていた"邪神の骨"は、手の平に乗るほどの大きさだった。
 しかし、極小ながらもその威力は絶大。力の放出が強く、近くで真術を展開した程度では痕跡すら残せないだろう。
「水晶への直接攻撃は禁じられていたし、実際になかったことをバトが確認している。言い逃れはできねえよ、諦めな」
「何故、私がそんなことをしなければいけないのよ」
 告知を受けても女の態度に変化はない。
「実験したかったんだろう。……ああ、違うな。実験場として使っていたんだろう、だ」
 鼠を掃討し、足を踏み入れた時点でかなりの埃が蓄積していた。
 実験の成功を待たず、"邪神の骨"ごと放棄された島。
 片生達は何も知らされていなかったろう。足元に"邪神の骨"があると知っていたなら、尻尾をまいて逃げ出していたはずだ。

「十二年前、里の東で邪悪がよみがえった。お前達は、わざわざ蘇らせた邪悪を再び封印した」
 女は話を遮るように「馬鹿馬鹿しい」と吐き捨てた。
「お前達は邪悪を侮っていた。あそこまでの化け物だとは思ってなかったんだ。とても手に負える相手じゃないと焦ったろうな。そこで、力を抑えたものを造ろうと考えた。島はそのための実験場だった」
 放棄したのは邪悪を操作する方策を見つけたから。
「王都ネグリアから東南に、生華時代の遺跡がある。こいつが東の遺跡と双子だった。盗掘時期は昨年の夏」
 同じ時期。遺跡近くの町に二人は滞在していた。
「移住申請書は確認済み」
「嫌だ、濡れ衣よ。状況証拠にもなっていないじゃないの。"空白の地"での公開審判を希望するわ」
「……言うと思ったぜ」
 罪状を読み上げていた同期の目が、底光りしている。
「却下だ。何故ならお前さんの希望は、慧師の耳に入らんからだ」
 ふてぶてしい女の顔から感情が失せた。
「罪人から公開審判の希望が出た場合、"空白の地"へ申請するのが規則でしょう。義務は果たしていただけるかしら」
「義務を負っているのは慧師と正師だ。一介の高士であるオレ達に義務はねえ」
「あら……。そこに正師がいらっしゃるじゃないの」
 女が睨むようにして若い正師を見た。
 そして異変に気づいたようだ。
「ざーんねん。キクリ正師はお疲れだとよ」
 人を馬鹿にするのにかけては天才的な同期が「特に耳がね」と種を指差す。
 何に使うつもりだと思っていたが、このための耳栓だったか。……こいつは昔からさっぱり成長しておらぬ。

 女から激情の気配がほとばしった。罵詈雑言を浴びせてきた女を嘲笑い、ティートーンが全員に退出を促す。
 後方で呪詛が撒かれた。

 苦しみながら息絶えよ。
 力のなさを悔い、己の間抜けさを嘆きながら滅びろ。

「ねえ、うれしいでしょう? もうじき会えるわよ。運命に感謝なさい――!」



 華魂樹の下で、血塗れの相棒がお前達を待っている。

Next  >>


Back  |  NovelTop  |  SiteTop
inserted by FC2 system